Nicotto Town



アスパシオンの弟子61 灰色の滅亡(後編)

 八番島に集積されてた古い記録をほっくり返すと。

 太古の昔、神獣の時代以前は、灰色の技は「魔力がない落ちこぼれが覚える技」とみなされて

いたのが分かった。噴煙の寺院は、特に水鏡の地に住むメニスたちからはあからさまに「収容所」

扱いされてたらしい。

 メニスが司る癒しの白の技と、人間が編み出した呪術主体の黒の技。韻律を駆使する二つの技に

比べて、灰色の技はほとんど韻律を要しないからだろう。

 つまり灰色のアミーケも、アイダさんも、普通のメニスたちから見れば「出来損ない」。完全に爪はじき者。

 だから二人は、アイテリオンを憎んでいた。一族から棄てられたからだ。

 でもアミーケを始めとする灰色の導師たちが神獣を生み出したことで、灰色の技は一躍大陸中の

国々の注目を集め、爆発的に需要が高まった。そして統一王国の時代には、王国政府の重要機関として

権勢を奮うまでになった。

 神獣たち。改造兵士やルファの目。星を航行する船。天に浮かぶ島。

 灰色の導師たちが作り出したものが、大陸中にあふれた。

 つまり灰色の技は白と黒の技を差し置いて、完全なひとり勝ち状態になった。

 黒の技は統一王国においては原始的な技だと蔑まれ、まったく見向きもされなくなった。

 白の技も、被差別民族が扱う技として弾圧された。

 メニスの王にして白の導師アイテリオンにとっては、超面白くない世界だったわけだ。

 ゆえにアイテリオンはメニスの玉座に座るなり、行動を起こしたんだろう。

 世界を、変えるために――。 

『神聖暦6712年に、灰色の寺院は大陸同盟会議で「廃院」となることを宣言され、弟子をとることを

禁止されました。その二十年後には、院自体が「後継者がいない」という理由で閉鎖されました。

 閉鎖にあたってアイテリオンは、噴煙の寺院にある時の泉を水鏡の寺院に移すようにと、灰色の

導師たちに命じました。しかし移動するのは物理的に無理、ということがわかったので、これを

結界で封じて大陸同盟の監視下に置くと共に、灰色の導師たちに同じものを水鏡の寺院と岩窟の寺院に

作れと命じたのでした』 

 俺はペンをふと止めて、泉設置作業のことを思い起こした。まだ、アイダさんと浮き島に住んでた

ころのことだ。

 灰色の技を潰そうとしているくせに、その最高水準の技術の粋をもって作られた時間流の泉を

ほしがるとは、ずいぶんと虫がよすぎる。そう二人でぶうぶう文句を言い合ったっけ。

 なんでもかんでも便利な物は禁止されていって、端末《フォン》が使えなくなり、楽しみにしてた

歌謡曲やマンガの配信も止まったもんだから、俺達はアイテリオンが推進する世界改革に不満たらったらだった。

 大人気配信マンガ「ギヤマンの仮面」の最終回どうなったんだよ! と今でも気になって気になって

夜も眠れない……。

 もとい。

 腹の虫が収まらない俺とアイダさんは、泉設置決定のニュースを聞いた直後、寺院の一級技能師たちの

手によるその作業をお手伝いしに行った。青いオリハルコンの衣の上から別の色の衣を羽織って、

マスクにサングラス姿で変装し、助手として設置チームに入りこんだ。

 灰色の導師たちは俺やアイダさんと全く同じ考えだったので、チームは一丸となって泉に細工をかました。

 噴煙の寺院の泉の時間流は緩やかで無制限に堰き止められ、体さえもてば何万年も移動できる。

だけど他の二つは機能縮小版。出発点から前後五、六十年の時間流しか堰き止められないようにした。

しかも時間流がプールされる速度を四、五倍ほどにぎゅうっと凝縮。中に入った者にはんぱなく負荷が

かかるよう設定。中で滞留しつづけると、確実に記憶がふっとぶようにした。誰も入れないだろこれえ、

ざまあみろぉおという代物だ。灰色の導師たちの、最後の意地ってやつだった。

 俺とアイダさんは噴煙の寺院の記録と技術書を一級技能師たちからひそかに受け渡してもらい、

八番島に封印した。アイテリオンは泉の完成と同時に、噴煙の寺院の記録を全部消去するよう

大陸同盟の古代遺物取締まり機関に働きかけたからだった。

 こうしてアイテリオンは、世界をいいように変えていったんだけれど……

『白と黒の二つの寺院は、しかしうまく共存することができませんでした。岩窟の寺院は

アイテリオン率いる水鏡の寺院の台頭を疎んじ、国々の後見となった黒の導師たちが密かにメニスの

脅威を王たちに吹き込んで、弾圧や迫害を行わせました』

 案の定、白と黒は仲間割れ。

『こうしてもとから被差別民族だったメニスはさらに激減し、水鏡の寺院の力は急激に衰え……』

 ゆえに王族はメニスを庇護すべし、という保護法を制定したり王家に一族を嫁がせたり。アイテリオンは

現在、白の技と一族のために手を尽くしている真っ最中だ。

 黒の導師を目の仇にしているのはそのせい。未来でメキドに干渉してきたのも、おそらくは

岩窟の寺院を潰すための一手なんだろう……。

――「ピピ様」

 水晶玉が点滅した。ソートくんからの伝信だ。

「培養カプセルに変化が」

 あ……そろそろ、か。

 卓上の暦を見る。赤丸をつけた日から三日ぐらい早いかな。

「エリシア姫が、目を開けています」

 俺はペンを置いて深呼吸した。心臓がにわかにとくとくどくどく高鳴る。

 メキドの王子暗殺未遂事件。木槍試合の折、第三王子カイヤート・シュラメリシュ殿下が命を狙われた。

 暗殺は、ひとりの貴族の姫によって回避された。

 黒幕は、兄王子二人のどちらかだろう。第一王子の背後にはメキドの後見たる黒の導師がついていて、

第二王子の背後には白の導師の勢力が密かについている。

 性根優しい第三王子が狙われたわけは、見る目を持ってる今上の王が、後見の導師の進言を

無視して世継ぎにしたからだ。シュラ《炎》の名と、ルファの義眼。王たる者の証がすでに

カイヤート殿下に与えられている。

 エリシア姫は、そのカイヤート殿下をかばった。かつて俺が、赤い義眼の記憶で視た通りに。

 姫を止めようとしたけどだめだった。

 もしかしたら俺が知ってる歴史は、変えられないのかも。未来からの干渉も加えてあの歴史に

なってるってこと? と、半ば絶望しながらも。姫の献身を無駄にしたくなくて、俺は姫を抱いて

嗚咽する殿下に宣言してしまった。

『君を護る。君を必ず王にする』と――。

 姫をカプセルに入れて三ヶ月。魔人の回復能力にくらぶれば、普通の人間のそれは遅々としたものだ。

 ようやく。彼女の笑顔をまた見られる。耳に心地よい声が聞ける……。

「すぐそっちに降りるよ。まだカプセルの蓋は閉めたままにしておいてくれ」

「はい、マエストロ」 

 ソートくんが最敬礼で返事してくれた。培養カプセルでの再生プログラムを構築するのは、

ものすごく大変なことだと知ってるからだろう。いったい何年、かかったかな……。


――「ピピ様なんですか、それ」

 え? えっとソートくん、これはね。ほら、姫君と対面するからだよ。粗相のないようにっていうか?

「僕、席を外した方がいいですかね?」

「あ。うん。その。そうしてくれた方がいいのかな」

「いちおうカプセル越しに、命の恩人の名前は言っときましたけど。まぁ、せいぜいがんばって玉砕してきてください」

 あ、ありがとね。

 緊張でガチガチになりつつも、俺は淡く光る培養カプセルのひとつに近づいた。

 真っ青なオリハルコン地の、キュロットと上着という盛装姿。髪はきゅっと一つにまとめ、

おでこ丸出しオールバック。両手には――

 盛りだくさんの花束を抱えて……。


#日記広場:自作小説

アバター
2015/10/26 21:35
歴史を変えられるとなるといろいろ難しい問題が出てくる気がします^^
アバター
2015/09/12 20:22
なにやら娯楽のない統制された社会を思わせる世界
それにしても緻密な「虚構世界の設計」
ファンタジーとしてばかりではなく、
SFとしても通用しそうです

アバター
2015/09/11 07:01
夏生さま

読んでくださってありがとうございます><
世界の情勢。それから前のお話(木槍)で
ペペが見た情景がまさに起こった事件の顛末を
ようやく出すことができました。
これからも人知れず今までのお話に影響していたぺぺさんの
活躍を描いていければと思います^^



アバター
2015/09/11 06:58
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
勝負姿のペペさん、顛末は……
ソートくんはちょっとやばい性格かも^^;
ペペの強みは単色ではないことですよね。
二色混合で独自の境地を切り開くのかもしれません。


アバター
2015/09/11 06:54
カラシさま

読んでくださってありがとうございます><
ソートくんはマッドサイエンティスト気質できっつい子ですw
彼は将来、もっとひどいことをします^^;
アバター
2015/09/11 06:51
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
誰かが喜ぶ影で誰かが泣いている。万人が幸福になるような
世界を作るのは本当にむずかしいのだと思います。
アイテリオンが自身の信念でもって世界を変えている中で、
ぺぺさんはどう動くのでしょうね^^
アバター
2015/09/06 17:41
今晩は!

白、黒、灰の壮大な歴史の流れと、何故白が黒を敵対視するのか、その理由も分かりました。
時の流れの中で、愛は生き続けて行くものなのですね。

今編を纏めるのは大変な作業だったでしょうね。
読者にとっては大切な一編になったような気がします。

次作を心からお待ち申し上げます。
m(_ _)m
アバター
2015/09/05 22:43
こんばんは♪

がんばれペペさん^^
文字どおり永遠の愛を携えて姫君に近づくペペさん。

せいぜいがんばって玉砕してきて・・・・
ソート君の言葉がすごーく気になります。

白黒灰の栄枯盛衰。
黒と灰を知るペペさんはどんな行動に出るのでしょう。

出来事が次第にネットワーク化されていく物語の次の展開が
とても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
アバター
2015/09/05 20:15
玉砕。www
アバター
2015/09/05 19:46
基本的には過去は変えない方が良いですが、この歴史は散々たるものですね。

これからはどんな未来になるのですかね。
アバター
2015/09/05 18:06
カテゴリ:マンガ
お題:続きが気になるマンガ

ギヤマンの仮面:フォンで配信されていた大人気マンガ。ぺぺさんが気に入って購読していた模様。
伝説の舞踊劇である「月光女神」のセンター役をいつかやりたいと、
大陸一の踊り女を目指す少女のお話、らしい@@

って「ガラスの仮面」、結局どうなったのかなぁ……





Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.