自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・13
- カテゴリ:自作小説
- 2015/09/01 00:24:43
【さまよう王子、二人】
ローレシア大陸の北東に、細長く延びた半島がある。切り立った断崖の際まで木々が生い茂り、訪れるのは海鳥ばかり。冬になれば風が吹き荒れ、人が住まうことのない寂しい土地である。
だが、サマルトリアの国境とその半島とは、橋が架けられていた。半島の突端にある洞窟へ向かう戦士達のために。
サマルトリア城から東へ。森を抜け、草原を渡り、山を越え、荒野を歩き、ロランは深い森に入った。
さらに東へ進むにつれて地面は傾斜を帯び、やがて木々が開けた場所に出ると、木々に埋もれるようにある巨岩の壁が立ちふさがった。
洞窟は、その壁面に巨大な口を開けていた。ただの自然洞窟ではないことを示すために、入り口の両脇には凝った装飾の石柱が置かれ、その片方には<勇者の泉>と書かれていた。
しかし長い年月を経て、それらはツタに覆われ、苔むしている。
洞窟の奥には神秘の力を持つ泉が湧き出ているという。いにしえの勇者ロトがこの地を訪れたときに湧き出たといわれ、この水を浴びれば勇者の加護が得られると、昔から土地の者に信じられてきた。
ローレシア1世はこの泉を国で管理することにし、泉の守り人を付けてきた。
ここが草木に閉ざされないのは、守り人が地道に手入れを続けているおかげだ。
ここに来るのに、ロランはほとんど休まず歩いてきた。並の旅人よりずっと早い日数だったが、それでもかなりかかってしまった。この分だと、ランドはもう、いないかもしれない。
だが、ここに滞在して自分の到着を待っていることも考えられる。怪我をして歩けないかもしれない。
奥は光を吸いこむような暗闇だった。持ってきたたいまつをともして、ロランは一つ息を吸うと、洞窟へ足を踏み出した。
洞窟内部はしっとりと冷たかった。あちこちで水滴がしたたる音が聞こえ、空気は、古い岩が湿った、独特のつんとくる匂いで満ちていた。
左手にたいまつをかかげながら、奥へ慎重に進んでいく。時々、アイアンアントや、太ったネズミの魔物である山ねずみなどが行く手をふさいできたが、銅の剣のひと振りで蹴散らした。
通路はいくつもの小部屋に分かれていたが、ロランはひたすら奥を目指した。小部屋は自然にできた穴を掘って作られたものだが、そこにランドが隠れている気配はしなかった。奥へ行けば守り人が泉の番をしているはずだ。いるとしたら、そこが安全だろう。
しばらく歩いていくと、通路の右脇に下へ降りる階段に続く通路を見つけた。通路には、水瓶が三つほど置かれている。おそらく下には守り人の居住する部屋があるのだろう。
ひょっとしたらと思い、ロランは階段を下りた。思った通り、階下は温かい灯火がともる生活の部屋だった。扉はなく、岩がむき出しになった四角い部屋に、家具や暮らしに使う道具が並んでいる。
テーブルには、革の鎧を着た中年の男が座って、酒を杯から飲んでいた。ロランが降りてくると、けだるそうに振り向く。
「うん? お前も泉に清めの儀式をしに来たのか?」
「いえ、僕は人を探しに。あなたはここの守り人ですか?」
「一応な」
男は髭面をにやっと笑ませた。
「あと一人、泉に儀式を行うじいさんがいるよ。水際は冷えるから、ふだんはこっちにいろって言ってるが……、泉のそばがむしろ体の調子がいいってんで、日がな一日そこに頑張ってるよ。ろくに客もこないのにな」
「そうですか」
「俺もお役目だから代々ここにいるが、世の中平和で戦士も少なくなったんで、狩りや畑仕事の合間に、番をしてるのさ」
ロランが立ち去ろうとすると、男が誰となく話し始めたので、ロランは仕方なくその場にとどまった。男はにやりと笑い、酒の肴にしていた乾し肉をすすめた。
「たまに、ローレシアやサマルトリアの新米兵士の入隊試験に、ここが使われることもあるが……たいがい暇でね。だもんで、緑の服着たお前ぐらいの少年は、いい話し相手になった。面白いやつだったよ」
ロランの胸が一瞬はずんだ。
「彼はどこに?」
「泉のじいさんに会いに行ったが……って、おい?」
男が話し終える前に、ロランは階段を駆けあがっていた。男は肩をすくめて笑った。
ロランの持つたいまつが激しく揺れる。ランドがすぐそこにいると思ったら、ゆっくり歩いてなどいられなかった。
ほどなくして、淡く青い光が前方から差し込んでくるのが見えた。明かりが必要ないほどだったので、ロランはたいまつを消して先を急いだ。
「これは……」
荒れた息を飲み込みながら、ロランは目の前の光景に見入っていた。
清冽な水が落ちて滝となり、鍾乳石が無数のひだを作る広大な空間に、青く輝く泉が広がっている。光が射さないのに明るいのは、泉全体が淡く光を放っているせいだった。湧き出る水に光が宿っているのか、底が輝いているのかはわからない。だが、泉から放たれるすがすがしい気配は、ロランの心を落ち着かせてくれた。
「久方ぶりの稀人(まれびと)よ。ようこそ、勇者の泉へ」
泉の中ほどまで、これも自然が作り上げた石灰石の通路が延びている。先端には石畳と石柱で小さな祭壇が造られていた。樫の杖を持ち、青い衣を着た魔法使いらしき老人がそこに立って、穏やかに微笑む。
「すみません、ここに……」
老人は手のひらをこちらに向けて、ロランの話を止めた。
「まずはここで身を清めていきなされ。それが戦いに赴くローレシアの戦士のならわし。この国第一の戦士であるロラン王子なら、なおさらでございましょう」
「僕をご存じなのですか?」
老人はにっこり笑っただけだった。ロランを祭壇の前にひざまずかせると、老人は杖の先を泉にひたし、勢いよくロランに振りかざした。
「おお、勇者の子孫にロトの加護があらんことを!」
水は杖からしずくとなって飛び散り、ロランは濡れるかと思い首をすくませた。だが、水はふわりと霧になってロランを包んだだけだった。優しい雨のような匂いに、ふっと心が落ち着く。心なしか、体も軽くなったようだ。
不思議そうにロランが顔を上げると、老人はほっほっと笑った。
「この泉の力を実感できる者は少のうござってな……魔法が使える者なら、さらにその恩恵がある。疲れ果て魔法が使えない状態になっても、瞬時に回復できるのですじゃ」
「そうでしたか……」
ロランは立ち上がった。ともかくは、体力が回復しただけでもありがたい。薬草が残っていなかったからだ。
「あらためてお尋ねしますが、ここにサマルトリアの王子が来ませんでしたか」
「ええ、いらっしゃいましたとも」
悠々と老人はうなずいた。
「ついさっきまでここにおりましたぞ。旅の途中で得た、珍しいキノコを分けてくださりましてなあ。今夜はひさびさに、守り人の男といい酒が飲めますわい」
「さっきまでここに?!」
ロランは愕然とした。
「僕はここまで歩いて来ましたが、一度もすれ違いませんでした」
「ふうむ、ならば別の道を行ったか、外に出たあとすぐ、キメラの翼を使われたんでしょうな」
「そんな……」
「王子がこちらにいないと知って、ランド王子もがっかりされておいでじゃった」
気落ちするロランに、老人はあくまで穏やかに言った。
「ここにいないなら、ローレシアまで迎えに行くと申しましてな。――ああ、王子、もう行かれるのですか」
「すいません、急ぎますので。ありがとうございました」
早々と一礼すると、ロランは焦ったように元の道を引き返していった。しわの深い目を細め、老人は笑った。
「ランド王子も、そう言って行ってしまわれたわい。案外、似たもの同士なのかもしれんの」