Nicotto Town



アスパシオンの弟子 60 日記(後編)

 7125年 炎の月8

 毎日毎日ふいごをふんでばっかり。

 いつ金づちを持てるんだろう……。

*************************************

 7126年 風の月 11

 僕とピピさまは、ちょっとの間だけひっこしをすることになりました。

 じゅかい王国の王さまが、赤い目をくれたごほうびにお城をくれたからです。

 夏のあいだの別荘にしようといって、僕らはお城へいきました。

 エリシアというお姫さまがやってきて、僕らにかんげいのおみやげだといって、果物をたくさんくださいました。

 すぐおとなりの領地のお姫さまです。

 とてもきれいな女の子で、僕と同じ年。僕はうっとりしてしまいました。

*************************************

 7126年 紅ようの月 15

 ピピさまが、明日はピクニックだといってうきうきしています。

 エリシア姫さまもさそったら、いっしょにきてくれるというのでとてもうれしそうです。 

 明日は楽しくなりそうです。でもちょっとさびしくもなります。

 あさって僕らは、天の島に帰るからです。 

*************************************

 7126年 ほうじょうの月 17

 きのうのピクニックは、とても楽しかったです! 湖の水がきもちよかった。

 また来年、お城にこようと、ピピさまはおっしゃいました。

 エリシア姫が、まっていますと手をふって見送ってくださいました。


*********************************

 7127年 しもの月 3

 粘性金属という材料がなくなったので、ちょっと遠出をして取りにいくといわれました。

 お弁当をたのむといわれました。

 僕もいっしょについていきます。

 ひさしぶりに下の世界へいけるのでとても楽しみです。

*************************************

  7127年 こおりの月 9

 こわいことが、おこりました。

 きのう、僕はピピさまと、粘性金属をとりに火山地帯へいきました。

 そうしたら、足もとのガスの地そうが爆発して、僕たちはふきとばされてしまいました。

 ピピさまは、僕を守ってくれました。

 でも、そのために首がふっとんでしまいました。

 わんわん泣いていたら、ピピさまになぐさめられました。

 俺は魔人だから死なないんだよと、ピピさまの首にげらげら笑っていわれました。

 しょっくでした。

 島の工房に緊急信号を入れたら、イルカたちが降りてきて、ピピさまの首と体をはこんでくれました。

 ピピさまは今、ばいようカプセルに入っています。

 三日で、なおるそうです。

 ピピさまが死ななくて、本当によかったです。

*************************************

 

「ぶ。ひどいなこれ」

 昔の自分の日記を読んでて、カフェオレ噴いた。

 八年前っていうと十歳か。なにこれ、頭悪すぎる。アルファベットを大文字ばっかりで書くとか恥ずかしい。

時の泉に飛び込んでって、過去の自分の頭をひっぱたきたい。

 でもそんな芸当ができるのは、僕の師匠のピピ様だけだ。

 生身の人間はあの時間移動装置の中で少しも耐えられない。師はメニスの魔人だから可能だが、

残念なことに時の泉は今、大陸同盟の監視下にある。結界が張られ、おいそれとは近づけない。

それで未来へ帰れないとか、ぶうぶう文句を言ってる。

 ピピ師は、ぴちぴちの若者だ。

 魔人は決して年をとらない化け物なんだ、再生能力もすごいんだぜ、と胸張って言われる。

 いやそれは、数年前に十分思い知ったから。生首にげらげら笑われるとか、ほんとひどいトラウマだ。 

 あれから僕はかなりやさぐれたといっていい。しばらく日記書けなくなったし。

 さて、今年もピピ師は明日から、樹海王国の城へいく。

 また樹海王国の地下工事をこつこつ進めるんだろう。使役ロボットを大量に放って、

地の大動脈とよばれる穴を改造する事業だ。王を始め高官たちともじっくりとっくり会談して

くるのはいうに及ばず。エリシア姫に会うのもいわずもがな。

 今年、姫は十九才になる。いいかげんままごとみたいな交遊は終わりにして、とっとと求婚しろ

思うんだけど、師はカイヤート王子に遠慮してる。

 ついてって背中を押してやるべきなんだろうが、でも今年は下には行きたくない。

 こっそりトリヘイデンに通って、「破壊の目」をこの手で――



 

「あれえ? ソートくん、何これ?」

「うわ。ピピ師匠、勝手に部屋に入ってこないでください」

「うわぁきったない字。日記?」

「ピピ師匠がこっそり書いているものと似たようなものです」 

 蒼い衣を着ている右目だけ赤い人を、僕はぐいぐい部屋から押し出した。

「ちょ、ちょ、俺がこっそり書いてるもんってなに?」

「知ってますよ僕、アスパシオンへ捧げる歴史書、とかいうのを、こつこつ書いてるでしょ」

 たちまちピピ師の顔はまっか。いいぞ、押し切れ、僕。

 あれは単なる覚書で、てきとうな書き付けで、とか親指をくるくるからめ回してしどろもどろに

答える師を、両手で押して完全にイジェクト。

「そうそう、僕は今年、別荘にはいきませんから」

 扉を閉める間際に宣言。どうしてえええとはりついてくる師を、扉を閉めてシャットアウト。

 だって僕がいると師はさらに遠慮するからね。僕のせいでピピ師がエリシア姫にコブ付きと

みなされたのは否めないが、今やピピ師の方が僕より若く見える。だからなんとかなるだろう。

いいかげんつかまえとかないと、カイヤート王子に取られるっていうの。

 さてと。「破壊の目」のプログラムを仕上げて準備万端にしておくか。この八番島に封印されてる、

アイダ師が作った目。そのコピーを、ぜひ作ってみたいと思ってた。だれにあげるというわけでも、

自分で使うわけでもないけど。技術の粋を極めた芸術品を、僕は越えたい。本当の師である

アイダ師を越えることこそ、僕の使命のような気がするから。


 


 ピピ師を無理やり下界へ追い出して三日後。

 水晶玉の伝信で、師の酷い嗚咽と泣き顔が送信されてきた。

 エリシア姫が木槍試合に参加したあげく、暗殺されそうになったカイヤート王子の身代わりに

なったらしい。

 ああ……姫は王子に片思いしてるのかなっていうのは薄々気づいていたけれど。

こんな形で失恋を思い知らされたピピ師を思うと、かなりかわいそうな気がする。と、感慨に

浸る間もなく。こっそりトリヘイデンに来ていた僕は、あわてて下界へ急行した。

「死なせない!!」

 涙にまみれたピピ師は、自分の城に姫を担ぎこんでいる最中だった。 

 何度もやめてくれと説得したけど、姫は木槍試合に出たそうだ。王子が密かに狙われて

ことを察していたらしい。

「こうなることは知ってた。だから」

 ピピ師は城の奥の隠し部屋の電源をつけた。

「俺はこの日のために、修行してきたんだ。畑違いの、灰色の技を!」

 とたん、僕は既視感に襲われた。

 目の前に、いくつもの大きな瓶が浮かび上がってきたからだ。

 幼い頃、有機体工場で見たあれとそっくりの。

 培養カプセルの列が――。 

  「全カプセル通電! ブレーカー上げろ、ソートアイガス!」

 僕は急いで命じられた通りにした。涙を拭きもせず、懸命に姫に心臓マッサージを施しているピピ様に、
最上級の敬称で答えながら。


はい、マエストロ!」

アバター
2015/10/13 23:21
突然の悲劇
アバター
2015/09/05 19:12
スイーツマンさま

読んで下さってありがとうございます><
あげてーあげてーあげてー、それからズズーン、ですね^^
日本海溝並みの不幸になるかと思われる緊急事態、
回避するべく、ぺぺさんがんばります^^
アバター
2015/09/05 19:10
よいとらさま

読んで下さってありがとうございます><
これからどんどんあれこれは……みたいな
種明かしも出てくるのかなと思いつつ。
未来で師匠と再会できるまで、ぺぺさんがんばります^^
アバター
2015/09/05 18:47
夏生さま

読んで下さってありがとうございます><
赤い目から視えた過去の記録通りのことが起こってしまいました。
これからぺぺさんは全力でがんばります^^
そしてぺぺさんの活躍はこれまでのお話でも
ちょこちょこ姿を現している……かも^^
楽しんで下さったら嬉しいです^^
アバター
2015/09/05 18:45
優(まさる)さま

読んで下さってありがとうございます><
姫をどうやら救えそうで私もホッとしています^^
死んでその細胞からクローン作る方法もありましたが、
やっぱり生きていてほしいですよね。
アバター
2015/09/05 18:11
私もたまにやりますが、
アンデルセンの物語手法、幸福の極致から不幸のどん底。
ピクニックモードから姫様の件
すごいですね
アバター
2015/09/04 08:25
おはようございます♪

この日のために・・・

赤い目が記憶していた光景が目の前でそのとおりに起きる。
変えられない時間の流れがある。
ペペさんは備えた。ペペさんには無限の時間がある。

隠し部屋の工房で、姫君とペペさんの運命の輪はどう動くのか、
未来は変わるのか、
時間軸で展開する物語がとても楽しいです^^

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
アバター
2015/09/01 19:55
今晩は!

今回も予測もしなかった結末でに驚いています。
姫君は亡くなっていた
そして、姫君を生き返らせる!!

作りかえられた過去が、現在をどのように変えていくのでしょうか。
興味津々です。

次作を鶴首してお待ち申し上げます。
m(_ _)m


アバター
2015/08/31 03:57
姫を生き返らせて、何という人物に成っているのですかね・・・。

そこが楽しみですね。
アバター
2015/08/31 01:32
カテゴリ:勉強
お題:行ってみたい社会科見学

ソートくんは、有機体工場を見学して、灰色の技師になるのを志したようです。




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.