Nicotto Town



アスパシオンの弟子62 奇跡(前編)

 緑の道 ひかりの道

 花の輪くぐって いきましょう

 灰の道 はての道

 泉をこえて いきましょう


 かわいらしい歌声が城の中庭から聞こえてくる。

 まるで幼女のようなたどたどしい歌い方。緑の木々がこんもり植わっている庭で、赤毛の女性が

しゃがみこみ、花園の花を摘んでいる。

 ソートくんが気分転換に、とか言って趣味の園芸で育ててる花だ。

 俺はそうっとそうっと後ろから近づく。驚かせないように呼びかけながら。

「エ・リ・シ・ア」

 姫は一瞬、怯えた顔で振り返る。でも俺を見ると、ホッとして摘んだ花をずいっと突き出してくる。

「あ、ピッコちゃん!」

 俺はありがとうと言って真っ白もふもふな小さい手で花束を受け取る。

「食べちゃダメよ」

「うん。あのね、エリシア」

 ふにゅふにゅともふもふの鼻を動かし、花の匂いを嗅ぐ俺。

「そろそろ、夕ごはんの時間だよ」

 中庭の空は暮れなずむ黄昏色。

「ピッコちゃん待っててね。今すぐ作るから」

 赤毛の姫が城の厨房に走っていく。

 うちには鉄製のお手伝い人形が三体いるけど、姫は俺のごはんだけは「私が作る」といってきかない。

だから好きに作ってもらってる。

 ニンジンサラダとか。ニンジンスープとか。ニンジンシャーベットとか。いつもパーティ

メニューのような彩りよい豪華さだ。

 一刻後。食堂の食卓にずらりと並んだニンジン料理を、赤ちゃん用の足の長い椅子に座った俺は一所懸命がっつがっつ平らげた。

「のこさず食べてえらいわね」

 姫が手を叩いて喜ぶ。真っ白な手で、俺のもふもふな長い耳の間を撫でてくれる。

「お口、ふきふきしましょうね。ごちそうさまって、ちゃんと言うのよ」

 ウサギの俺はおとなしく姫にナプキンで口を拭いてもらい、小さな手を合わせてごちそうさまと言う。

 すると姫はお手伝い人形と一緒に、ニンジン料理の皿を片付けるべく、厨房へと消える……。

「お疲れ様です、ピピ様」

 向かいに座っているソートくんが澄ました顔でカフェ・オレを啜った。 

「朝・昼・晩、ニンジンメニュー、さすがに飽き飽きでしょう。ソーセージあげましょうか?」

「く、くれ」

 ソートくんは、がつがつソーセージを食べるウサギな俺を哀れみの目で見下ろす。

「ままごと、大変ですね」

「ぜーんぜん」

 ほんとはちょっとしんどいけど、涼しい顔で返す。

「大丈夫。余裕、余裕」 

 姫は皿を片付けると、俺を抱っこして部屋に連れて行き、小さな寝床に入れてくれる。布団をとんとん

手で叩きながら、おとぎ話を話してくれる…… 

「ウサギさん、おやすみなさい」

 額にキスをしてくれて。それから部屋の灯りを消して、姫は自分の寝床に入る。

 姫が寝息を立て始めると、俺はそうっと小さな寝床から抜け出し、工房へ一目散。

「ピピ様、お疲れ様でした」

 拡大鏡を片目にかけて流麗な手つきでハンダやってるソートくんが、顔をあげてねぎらってくれた。

 そこでようやく俺はウサギから人間に戻り、拡大鏡を目にかけた。

「うっしゃ! 始めるかぁ!」



 

 王子をかばって死にかけたエリシア姫は、三ヵ月後にカプセルから外に出た。槍による首から

肩にかけての裂傷は、細胞再生液に漬かっていたおかげであとかたもない。培養カプセル越し

傷跡がないことを見てとって、俺は姫の快癒を喜んだんだけど……


『ここ……どこ?! おじさん、だれ?!』


 花束を渡そうとしたら痛恨の一撃を喰らった。 

 傷跡だけでなく。ここ十年ほどの姫の記憶もきれいさっぱり、あとかたもなかった。

 十九歳の姫は、七~八歳の時点での少女エリシアに戻ってしまい、俺やソートくん、つまり

「知らないおじさんたち」に怯えてひどく泣きじゃくった。

 俺の銀色の義手が異様に見えるのか、ソートくんが目につけてる拡大鏡が怖いのかと、男二人は

大あわて。

 しきりにピッコちゃんピッコちゃんと呼ばわるから何かと思ったら、姫が幼いころ大事にしてた

ウサギのぬいぐるみだと判明し、俺がなんとかかんとか、変身して術を試してみたら……

『ピッコちゃん!』

 俺はぎゅむうと姫に抱きつかれ、ことのほか気に入られた。

 迎えに来た姫の両親はそれでも泣いて感謝してくれたので、俺は申し訳なくて首を吊りたい

気持ちだった。カプセルから出た姫の体調をしばらく観察したいからと、姫にしばらくここに

滞在してくれるよう願うと、本人も両親も快く了承してくれた。

 以来昼間は、姫に面倒を見られるウサギのピッコちゃん。夜は、技能導師ピピ。というのが

俺の仕事となった。

 なぜ、記憶が消えた?

 この事態に直面した直後、俺は急いで天の浮き島に戻り、目を皿のようにして医療に関する

蓄積情報をほっくり返した。

 医術は守備範囲外だから、有機人形製造の応用で細胞再生を施したんだが、その方式自体は

間違ってなかった。だけど……。

「酸素欠乏による脳の損傷……?」

 姫をカプセルに運び込むまで、時間がかかりすぎたらしい。呼吸停止などで脳に栄養が届かなく

なった状態で時間が経ちすぎると、記憶や体を動かす神経系統がひどく痛むという。つまり記憶が

飛んだり手足の運動機能が劣化するという。

 幸い、姫の脳神経は再生液に漬かってる間にすっかり治ったから、運動機能の方は何も問題ない。

でも脳に蓄積された情報は……。

 ここ十年分の記憶。なにより痛いことに、カイヤート殿下への恋心がすっかり消えてしまった。

 姫はずっとカイヤート王子に片思いしてて、最近やっと両思いになったところだったのに……。

 姫のことは……たぶん一番始めに義眼の記憶を見た時から、ずっと好きだった。

 好きだからこそ、俺は彼女の恋路を応援してた。彼女が自ら選んだ人と幸せになるのが一番だと。

 相手が不誠実な奴だったら話は別だが、カイヤート殿下は見目良い人徳者で俺の友人でもある

 今もカプセルから出たばかりの姫を気遣って、会いに来るのを我慢してくれている。

 姫の記憶が消えたなんて、殿下にはとても言えない……。

 なんとか、姫の記憶を再生したい。

 俺はそんな思いでいっぱいだった。




 消えた脳の情報を、どうやって取り戻すか。

 俺が考えた方法は、時の泉に飛び込んで姫の記憶がまだある時点に遡り、姫の分魂を持ち帰る

ことだった。最長老カラウカス様が、魂を分けてウサギのペペを作ったように姫の魂を二つに分ける、

ということだ。

 人語を喋れて、文字を書けて、ハヤトの面倒を見ることができたウサギのぺぺ。彼が賢かったのは、

本体であるカラウカス様の記憶が受け継がれていたからに他ならない。

今生の俺がかなり凡庸なのは、転生してその前世の記憶と蓄積情報がリセットされたからだ。

 要するに分魂とは魂の複製で、本体の情報が転写される。

 そして『そろそろ一つに戻らんかね』と、あの世の雲間でカラウカス様が俺に問うたことで

推測されるように、本体に戻ることが可能だ。

 過去から持ってきた分魂を今の姫の魂と合わせたら――失われた記憶をある程度、取り戻せるんじゃ

ないだろうか。おそらく、王子への恋心も……。

 しかし。現存する三箇所の時の泉はどれも厳重に監視されていて、こっそり利用するのはほぼ不可能。

なんとか自作するにしても。

「これって禁呪だよな……」

 黒の技の中でも分魂は最高レベルの難易度で、長老級でも行使できるかどうか。

 蒼き衣の見習いどまりの俺が簡単にやってのけれることじゃない。

  俺はもんもんと考えた。

 さて。どうしたものだろうか。





アバター
2015/10/26 21:40
何か方法をみつけるんでしょうか?
アバター
2015/09/13 11:08
姫の記憶の回復作戦
はたして「俺」の思惑通りになるか
いや、そこで私なら試練をいれる
Sianさんはどんな冒険をさせるのだろうと
期待しつつ次へ
アバター
2015/09/11 03:04
ツライ恋だな…(; ̄ェ ̄)
アバター
2015/09/10 21:59
作って見るしかないでしょうね。




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