Nicotto Town



アスパシオンの弟子61 灰色の滅亡(前編)

『神聖暦7126年に、僕は未来のメキド、すなわち樹海王国から城をいただきました。

 それでようやく天に浮かぶヘイデン、八番島から降りる決心がついたのです。

 こっそり島生活はかなり居心地良くて、サナダさんが退島するときに服従の首輪を外して

もらったにもかかわらず、僕はアイダさんと何百年もの永い間、島に居座ってしまいました。

 この合間に統一王国は、反戦と平和を唱えるメニスの王アイテリオンによって、さしたる戦も紛争もなく瓦解していき……』




「ピピ様、お茶淹れましたよ」

「あ。ありがとソートくん。そこ置いといて」

「あのぅ、あわてて隠さなくてもいいですよ。何書いてるかよーく知ってますから」

 う。

 アイダさんから託された弟子、ソートアイガス。ほんとこの子、めざといんだよね。

 うわ。だから見るなって。さりげなくガン飛ばして原稿見ないでってば。

「きれいな文語体ですねえ。ピピ様って普段は自分のこと「俺」って呼んでて言葉遣いもすんごく

きったないのに、良家のおぼっちゃまが喋ってるみたいな文章書くんですよね」

 そ、そ、そりゃあ、いちおう人に見せる予定のものだから。

 ちゃんとした敬語体で書かないといけないって思ったんだよ。

「でもそれ、歴史書っていうより一人称の独白日記みたいですよね」

 ソートくん。お願いだから、もう突っ込むのやめて? でないと、君の日記帳声出して読んじゃう

よ? 誤字脱字大文字だらけのやつ。 

「十歳の子どものいとけない日記と、五百年以上生きてる魔人の文物を同列に扱わないで下さい」

 ででででもさ、俺はたしか、メニスのアイダさんとつるむまでは本当に、自分のこと「僕」って

言ってたよ。です・ます調もさ、俺より目上の人が断然多かったから日常的に使ってたよ。

「ぐれたんですね」

 ちがうって。目下の人が増えたんだ。だって泉から上がってもう何年経つんだ?

 6500年ぐらいに来て、今7134年だろ? 純血メニスのアイダさんすら、亡くなっちゃってるんだもの。

「メニスとか魔人とか、いいですね。寿命が永くて」

 あ。ごめん。ソートくんは普通の人間の子だったよね……。

「ムカつくぐらい羨ましいです。でも、なんとかします」

 え? なんとかって?

「今エリシア姫を再生している培養カプセルを使用する前提で、細胞再生遺伝子を活性化させて

若返るプログラムってのを構築してます。メニスほどじゃないけど理論的には、人間の僕でも二百年

は寿命がのびるかな、と思ってます」




 必要は発明の母って、どこの偉人が言ったんだっけ。

 ソートくんの目つきは真剣すぎてこわかった。ほんとあの子、才能あるんだよな。俺なんかより

はるかに。金属精錬の精度すごいし、ハンダゴテなんか自由自在、伝導体も半導体も芸術的な絵画

みたいな模様でぱぱっと作っちゃう。

 俺は永い時間をかけて修行したから、それなりに技術を身につけることができたけど。サナダさんが

作った赤いルファの目は、修理しても百年ぐらいしかもたなかった。きっかり何年何ヶ月何日何時間

何分何秒後に電池切れるように仕込むとか、そんな余裕の遊びかますなんて絶対無理。いつも全力投球だ。

 筋がいいとサナダさんが言ってくれたのは、浮き島の技師長として、部下にやる気を出させるための

激励だったんだと思う。

 俺は、エリシア姫が完全に回復して培養カプセルが空いたら、好きに使っていいよとソートくんに言った。

 カプセルの通電状況をチェックしてくるというのでニコニコ顔で「よろしく頼む」と送り出し、

「師に捧げる歴史書」の続きを書く作業を再開した。午後休憩の時間に数ページ書くことが、ここ数年の

日課になっている

 今は六巻目で、泉から上がってからのこと、つまり統一王国の崩壊とその後のことを主に叙述している。

 ちなみに一巻目は、岩窟の寺院のこと。

 二巻目は、北五州のことと、我が師アスパシオンが巻き込まれたヒアキントスの陰謀のこと。

 三巻目は、灰色のアミーケとフィリア、ルーセルフラウレンの生まれ変わり、そして変若玉と魔人について。

 四巻目は、メキド王国のトルナート王朝のこと。

 五巻目は、引き続きトルナート王朝と、蒼鹿家のことをしたためた。

『歴史書っていうより独白日記』

 うん……ソートくんの言う通り、たしかにこれ、独白だな。ほとんど自分史だもの。我が師へ捧げるって

ことにしているけど、覚書とあんまり変わらない。

 俺はペンでガリガリと、いつものごとく羊皮紙に書き込んだ。


 

『統一王国が瓦解したあと。

 北五州管轄だった八から十二番のヘイデンは、始め金獅子家が建てた王国のものになり、他の島々も、

もともとの管轄区域だった地方に建った国のものになりました。

 けれども浮き島はそれからいくらもたたぬうちに閉鎖され、放棄されました。

 白の導師にしてメニスの王アイテリオンが、古代兵器と遺物の封印法の取締りを強化しろと

大陸同盟に訴えたからです。

〈戦は何も生み出さぬ。平和こそ、至高〉

 アイテリオンはひっきりなしに大陸同盟会議に姿を現してはかく訴え、なんでもかんでも禁止

させました。兵器だけでなく、便利な乗り物や生活用品や娯楽品のたぐいまで、すべて。

 航空機も、潜水艇も、幻像装置も、端末《フォン》も、またたくまに取り締まられ、姿を消して

いきました。おかげで浮き島だけでなく、錬金と科学の粋を極めた大陸の技術は、みるみる原始的な

レベルにまで衰退していきました。 

 各王国の軍備なんて、鉄器に騎馬兵というお粗末な水準にまでだだ下がりました。

 一方で、メニスの王アイテリオンの主張に同調して他国の兵器や技術品を糾弾しながら、自国は

ちゃっかり古代技術を保持していた国もありました。

 イマダさんの故郷、蒼鹿家のアリン王国や金獅子家のレヴ王国といった北五州の王国、それから

カネダさんが引き抜かれていったスメルニア皇国。

 これらの国々は、アイテリオンを全面的に支持して強力に後押しした国々で、のちに軒並み大陸同盟の

理事国になりました。つまり察するところ、白の導師と密約を結び、彼を支持する見返りに、神獣や

古代兵器の保有を特別に許されたのでしょう。

 しかしその他の国々は、文明衰退の一途をたどるばかり。医療技術すら廃れ、メニスの白の技、

つまり癒しの技がもてはやされるようになりました。

 メニスが司る白の技の地位の向上。それが、アイテリオンの目的の一つだったのは明白でした。

 超技術で作られたものは「古代遺物」と称されるようになり、動力機関を抜き取られ、王侯貴族や

特権階級の人々が収集して飾っておくようなオブジェに成り果てました。

 中でも審議会から「危険物」とみなされた物は、黒の導師たちが住まう「岩窟の寺院」の地下に

収集され、次々と封印されました。

 貴重な「危険物」を取り扱うゆえに黒の導師の権威は非常に高まり、始めは遺跡めぐりをするために

王国を訪れていた導師が、いつしか担当巡回国の後見人となる、という伝統ができあがりました。

 こうして、白の技の水鏡の寺院と、黒の技の岩窟の寺院は隆盛を極め……』

 俺は羊皮紙の上で踊るペンに力をこめた。

『灰色の技の噴煙の寺院は、大陸同盟の強制執行命令で閉鎖されたのでした。

 

 白と黒。二つの寺院の共謀によって――』



アバター
2015/10/19 00:05
いつの世にも権謀術数は渦巻いてるんですね。
アバター
2015/09/05 17:52
自分の陰謀が好きな白の導師、アイテリオン・・・。

これからは、歴史を少しづつ塗り替えていきますかね。




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