Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・32

【ラーの鏡】

「まだ怒ってるのか」
「……別に。ロランって、意外と冷たいんだなって思ってただけさ」
 騎士の教えてくれた土地まで、残った食料でも行けると踏んで、ロランとランドはムーンブルクの廃墟を出たのち、すぐに東へ向かうことにした。
 体は疲れていたが、まずは夜通し歩ける所まで歩いて、夜が明けたらどこかで仮眠を取るつもりだった。その道中での会話である。
 ランドはずっとふてくされていた。唇を尖らせていると、ただでさえ幼い顔が、さらに幼く見える。
「そう思われても仕方がないよな。でも……僕はそうした方がいいと思ったんだ」
「なんでさ? あの人、まだ生きてたんだよ? あんな過酷な場所で!」
「だからさ。おかしいと思わなかったか?」
 ひたすら歩みを進めながら、ロランは言った。
「あの人の手……すごく冷たかった」
「え?」
 ランドが振り向いた。ロランはそれ以上言わず、黙々と歩き続けた。

 

 日が昇り、初夏の大気が清々しく香るころ、広い湖が広がる美しい平原に出た。そのほとりに大樹が密集している木陰を見つけ、ロランとランドはそこに倒れこんで眠った。昼頃に起きて、湖の水で喉を潤し、乾した果物や焼き菓子などで力をつけると、また東を目指して歩きだした。
 ムーンペタを出る時に持たされたフィリアの弁当は、町を出てすぐに食べてしまった。自家製ハムなどを挟んだパンの味が恋しく感じられる。乾し果物と焼き菓子も、フィリアが持たせてくれたものだ。甘いものはすぐに力をつけてくれるんですよ、と気を利かせてくれたことに感謝する。
 そして数日後、二人は広大な森林地帯に着いていた。しかし、またしても難問に直面していた。
「どうしよう、ロラン……橋、一個しかないんだけど」
「おかしいな……あの人は、たしかに四本架かってるって言ってたぞ」
 蕩々と流れる大河の前で、二人は途方に暮れた。ランドが地図を広げる。おおざっぱな地形しか描かれていない簡素な品で、詳しいことは、ランドが道すがら書き込んできた。
「ぼくらがいるのは、たぶんここ」
 ランドが、休息した湖から右へ指を滑らせ、ある一点で止める。川のほとりに広がる森林の前だ。
「あそこに橋があるな。残り三つはどこにあるんだ?」
「せめて空でも飛べたらねえ」
 空を見上げて、ランドが行った。猛禽が一羽、森へ向かって飛んでいた。
「たぶんね……ぼくの予想だと、橋はすぐそこの川に一度に架かってるんじゃないね。ここは地形が複雑で、入り組んでる。その支流に、残る三つがあるんだよ」
「そんな……こんなに広い場所で、橋の位置なんて探してたら大変だぞ」
「だからさ、上から見ればそれも簡単じゃなかなってさ」
 ランドがあくびをした。疲労がたまっているのだ。ロランは途方に暮れてあたりを見回した。と、その目が留まる。
「ランド、あの丘はどうだ? あそこなら少しは見えるかも」
「そうだね、昼寝にも良さそうだし」
 本当に眠いらしい。ランドのまぶたは重そうだ。風は甘く、日差しは澄んでいた。魔物が襲ってくる気配も今のところない。ムーンブルク城の荒廃が幻のように思えてくる。あまりに静かで、のんびりした風景に心がなごみそうになり、ロランは両手でぴしゃりと自分の頬を打った。
「ほら、行くぞランド。早く鏡を見つけないと」
 立ったままウトウトしかけているランドの肩をたたき、ロランは丘へ歩き出した。


 丘に登ると、思った以上にまわりの景色がよく見えた。
「おー、あったあった。池はたぶんあそこだよ」
 ランドが鞄から伸縮式の遠眼鏡を出して覗き、森の一点を指さした。ランドの予想通り、橋は支流に沿って、合計四つ架かっていた。ロランも遠眼鏡を借りて見てみる。四つの橋が並ぶ真ん中の位置で、森の一部がすっぽりくぼんでいた。おそらくラーの鏡がある池はそこだろう。
 ついでにぐるりと周囲を見渡すと、南の平原に塔が一つ立っているのが見えた。ここから見てもかなりの大きさだ。
「ランド、塔がある」
「うん。でもここからは行けそうにないね、川が渡ってるから。そのうち探検してみたいよね。どんなお宝が眠ってるんだろ」
「お宝か……」
 遠眼鏡を離して、ロランは塔を見つめた。ロトの子孫として、同じ血を分けた仲間を捜し、ハーゴンの魔物と戦うという大義名分を背負ってはいるが、ロランはこの旅を楽しんでもいた。城にいるより苦労も多いが、何事にも縛られず旅をしていると、自由に呼吸できている気がする。これこそが、自分だという気がしてくる。
 塔は、古代人の遺跡といわれている。何の目的で造られたかは不明だが、当時の遺産が眠っていることもあるという。陽光に光る草原にたたずむ古ぼけた建造物を見つめていると、ロランは胸が熱くなった。
「このまま、どこまでも旅ができたらいいな……」
 ふと、つぶやいていた。ランドがこちらを見つめてきて、ロランは頬を赤くした。
「あ、わかってるよ……。遊びで旅してるんじゃないってことは」
 ランドはくすりと笑った。
「ううん、そうじゃない。ぼくも同じこと考えてた」
「ランドも?」
「うん」
 ランドの髪とマントを、通り過ぎる風がなびかせて行った。ロランは塔に視線を戻した。
 二人のまなざしは、籠から出られぬ鳥のそれに似ていた。




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