Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・29

【光はなく、死のみ】

「あの小犬、ちょっとかわいそうだったね」
 ムーンブルク城へ至る平原を西に歩きながら、ランドがつぶやいた。
「ああ……。でも、この辺りの魔物はローレシア大陸よりも手強い。とても連れては行けないよ」
「うん……」
 ロランも、ムーンペタで会った小犬のことが心に引っかかっていた。福引所を出たあとも、小犬はずっと二人の後をついてきていた。だが、危険な町の外にはついて行けないと、小犬も理解していたらしい。街門でぴたりと立ち止まると、悲しげに遠吠えをしたのである。
 とても頭の良い犬だった。できれば飼い主を探してやりたいが、今はルナを探すのが先だ。
 ランドの幸運で手に入れた魔道士の杖は、とても役に立った。顔の高さまである黒樫の柄の先に、大人の拳ほどもある赤い宝珠が付いている。この宝珠には魔法力が込められており、ロランのような魔法の使えない者でも、ギラの呪文を発動できるのだ。
 宝珠を敵に向けて念じるだけでいいとランドに教えられ、ロランも一度試してみた。町を出てすぐ遭遇した、小型のトカゲに虫の羽根の生えた魔物・リザードフライに向けて、炎が出るようにと念じると、宝珠が光って火の玉を吐き出したのだ。もちろん、リザードフライも丸焦げになった。
 これでランドは、ギラを唱えずしてギラを使えるようになり、回復呪文を使用するために魔力を温存できた。
 杖の固さもかなりのもので、魔物にかなりの打撃を与えられる。重い鉄の槍より振るいやすいので、ランドは鉄の槍を斜めに背に負ったまま、杖で魔法を放ちつつ殴りかかっていた。槍を買ったのは早まったかと、ロランも苦笑するほど大活躍の杖であった。


「見えてきた」
「これは……」
 季節は初夏になるというのに、その場所は暗く陰っていた。ロランとランドは遠目から足を止める。
 繁栄を誇った壮麗なる都は、毒の水を出す広大な湿地帯に変わり果てていた。
 世界の中央に位置し、多数の鉱物資源に恵まれたムーンブルクの地は、一番最初にローレシア1世が治めた土地だった。自治をしていたムーンペタの町の人々は、町や世界を救った英雄が自分達の王になることを歓迎したのだ。国はそこで栄えるかと思われた。
 だが、その北にまだ未開の地――現ローレシア大陸があると聞き、惜しまれつつもローレシア1世はローラを連れて旅立った。もしも子どもを授かったなら、その子をこの地に治めさせようと約束して。
 やがて聡明なる初代ムーンブルク女王が、成人してすぐにこの地に降り立ち、長年の約束を果たしたという。
 その歴史を、魔物達は残虐に踏みにじったのだ。
「こんなだなんて、思わなかった」
 かすれた声でランドが言った。
「城下町が跡形もない……。しかも毒の沼で汚染するなんて。これじゃこの土地は、死んだも同じじゃないか」
「……」
 ロランも言葉が出なかった。滅びた町を見たことはあるが、毒沼の汚染までは初めて目にした。
 毒沼は、世界のあちこちにある。広さもさまざまだが、共通するのは、いかなる生き物もそこに住めないということだ。
 発生原因は魔物による汚染とされる。魔物が血なまぐさい殺戮をしたり、呪いを発した場所に瘴気が発生し、周囲の大気と水を毒に変えるのだ。長くその場所にいると体力を蝕まれ、死に至る。
「もしルナが生きてるなら、ここにいるとは思えないけど……」
「でも、何か手がかりがあるかもしれない。行くぞ」
 懸念するランドをうながし、ロランは瘴気渦巻く廃墟へと踏み出した。


 紫色を帯びた濁った泥水が、腐敗臭をとめどなく吐き出していた。漂う灰色の霧は、すべて瘴気だ。
 まだ昼間なのに、瘴気の中は夕方のように暗い。崩れ残った家壁が迷路のようになっているが、城へ続く大通りはがれきも少ない。
 粘り気のある水は深い所でも足首までの深さで、歩けないことはなかった。瘴気をなるべく吸いこまないよう、大きめの手布で鼻と口を覆って、町の残骸に足を踏み入れる。
 だが、数歩で二人は立ち止まってしまった。若い男の死体が、汚濁の水に半ば浸かっていた。服はほとんど焼け、あお向けになった腹は赤黒く割れて虫がたかっていた。口の中までぞろぞろと這い回るそれは、餌を漁りに来た軍隊アリかもしれない。
 ランドが息をのみ、何か言おうとする。が、慌てて口を片手で押さえた。
「うっ――」
 ランドは飛沫を上げながら近くの壁まで走り、腰を直角に折り曲げた。咳きこみ、嘔吐く音が聞こえた。ロランも手で口を押さえ、かろうじて吐くのをこらえる。
 これが死だ。
 目を逸らしてはいけない。そう思って、ロランは懸命に目を凝らした。今までも、人の死に立ち会わなかったことはない。大好きだった母、自分をかわいがってくれた初代からの老臣達、そして、この惨状を伝えに来たムーンブルク兵。
 立ち会った時はいつも、どん底に叩きこまれたように悲しかったが、それらの死はどこか美しく、尊くもあった。決して、嫌悪を交えることはなかった。
 だが、目前に広がる光景は異質だった。もっと無惨に、非情に、人間は死ねばこんなものだと伝えてくる。
 これが暴力なのだ。
 これが、魔物の所業なのだ。
 今まで聞かされてきた、魔王による人間社会の破壊と支配。どれだけの人が血を流し、辛酸を味わい、殺されてきたか、およその数字と物語でしか知らなかった現実が、ここにある。
「ごめん……吐くなんて、ここで死んだ人に申し訳ないよね……」
 うつろな面持ちでランドが戻ってきた。ロランは小さくかぶりを振って言った。
「僕も同じ気持ちだ。……城へ行こう」




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