Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・51

「おっと」
「あっ、ごめんなさい」
 はしゃぎすぎて気づくのが遅れ、ルナは誰かと肩がぶつかった。軽く頭を下げかけたが、相手はルナを見てにんまりする。筋肉ではちきれそうな青い横縞の半袖シャツに革のズボン。どうやら船の乗組員のようだ。ひどく酔っていた。
「かわいい姉ちゃんじゃねえか。どうだい、俺と一杯?」
 酒臭い息を吐き、酔漢は赤い顔をルナに近づけた。嫌悪に、ルナは身を引く。抗議が口から出る前に、ロランが間に入った。
「すみません。彼女は僕らの連れなんです」
 男はたちまちつまらなそうな顔をした。
「――僕ら、かい。けっ! お高くとまりやがって。野郎連れかよ」
「……」
 それ以上からむ気はないらしく、男は雑踏をぐいぐいかき分けて行ってしまった。ランドがルナを気遣う。
「大丈夫、ルナ?」
「……ええ」
 うなずきながらも、まだルナの表情は硬い。あからさまに値踏みされたのは初めてだったからだ。城にいたころは、男性の誰もが上品だった。
「いつの間にか、歓楽街に来たみたいだな」
 ロランは目のやり場に困って頬を指で掻いた。店からかなり西に歩いてきてしまったらしい。この一角は、船員や旅人目当ての客引きや、酒場で働く肌も露わな服装の女、一晩の快楽を求めて来た者達であふれていた。
「宿に戻りましょう、早く」
 ルナが潔癖を見せてきびすを返す。
「ああ、待てよルナ。そんなに急いだらはぐれる……」
 ロランが呼び止めたが、ルナは聞きもしない。どんどん人をかきわけて歩いていく。ロランとランドも見失うまいと後を追う。
 だがルナにも見当がついていたわけではないらしく、ただ人を避けて歩いていたので、宿のある通りにはちっとも行き着かなかった。代わりに人が途絶え、寂しい裏通りになっていく。
 通りは、やけにひっそりと、そして淫らな雰囲気が漂っていた。意味ありげな桃色の小さな表札は、おそらく春を売る印だろう。
「――ルナ。ルナったら!」
 声をひそめてロランが呼び止めると、ようやくルナは我に帰り、あたりを見回した。
「……ここ、どこ?」
「それはこっちが聞きたいよ……ていうか、ここはよくない。早くあっちに戻ろう」
「あら? ランドは?」
「え?」
 間の抜けた声が出てしまい、ロランは頬を赤らめつつ振り返った。後を来ていたはずのランドが見当たらない。
「ランド?!」
 はぐれてしまったか。どっと冷や汗が出て、ロランはとりもなおさず来た道を駆け出そうとした。そこへ、ひそひそと話し声が届いてきた。ランドの声に似ていた。ロランはすぐさま、声のする路地へ身を躍らせた。
「ランド!」
「あ、ロラン」
 細い路地の壁際で、ランドは一人の女に追いつめられていた。にもかかわらず、のほほんとこちらを見る。ランドと同じくらいの背丈の女の格好を見て、ロランとルナは立ちすくんだ。
 女は美しかった。細面で、ゆるやかに波打つ金髪をしており、うさぎの耳を模した飾りを着けている。しなやかな体には、胸と腹部、腰のみを覆う衣装を身に着けていた。背中が大胆に開いており、網状の靴下と相まって、扇情的なことこの上ない。
「あのね、ロラン。この人がね、ぱふぱふっていうのをしてくれるんだって。無料(ただ)でいいって」
「ぱ、ぱふぱふ?」
 奇妙な響きの言葉に、ロランは目をぱちぱちさせた。でもこの言葉、昔どこかで見聞きした気もする。美女はランドにもたれかかってしなを作っていたが、ロランを見てうっとりした。
「あら、お友達? ぼくちゃんもかわいい顔してるけど、そこのお兄さんも素敵ねえ。背が高くて、たくましくって、あたしの好みだわ」
 美女は甘くかすれた声で言った。ルナの眉がぴくりと動く。
「ところで、ぱふぱふって何ですか?」
 無垢そのものの瞳でランドが問うと、美女は淫らな手つきでランドの頬をなでた。
「それはここでは言えないわ……。でも、とってもとっても気持ちいいことよ。あたしのお店に来てくれれば、うんとサービスしちゃうから。もちろん、そこのかっこいいお兄さんも一緒にね」
「うーん……」
 卑しい気持ちは微塵もなく、ただの好奇心からなのだが、ランドが真剣に悩み始めたので、ついにルナが切れた。
「ちょっと、ランド! ロランも! 何考えてるのっ、その人男よ!」
「へ?」
 間の抜けた顔をして、ランドがルナを振り向く。ロランも同じような顔だったろう。
「声とか肩とか手の節とか。あと、喉仏も!……そりゃ、ちょっときれいだけど、どう見ても男の人よ、その人」
「ああん。いじわるな人!」
 美女――である男性は、化けの皮が剥がれたと知るや、ぱっとランドから身を離した。いたずらっぽく笑う。
「そういうことは、気づいても口に出しちゃいけないのよ、かわいいお嬢さん。でも、あたしのぱふぱふはこの町一番なんだから」
「――思い出した。申し訳ありません、僕の国では、男性はみだりにぱふぱふの饗応を受けるべからず、という風俗法第一条があるんです」
 ロランが言うと、美女は口に手を当てておかしそうに笑った。
「まあ、お堅いのね。あたしのひいおばあちゃんは、マイラの温泉宿でぱふぱふ嬢をやってて、そりゃ評判だったのよ。あのロトの子孫の勇者様もおもてなししたんだって!」
「えっ――!?」
「うふふっ。勇者様もとりこにしたぱふぱふ、来てくれたらいつでもしてあげるわよ。じゃあね、ハンサムさん」
 ロラン達は絶句した。美女は妖艶に投げキッスをして、優雅に腰を振りながらどこかへ行ってしまった。その間、3人は目を点にして立ちすくんでいた。
「……ぼく達、今、聞いちゃいけないことを聞いたかな?」
 茫洋とランドがつぶやく。ルナは魔道士の杖を両手で握りしめて体を支えながら、わなわなとふるえていた。泣きそうな顔だ。
「そんな……ひどい……。あの凛々しくて素敵な初代ローレシア王が……! いやよ、信じたくない……!」
「そうか、それで……」
 ロランは弱々しく苦笑し、はあ、とため息をついてうなだれた。美女に言った、ローレシア風俗法は本当だ。第一条に設定するあたり、おそらく発案者は初代の妻ローラだったろう。
 アレフガルドは古く栄えた国ゆえ、風俗産業も衰えを知らなかった。湯治客で栄えていたマイラの村は、山奥ながらその手のサービスを求めて訪れる客もいたという。
 ご先祖様も男、一時の誘惑もあったに違いない。ぱふぱふというのがどんな商売なのか見当もつかないが、愛妻ローラに耳をきつく引っ張られている初代の姿を思い浮かべると、なんだか人間らしいというか、憎めない気もするのだった。




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