自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・30
- カテゴリ:自作小説
- 2015/09/09 11:02:26
それからも無数の遺骸を目にしながら、無言のうちに二人は城へと着いた。美しかった外壁は血と泥にまみれ、煤(すす)で黒く穢されていた。見上げるのもわずかの間。二人は入り口をくぐった。
(頭が痛い……瘴気のせいなのか)
歩くごとに、頭痛が響く。体が倦怠感に満たされつつあり、足が重かった。後ろをついてくるランドも苦しそうだ。
城内も完膚無きまでに破壊されていた。ぞっぷりと毒の水が床を満たしており、飛び散った血の跡がない場所はなかった。崩壊した壁やがれきの隙間を、腐肉を求めてぞろぞろとキングコブラや鎧ムカデが這い回っている。
足を引きずりながら、二人は謁見の間に来た。濃い瘴気を通して、かろうじて太陽の光が崩れた壁や天井から差し、室内を完全な闇から救っている。それでも明かりを求めたいほど薄暗かった。
「ランド。あそこに火が燃えてる」
「待って。今、ホイミするから……」
ロランが玉座を示すと、ランドが苦しそうに息をつきながら両手をロランにかざし、ホイミの呪文を唱えた。次いで自分にも唱える。癒しの力が体に流れ込み、苦しかった呼吸や頭痛が楽になった。
「いつ魔物が来るかわからないし、しょっちゅうは使えないから、また苦しくなったら」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
毒水を渡って、ロランとランドは謎の炎に近づいた。赤々と玉座の上で燃えるかがり火に似た炎は、二人を照らすことも、暖めることもしなかった。
「ランド、これは……?」
「わからない。ぼくも初めて見る……」
(誰かそこにおるのか……?)
「っ?!」
突然声が聞こえ、二人はぎょっとしてお互いを見た。どちらの声でもないと気づき、炎に向き合う。炎は苦しげに身をよじり、一つの顔を作った。
「ムーンブルク王?!」
ロランは声を上げていた。音もなく燃えさかる炎の顔は、間違いなくムーンブルク王だ。放つ声は、耳ではなくこちらの頭に響いてくるようだった。
(わしはもう、何も見えぬ……何も聞こえぬ……。ああ、だが……気配がする。温かい、懐かしい気配が……)
「ヒンメルおじさん、ロランです! ルナを助けに来たんです! 教えてください、ルナはどこにいるんですか?!」
ロランが前に進み出て叫ぶと、ムーンブルク王の魂はさらに苦しげにもがいた。
(民よ、すまぬ……わしが至らぬがゆえに、皆をこの地獄にさらしてしまった……。我が娘ルナ、そなたさえも……)
王の魂は本当にロランに気づいていないようだった。低い慟哭をもらしながら、いかに魔物が卑劣に、残酷に城の蹂躙(じゅうりん)を行ったか語り続けた。そのむごさを、ロランとランドは蒼白になって聞き続けた。
(憎むべきは、かの悪魔神官……。彼奴は、ルナを呪いで犬の姿に変えたという。ああ、口惜しや。この屈辱、我が身があれば晴らせたものを……!)
「ロラン……犬って!?」
ランドがはっとしてロランの二の腕をつかんだ。ロランもうなずいていた。思い当たる犬は、一匹しかいない。あの賢く人懐こい小犬。
「ああ、きっとムーンペタで会ったあの犬が、ルナだ!」
「でも本当にそうだとしてさ、問題はどうやってその呪いを解くかだよ」
「ああ、そうだ……。ランドは何か知らないのか?」
「ごめん、動物に変えられた人間の解呪法は、ぼくも知らない。呪われた武器なんかが体から離れなくなって、それを取り外すのは、修行を積んだ神父ならできるけど……それとはまったく程度が違うからなあ」
ランドも髪をかき上げ、悔しげにうなる。
「まだ残ってるとは思えないけど……、この城に、文献とか残ってないか、探してみよう!」
とにかく手がかりが欲しかった。ランドの思いつきに、ロランも従った。後ろ髪を引かれる思いだったが、王の魂に一礼し、二人は謁見の間を後にした。王の魂のすすり泣きが聞こえてきた。
城の奥は、無数の火の玉が飛び交っていた。それぞれがすすり泣き、慟哭し、あるいは断末魔の恐怖に叫びながら。その"声"に、ロランとランドは耳を塞ぎたかったが、声は直接心に届くため、どうすることもできない。
「たしか、書庫はこっちにあったはずだけど……」
「ランド、気をつけろ! 魔物だ!」
嫌な気配を察し、ロランが鋼の剣を背の鞘から抜いた。ランドもすぐに魔道士の杖を構える。
二人の目の前で瘴気が凝り固まって、邪悪な笑いを浮かべる。スモークだ。さらに、ムーンブルク兵の鎧をまとった死人が3体、血まみれの姿で歩いてくる。死体に邪念が乗り移った、リビングデッドである。
「こんな……みんな、ここで生きていたのに!」
スモークを一太刀で霧消させ、のろのろとこちらへ迫るリビングデッドを見て、ロランは悲痛に叫んだ。ランドも悲しげな目で魔道士の杖を振りかざすと、1体を炎に包んだ。
「埋葬できないなら、せめて、この手で呪いを絶つしかないよ……!」
「くっ……!」
白濁した目でこちらを見つめ、不器用な操り人形のごとく襲いかかってくる元兵士に、ロランは怒号をあげて斬りかかった。兵士への怒りではない。遺体が静かに土に帰ることを許さない邪悪、そのものに。
ロランの会心の一撃が、リビングデッドの首をはねる。胴だけになった体は、毒水を派手に上げて前のめりに倒れると、徐々に土塊となって崩れ去った。
残る2体も二人で倒したが、死体の行進はそれにとどまらなかった。そうなる元が、いくらでもあるからだ。全部を相手にしていては、こちらが瘴気でやられてしまう。懸命に切り抜け、時に薬草やホイミで体力を保ちながら、二人は書庫を探した。だが、ついに見つからなかった。焼失してしまったらしい。
「そうだろうとは思ってたけど……これが現実か……」
魔力も半分以上使い果たし、疲労の色濃くランドが両手を膝について悔しげに言う。ロランも手がかりを見つけられない苛立ちと焦りに、怒鳴り散らしたい心境だった。だが、そんなことをしても何の解決にもならない。
(考えるんだ。もし、僕がルナだったら……城が襲われたら、どこに逃げる?)
瘴気のせいで考えがなかなかまとまらない。それでもロランは、必死に想像した。自分が魔物に襲われて逃げるしかないなら、安全な場所にずっと隠れているか、秘密の――
「そうだ、緊急避難通路は!?」
ロランが意気込んで言うと、ランドは疑いと落胆を隠さずにロランを見返した。
「この城が滅ぼされてから、もう三月(みつき)もたってるよ。王族用緊急避難路は、隠れるにはいいかもしれない。でも、こんな瘴気と魔物だらけの所で、生き残りがいるかどうか……。そこに、呪いを解く方法が落ちてるはずもないだろうし」
「とにかく、行ってみよう。この城で歩いていないのは、そこだけだ」
ランドは賛同しなかったが、不承ながら行ってみることにした。何も見つからない以上、やれるだけのことをやらなければ、ロランも気が済まなかったのだ。