9月自作/ 満月・鏡 『牙王』 (前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/09/25 15:10:21
うっそうと繁る暗い森の中。常緑樹の木々が連なる先で、かさりと何かが下草を揺らす。
『照準器展開』
無機質な声とともに、森の中にぶわりと浮かび上がる円形の文様。
折れた剣を構えた青年が、その光り輝く目盛りのような赤光紋を見据えている。
『ガイドラインが見えますか?』
「うん。でもちょっとまぶしい」
『100ルクスほど光量を下げます。これでいかがです?』
「あ。はっきり見えるようになった」
光の紋様も無機質な声も、青年が持つ折れた剣の柄から出ているようだ。
『現在この照準器で獲物をロックオンしています。ですのでこの紋が出ている間に、
紋の中央点に私を思いっきり振り下ろして下さい。さあ、どうぞ』
「う、うん……」
うなずいたものの、赤毛の青年は折れた剣を構えたまま、全身をかすかに震わせ躊躇している。
武器を扱うことにあまり慣れていないらしい。若者の身なりは、飾り気のない質素な綿のシャツとズボン。
背にはズタ袋のごときリュック。その見た目の通り、先祖代々から由緒正しいド平民なのだろう。
折れた剣は励ました。
『大丈夫です。我が身は半身なれど、ちゃんと衝撃波が出ます。さあ、ふりかぶって。一、二の、』
「さ、さーろいんすてーきぃいい!!」
ギュッと目をつぶった青年が、光の紋を斬るように剣を振り下ろすと。
折れた刀身からひゅんと赤い矢のような光弾が飛び出し、目にも留まらぬ弾道で草むらを穿った。
とたんに響き渡る、哀れな獣の声。
『速度三百ノットで着弾確認。仕留めました!』
剣が喜びの色を声にのせる。
『獲物は猪です。大物ですよ! あら……?』
「うえええ」
尻もちをついたのか、青年は情けない格好で尻をさすっている。
剣はころころ笑って謝罪した。
『申し訳ありません。射出反動にご注意するよう勧告するべきでした』
「と、獲れたの?」
『はい! 初の獲物です』
なにやら感動的で壮大な音楽が、剣の柄に嵌った赤鋼玉から流れてくる。剣精霊が場の
雰囲気を盛り上げようと、気遣ってくれているらしい。
青年は頭を搔いて苦笑した。
「そんな大げさに祝ってくれなくても」
『英国紳士は、セレモニーを重んじるのです』
「また英国紳士かー」
『契約以来初めて、あなたはまともに私を使用したのです。ゆえに今日は私とあなたの、大事な記念日。
盛り上げなくてどーするのです?』
「は? 契約?」
首を傾げる青年に、剣はうっとり言祝いだ。
『今日のこの瞬間を、私は赤鋼玉の頭脳に刻んで永遠に忘れますまい。まことにおめでとうございます。
第二十四代目我が主!』
北の辺境の春から秋は、ひどく短い。
頬に当たる風が暖かいと感じる期間は、四ヶ月あるかないか。あとの八ヶ月は、あたり一面
真っ白な雪に覆われる。しかも極地に近いため、日がまったく昇らぬ期間と、昇りっぱなしの
期間がそれぞれひと月ぐらいある。
冬冬冬冬。春春秋秋。冬冬冬冬。こんな感じだ。
銀枝騎士団はそんな極寒の地である猫の額ほどの封地に、小さな営舎を建てて住まっている。
北の境線の向こうは人の住まぬ極地なれど、それでも中央政府は国境を守れとうるさいからだ。
騎士たちは領内の村から穀物をもらうが、その税収量はかなり微妙。
ゆえに極地でも育つ氷麦を自ら耕作する他、冬季には凍った湖に穴を開けて小魚を釣る。
そして雪がほどよく溶ける夏季には――
「うはぁ。今年は大猟だな!」
一斉に狩りに繰り出す。
「ツノ鹿、ずいぶん獲れたな! イノシシもウサギも鳥もてんこ盛りとはすごい。てか、このイノシシすごくでかいぞ」
「団長、そいつは食堂のおばちゃん代理が仕留めたんですよ」
「おお! やるなぁおばちゃん代理!」
騎士団長にばしりと肩を叩かれた青年は、それほどでも、と人差し指で頬を搔き、
細身の銃を団長に渡した。
「狩りなんて初めてでしたけど、なんとかなりました。団長閣下、銃を貸して下さりありがとうございます」
「いやいや、冬の食糧確保のために人手が欲しかったもんでな。おや? 筒から火薬の匂いが
しないぞ? 銃を使わなかったのか? 」
「あ、いやその、使い方がよくわからなかったので、石投げたりとか、枝で叩いたりとか色々……」
獲物の山を囲む騎士たちから笑い声があがる。
「銃なしでとはすごいな。しかし今年の冬は楽に越せる。めでたい!」
野営地の一角に集められた獲物の山を、団長はほくほく顔で眺めた。
獲物はただ焼いて食べるだけではない。手足や頭部、目玉や内臓もすべて調理してハムや腸詰めといった
保存食を作り、皮は煮込んでなめし、骨は磨き上げ、さまざまな道具を作る材料にする。
捨てる部位は、微塵もない。
イノシシ一頭をばらすのには丸一日かかる。鹿も鳥もとなると重労働だ。
これからの仕事量を思ってため息をつく青年だったが、かたわらの団長はご満悦である。
「大猟だから余裕でグリル・イノシカチョウを作れるな。万々歳だ」
「イノシカチョウ?」
「豊穣祭の定番メニューだ。猪、ツノ鹿、ホロホロ鳥を丸焼きにする。鹿の上に猪乗っけて、
その上に鳥の姿焼きを乗っけるんだ」
どうもどこかの音楽隊のようなフォルムの料理らしい。
「食堂のおばちゃんはイノシカチョウを毎年必ず仕留めて、祭の日にふるまってくれたもんだ」
「え? 仕留めて? おばちゃんが自ら?」
「なかなかの銃の腕前だったぞ。腰を落として猟銃射つ格好が巨牛みたいで、ずいぶん貫禄あったなぁ。
しかし、おばちゃんにはそろそろ復帰してもらわんとな」
「そ、そうですね」
食堂のおばちゃんは、孫に子が生まれたので面倒を見るため休職していることになっている。
だが実は……。
「おばちゃんの栗パイがなついって……ぉお!」
獲物の山にどそどそ追加の獲物が載せられたので、団長は目をむいた。
狐やイタチなど、モフモフ系の獣ばかりが何十匹とある。
喜びの声を上げた団長の視線の先には、銀色の狐を肩に担いだ騎士がいた。
「団長、運よく銀狐を獲れました」
「うおぉお! でかしたぁ!」
毛皮用の獲物は、南にある街道沿いの町で高値で売れる。その売却金でこまごまとした生活用品や
嗜好品を買うことが、騎士たちの数少ない楽しみのひとつだ。
翌朝さっそく団長以下数名の騎士たちは、毛皮を売るべく町へ向かった。
赤毛の青年も団長に同行した。豊穣祭のために調味料や嗜好品を仕入れるよう命じられたからだ。
道中、団長は上機嫌でまっ白な狐を自ら抱えていた。銀狐は変異種なのでとても希少で、
貴族の帽子やマフにされる。
団長の帽子にしたらどうです? と騎士のだれかが進言したが、団長は俺には派手すぎると笑って固辞した。
「仕留めたゲオルグが欲しいってんなら、やるけどな。売り物は他にもたんとあるし」
「いえ、要りません」
銀狐をしとめた騎士は、団の収入に回した方がいいと殊勝に答えた。
「でも牙王の毛皮だったら、欲しいですけどね」
「そいつの毛皮は俺も欲しいな」
牙王とは、この近辺に出没する狼の群れのボスのことだ。
黄金の毛並みの大きな狼で、ここ数年群れを率いて街道を行く商人や狩人を襲撃している。
騎士団も狩りの帰り際に襲われて、獲物を掠め取られたことがあるという。
「獲物の運搬隊が襲われないといいんだがなぁ」
町に行かない騎士たちは、副団長が率いて獲物と共に営舎への帰路についている。
赤毛の青年は彼らの無事を祈った。
どうか冬の食糧が、減らないようにと。
イノシカチョウ
ツボリました(〃▽〃)