9月自作/ 満月・鏡 『牙王』 (中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/09/25 16:12:40
キノサの町は人口三千人ほどと小さい。しかし街道沿いにあるため、物流はそこそこ豊かだ。
近隣の村々から物が集められ、町の広場で売られている。
団長が市場の競りにかけた毛皮は飛ぶように売れた。じきにやってくる冬に向けて、防寒具を作って
儲けたい商人たちがこぞって高値をつけてくれた。銀狐の毛皮はなんと銀棒十本の値段にまで
つり上がったので、青年は目を丸くした。
金銀銅の棒金は、それぞれの硬貨の百倍の価値がある。つまり銀貨一千枚分という破格の値段だ。
「帽子になったらさらにその十倍の値段で売られるだろうよ。金一本はするだろうな」
「金一本?!」
団長の言葉にさらに唖然となる。ド辺境の村出身ゆえ、金の棒金はまだ見たことがない。
潤った騎士団はさっそく冬支度の品を買い込んだ。
高価な胡椒や岩塩。砂糖漬けの果物。果実酒に麦酒。石鹸に香油。髭剃りにタオル。真新しい毛布に敷布……。
荷車いっぱいに、たくさんの生活用品を積み上げたあと。
「おお、蚤の市やってるぞ。見ていくか」
一行は、市場の片隅に並べられている骨董品を眺めて楽しんだ。
かわいらしい小皿、櫛や首飾り、化粧道具にリボンなど、心なしか女性用の物が多い。
彼女いないし……とうなだれる独身騎士たちのかたわらで、余裕顔の団長がビーズの腕輪をつまみあげる。
「娘に買ってやるかなぁ」
すでに細君を亡くしている団長には、三人の娘がいるそうだ。
「上の二人はもう嫁いでるんだ。末のは十五で、寄宿学校に入っとる」
十五の娘さんには子供っぽいんじゃ、と独身騎士たちに突っ込まれ、団長はもっと良い石が
嵌まっている飾り物を物色し始めた。
「うーむ。なかなかこれというのが……」
――「あの、これ、買いとってください」
そのとき。店主のもとに少女がひとりやってきて、直談判を始めた。
つぎはぎだらけのスカートで、みるからに生活に困っている風体である。手鏡を売りたいらしい。
質屋では二束三文にしかならぬので、高く買ってくれる人を探しているという。
騎士たちは興味津々で少女の鏡をのぞきこんだが、何の飾り気もないので肩をすくめあった。
「ガラス玉だの石だのが、少しでもついてればねえ」
店主は苦い顔を横に振った。
赤毛の青年は少女の貌をまじまじとながめ、それからハッと何か思い出し、意気消沈して店から
離れた彼女を追いかけた。
「待って!」
人ごみに紛れた少女を探してキョロキョロしだすと。すかさず背中のリュックから声がした。
『二区画先を左へ』
「お。剣か。ありがと!」
『次は一区画先を左へ曲がりました』
「了解! すごいね」
『ソナーとサーモ感知をしております』
青年は手鏡の少女に追いつくや、すがるような貌で訊いた。
「リサちゃん! リサちゃんだよね? 食堂のおばちゃんいつ帰ってくんの? 家に連絡来てない?」
「え?……あ! お、おじさん?!」
「おじさんじゃないって! にいちゃん! 従兄弟のにいちゃん!」
「ご、ごめんなさいっ。おじさんも従兄弟も似てる顔のがいっぱい居すぎて……」
「食堂のおばちゃん――君のおばあちゃんから、何か連絡ない? 今どこにいるかわかる?」
「知らないわ!」
少女は歯をむき出して唸った。
「連絡も手紙も、何にもきてない」
「……そっか……」
少女は青年の遠い親戚で、年に一度会うかという間柄である。少女の家には男手がなく、
騎士団営舎勤めの食堂のおばちゃんが娘と孫を養っていた。
大黒柱がいなくなって半年、相当に生活が困窮しているのだろう。
「その鏡、俺が買うよ」
青年は今にも泣き出しそうな少女の手から鏡をとり、代わりに財布からありったけの硬貨を
小さな手の中にじゃらじゃら落とした。騎士団からもらった給料である。
「あ! 銀貨が入ってる。こんなにはもらえな……」
「いいから受け取って。おばあちゃんから何か連絡あったら、俺に教えてほしいんだ。これは、
鏡代プラス情報料ってことだよ」
何度もありがとうを連呼しながら、少女は路地の奥へ消えた。
「はあああ。いまだにわかんない。どうしてもわかんないよ」
青年はふうと息をついて空を振り仰いだ。
「なんでおばちゃん、駆け落ちなんかしたのかなあ……」
実は食堂のおばちゃんは。
七十七才という高齢ながら、孫ほどの若い男と駆け落ちしたのである。
半年前、青年がおばちゃんの縁故で給仕バイトとして営舎食堂に配属されたその日。
おばちゃんは、「それじゃあとはよろしくね」と言って、それきり姿を消した。
そのときおばちゃんは若い男と一緒に営舎を出て行った。相手は騎士ではなく出入りの商人だった。
表向きは育児休暇をとっていることになっているが、その届けを出したのは他でもない、
赤毛の青年だった。親戚ゆえに無断退職のとばっちりを受けるのが怖くて、しばらくおばちゃんの
ふりをしたあと、なんとか体裁を取り繕ったのである。
しかし半年経ってもおばちゃんの行方はようとして知れないままだ。おばちゃんを連れて行った
若い商人の出入りは、あれからぷっつり途絶えている。
二人はどこへ姿を消したのであろうか……
「おばちゃん代理! あぶないぞ!」
「はい?!」
もんもんと考えていた青年は、団長に腕を引っ張られてハッと我に帰った。
今は街道を北上中で。営舎に戻る途中で。
そして――?
ぐるるるるる、と周囲に響くこの唸り声は……
「え!? もしかして」
「狼だ!」
青年は荷車の影に身を潜めて震えた。
かなりの規模の群れが周りにいて、今にも襲ってくる気配である。
買い物のあとの食事に結構時間がかかってしまったせいで、空は夕暮れの色。しかし夕刻ではない。
夏季まっさかりなので、これ以上太陽が沈むことはない。大小二つの月は中天にあり、しかも第二の
太陽のように真ん丸く輝いている。今は、ばりばりの「夜中」だ。
街道沿いの大きな岩に、きらきら光る大きな狼が一頭いる。
団長がそいつに銃の狙いをつけている。
巨大な体。黄金の毛並み……。
「まさか、うわさの牙王?」
大小二つの満月の下で、狼のボスが高らかに遠吠えするや。狼たちが一斉に荷車に飛びかかってきた。
応戦する騎士たちの銃がパンパンと火の粉をあげる。
が。
「ウソ! 当ってるのに!?」
青年は慄いた。
狼たちは被弾しているのに、びくともしない。それどころかキンキンと変な金属音を立てて、
弾を弾いている。
『あら、野生化した機械獣じゃないですか』
リュックの中から声がした。
『狼型ということは、神獣リュカオンの眷属だったやつですかねえ』
「神獣?!」
かつて大陸の諸国はそれぞれに、国を守る守護神のごとき巨大な獣を保有していたというが……。
「神獣がこの近くに居るの?!」
『いえ、リュカオンは統一王国時代に入ってすぐに破壊されてます。その残党が壊れずに残っていた
ってことでしょう。あの金色のでかいのは、かつての中継司令塔でしょうね。リュカオンの指令を
受けて拡散してたんですよ。今はあいつが自分の意志で、この機械の狼達を動かしているようです』
「機械なのに、自分の意志がある?」
『半有機体ですので、毛皮は本物。おそらく脳味噌も本物ですよ』
狼たちは食べ物だけでなく、毛布やタオルをくわえている。
荷物を奪うことだけに集中しており、応戦する人間を完全に無視しているようにみえる。
『司令塔を倒しますか? 我が主』
「もちろん!」
聞かれた青年はうなずいて、リュックから折れた剣を出した。
まるで鞘から抜くように、とても厳かに。
ラスト一文が決まってます。