Nicotto Town



アスパシオンの弟子63 大鍛冶師(前編)

 師に捧げる歴史書第七巻 樹海王国の滅亡の章――

『かくしてエリシア・プトリを娶ったカイヤート・シュラメリシュ第十一代樹海王国国王陛下は、

樹海の地に善政を敷きました。

 じわじわ国土を覆っていく樹海。遊牧を邪魔する密林を伐採するのではなく、財産であるとみなし。

樹海王国の民は樹木と共に生きるべしとし。林業を広く奨励しました。

 後見導師である黒き衣のシルヴァヌスは第一王子レイヤート殿下を説得し、この聡明な弟君を

支えさせました。

 しかし白き衣のアイテリオンに推されている第二王子メイヤート殿下が再三に渡って謀反を

起こしたことにより、王国内には争いが絶えませんでした。

 シュラメリシュ陛下は幾度となく第二王子の軍を破り、彼を国外へ追放したのですが、

第二王子は幾度となく不死鳥のように軍を編成し直して、樹海王国に攻め寄せてくるのでした。

 シュラメリシュ陛下の即位二十年目に、第二王子の軍は防戦に出た王太子を捕らえ、王の退位と

王権の徴である赤鋼玉の目を寄こせと迫りました。

 王太子は、僕の妻の双子の兄。陛下とエリシアの子です。

 ゆえに王太子を助けるべく、僕は王宮の地下に封印されていた緑虹のガルジューナをこっそり

目覚めさせました。

 第二王子の軍はアイテリオンの手引きで金獅子家と同盟を結んでおり、『遺物』である鉄の獅子たちを

繰り出して来ていたからでした。

 僕は緑の蛇をシュラメリシュ陛下に委ねました。彼が継承している王の徴、この僕が作った赤鋼玉の

瞳の中には、神獣を操る機能――すなわち神獣に「主人」であると認識させる磁波を出す機能膜が

仕込まれていたからです。

 心優しきシュラメリシュなら、神獣を正しく扱ってくれる。決して無闇に人を殺傷するような

使い方はしない。僕はそう確信していたのです。

 けれども――』




「旦那様、もう夜も遅いですよ。ご執筆は明日になさってはいかがですか?」

 こつこつと書斎の壁を叩かれて、俺は狭い部屋の入り口あたりに注意を向けさせられた。

 赤毛の老婆が手にランタンを持って微笑んでいる。

 レティシア・プトリ。俺の、愛する奥さんだ。

 しわくちゃの顔がくちゃっとつぶれる笑顔は、とってもかわいい。ちょっと豊満な中年太りっぽい

体型は包容力バツグン。なにより、

「ご飯? もうそんな時間か?」

「そうですよ、旦那様」

「うっしゃああ!」

 作ってくれるメシがうまい。激しくうまい。いやもう、結婚してよかった! って、ご飯食べる

たびにしみじみ感じ入るぐらい、美味しい。でも最近ちょっと、レティは腰が曲がってきた。

 仕方のないことだ。

 「おてんばにんじん娘」が俺の奥さんになって、今年で百五十年になる。若返り培養カプセルに

何度か入ったから、普通の人間より格段に元気で長生きだ。

 でも三度目のカプセル入りは……ほとんど効き目がなかった。それがソートくんが作ってくれた

延命液の限界なんだろう。

 この百五十年の間に――いろいろあった。

 ひと言でいうと、樹海王国は滅んで俺は城を失った。

 今この小さな窓からは地平線まで広がる樹海が見えている。その窓には格子がはまり、強力な

結界が張られている。

 俺がいる部屋は狭い。半径三メートルほどの円い塔部屋だ。

 ここと下の三階分が、俺と奥さんの居住範囲。その下の十階分は、俺の弟子が使っている。

 そう、ソートアイガス。あの超優秀なソートくんが……優秀すぎて、おかしくなっちゃった

ソートくんが。表の世界から完全に隠されているこの塔に潜んでいる。

「奥さん、あと数行書いたら下に行くね。今日のご飯なに?」 

「にんじんパイとミンスパイですよ、旦那さま」 

 おお、どっちも大好物だ。奥さん最高!

 でも、できれば。できれば……。

 俺は「カプセルに入ってくれ」、という言葉を呑み込んだ。

 だって、もう効き目がないと解っているから。あとは自然に任せるしかない。少しずつ、

「その時」が来るのを覚悟しながら、暮らしていくしかない――。

 俺は急いで今手がけている原稿の続きを羊皮紙に書きつけ、階下の食堂へ降りた。


『けれども。

 まさか僕の弟子のソートアイガスが、あんな恐ろしいことをしでかすとは予想できませんでした。

 オプトヘイデンに封印していたアイダ師のルファの目を自ら嵌め、神獣ガルジューナを勝手に

動かし。第二王子の軍を一瞬にして滅ぼし。

 樹海王国の実質的な支配者になるとは――。』 




 俺とアイダさんがそれぞれ作った赤鋼玉の目。

 それは樹海王国の王のために作った物だから、神獣ガルジューナを使うという万が一の

事態を想定して、蛇を操るための機能膜をしっかり貼っている。

 しかしアイダさんの目の方にはそれだけではなく、「破壊の目」の機能もついている。

 サナダさんが「良心」でつけなかったそれは、本当に恐ろしいものだった。

 遺物封印法を侵して神獣を行使し、叛乱軍を滅ぼしたソートくんは、瞬く間に樹海王国の摂政に

なり。シュラメリシュ王に譲位させ、王太子を即位させた。

 エリシア姫の子である第十二代目の王は、オムツを替えてくれた「お兄ちゃん」である

ソートくんに、まったく頭が上がらず完全に言うなり。

 ソートくんは「破壊の目」を躊躇なく行使して、宮中の反対勢力を消していく一方で、樹海を切り開いて

ドでかい工場をいくつも作り、世にも恐ろしい魔道兵器を次々と開発製造。

国民を工場で働かせ始めた。

 遺物封印法に真っ向から対抗して、灰色の導師の技を復活させようとしたってわけだ。

 大陸同盟の実質的な支配者であるアイテリオンと公然と対峙するということは。いわずもがな

大陸全土を敵に回すということだ。

 これじゃ大陸諸国から攻め潰されるだけだとソートくんを諭そうとしたら。俺はいとも簡単に、

奥さんと一緒にこの樹海の中にひっそりと建つ塔に幽閉された。

 真っ赤な目で奥さんの魂を吸い込みますよとか脅されたら、さすがに手も足も出ない。

 我が城を追い出される時、ちくりと言われた。

『ピピ様のやり方で計画を進めていたら、いつになったら白の導師を追い込めるか分かりません。

大体、ポチの製作だってだだ遅れてるし』

『な、おま、なんでポチのこと知ってるの?』

『知ってますよそれぐらい。独りでこっそり、この国の地下でトテカンやったって追いつき

ませんよ? 僕の工場で、残りの部分をさっさと製作させていただきますね』

『ちょっと待って! どうしてもポチの製造を引き継ぐっていうなら設計図はそのままで

頼む! 絶対変えるな!』 

『え……でも、動力機関が超ビミョーです』

『この通り! それからっ! そのルファの目、もう絶対使うな! もう二度と、誰も殺しちゃだめだ!

でないとっ……』

『でないと?』

『お尻ぺんぺんだ!!』

 かつて尻を叩いた覚えは一度もないけれど、なぜかその言葉は効いた。

 ソートくんはブッと噴き出して涙を出すほど笑っていた。

『なにそれ、ピピ様。なんかウケる』

『いいな、アイダさんのルファの目は破棄しろ! そしたら文句言わないで大人しくしてやる!』

 大人しくしてやるなんて、よく言えたものだ。

 俺は輪廻の輪を外れていて、体から魂が離れないから、「破壊の目」は効かない。

 でも俺の奥さんは違う。その気になれば、ソートくんは俺の奥さんを盾に押し切れたはずだった。

 なのに泣き笑って、俺の頼みを了承してくれたのは――

 師匠として、ほんの少しは俺のことを尊敬してくれてたってことなんだろうか……

 



アバター
2015/12/20 17:27
複雑な背景ですね
アバター
2015/11/15 22:03
時間は目まぐるしく動いていくんですね。
アバター
2015/09/19 17:24
>だって、もう効き目がないと解っているから。あとは自然に任せるしかない。少しずつ、
>「その時」が来るのを覚悟しながら、暮らしていくしかない――。
切ないな…
アバター
2015/09/19 15:56
誰かは必ず敵を回す事になる。

敵は敵を作る。

この現象は、何時の時代も同じ。

輪廻現象・・・。悲しいものです。




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