Nicotto Town



9月自作/ 満月・鏡 『牙王』 (後編)

 大事な冬支度を奪われては困る。青年は黄金色の牙王めがけて走った。 

『照準器展開、目標捕捉します』

 巨大な岩のふもとに到達すると、輝く円い赤紋が目前に広がる。

『光弾射出します。反動注意。中央点に私を振り下ろ……ろ……』

 しかし突然、剣の声がざわっと揺らいだ。

『あ。すみませ……力が……』

「え? どうしたの?! ちょっと!」

 大きな黄金の狼が、こちらに気づく。

『お腹……へりすぎて……力が……出ませ……』  

「はああああ?!」

 岩のてっぺんから、牙王が走り降りてくる。黄金の毛を黄昏の光に煌めかせて。

『ちょっと……そこらへんの動物を……喰わせてくださ……』

「そ、そそそそんなヒマないいいい!」

 牙王が飛びかかってきた。青年はひいと悲鳴をあげてしゃがみこんだ。

 鈍い衝撃と共に剣がはじかれ、地面をくるくる回転してすっ飛んでいく。

 青年を蹴った勢いを利用して地にすとんと飛び降りた黄金の狼は、カッと口を広げた。

真っ赤な口の奥から、光弾が一直線に飛び出して――

『あ……我が主!』

 青年の胸に突き刺さった。

「うわああああああ!?」

 だが幸いなことに、その場は血に濡れなかった。青年が胸ポケットに入れていたものに当って、光弾がはねかえり。

「ぎゃいん!!」

 牙王の前足を急襲したのである。黄金の狼はきゃんきゃん言いながら逃げ出し、機械の狼たちも

盗んだ物をくわえて撤退し始めた。

 胸の辺りをまさぐった青年は、目を丸くして小さな手鏡を呆然とみつめた。

 ポケットは穴が開いているが、鏡にはキズ一つない。光弾を跳ね返したというのに、ほんのり熱くなっているだけだ。

「なに……これ?!」

 青年は首を傾げつつも、沈黙した剣を拾い上げた。

「おばちゃん代理! 大丈夫か?!」

「団長! う、馬! 馬、借ります!」

「おばちゃん代理?! どこへ! おい!」

 青年は一所懸命馬を駆って狼の群れを追った。途中何度も見失いそうになったが、狼の一匹が

くわえている真っ白い毛布が良い目印になった。

 狼たちが逃げ込んだのは、森の奥の奥の、草の茂みに隠された洞窟。

「機械の狼が、人間の物をうばう理由って……」

 それは。

 それは――。

「ああ……やっぱり……!」

 息を潜め、洞窟の中にこっそり忍んで、奥に進んでみれば。奥に在る大きな穴ぐらで、機械の狼たちが

彼らが守っているものを取り囲んでいた。

「まー。あー。ぶぅー」 

 足を怪我した金の狼がとてもいとおしそうに、小さな生き物を舐めていた。

 幼い人間の子供のほっぺたを。

     


  

『あー。すみません。ゴキブリ三匹ありがとうございます。なんとか喋られるまで回復しましたよ』 

「生気吸わないと動けないってなんだよそれ。怖い機能だな」

 騎士団営舎の厨房で、青年はため息をつきながら折れた剣を樽にくくりつけた。

『私は生きておりますので、食事をしなければならないのです。あなただってそうでしょう?』

「それはそうだけど」 

 あの人間の子供もそうだった。食べさせる必要があったから。服を着せる必要があったから。

人間らしく育てねばならぬと思ったから。

 人間に作られた賢い狼は、人間から物を奪っていたのだった。

 子供は、半機械の狼たちにつつがなく育てられていた。

 たぶん赤子の時から。

 騎士団挙げての調査により、狼の洞窟の近くの街道そばに、数年ほど経過した人間の遺体が幾体も発見された。

かなり良い身なりでどれにも矢傷があり、盗賊に襲われたにしては殺され方が異様だった。

みな首から上がなく、持ち物はほとんど残されていた。

 女性とおぼしき遺体の腰袋に、本人と赤子、夫とおぼしき者の絵が入っていた。

 おそらく狼に育てられた子供の両親と召使だろう、と団長は結論づけた。 

「実は額に家紋をつける由緒ある一族が近くにいる。きっとそこのお家騒動かなんかだなぁ。

追われて暗殺されたんだろう。絵の顔には家紋が描かれてないから、証拠隠滅されなかったんだろうな」

 狼のガードが硬いので、騎士団はゆっくり時間をかけて子供を保護することにした。

『おいしそうなサンドイッチですねー。作り立ての腸詰めもたくさんじゃないですか♪』  

「狼さんたちにさし入れ。半機械だから、普通のものが食べられるんだってね」

 ため息をつきながら、青年は作り立ての猪肉の腸詰めをリュックにおしこんだ。

「狼と仲良くなって子供を保護しろとか、なんで団長は俺に無理難題おしつけるのかねー」

『私のおかげで、牙王に一目置かれたからじゃないですか』 

「おまえのおかげじゃないだろ。なんか変な鏡のおかげだろ!」

『あれは鏡じゃなくて、統一王国時代のクローム鋼の盾ですよ』

「え」

『兵士の腕に装着するものです。本体は小さいですが、スイッチを押せば付属の電磁バリアが

展開するはずです』

「うぉ! ほんとだ」

 青年が鏡の縁をいじると、ふおんと光の円盤が鏡の周囲に広がった。

「なんでこんなすごいものが、食堂のおばちゃんちに?」

『いえこれは、当時の一般兵士の標準装備です。食堂のおばちゃんの家のご先祖様は兵士だったのでは?』

 剣はころころ笑った。

『でもまあ、あの孫娘にはもっと支払うべきですよ。銀五本ぐらいね』

「え」

『出世払いでよろしいかと』

 銀五本なんてムリだとあわあわ答える青年に、剣は自信たっぷりに告げた。

私と一緒にいれば、じきに払えるようになりますよ。我が主』




 それから青年は、足繁く狼の洞窟へ通いつめた。

 牙王は始めひどく警戒したが、青年は根気強く肉や腸詰や、子供のための服、怪我を治すための

薬などを連日洞窟の前に置いていった。

 ひと月たってようやく、青年は洞窟に出入りできるようになった。

 そして短い夏季が終わって雪が積もりだしたころ。ついに子供を連れ出すことを

牙王から許してもらえた。

 騎士団の封地が一面雪に覆われた日。青年は子供を馬に乗せ、一緒に歌を歌いながら営舎に

連れて行った。

「ゆき、ゆき! いっぱーい♪」

「ね、団長。この子かわいいでしょ? 言葉だいぶ覚えてきたんですよ」

「それはいいんだけどな……」

 団長はひくひくこめかみをひくつかせ、青年と子供の後ろをみやった。

「なんかいないか? 後ろにいっぱい」

「あー。なんかみんなついてきちゃってますね。すみません、俺が責任持って飼います」

「飼うっておい!」

「俺が作った腸詰、なんだか気に入られちゃったみたいで。持って行くたんびに大人気で。

それで狼たち、心開いてくれたっていうか。あの、いいですよね? 戦力になりますし」

「気に入られたのは……腸詰めだけじゃないんじゃないのか? お前一体何やった?」

 青年にひたりと寄り添っている黄金の狼を眺め、騎士団長はごくりと息を呑んだ。

「いえ別に何も? あ、治療はしてあげましたけど」

「わーいおうちだー♪ パパ! ママ! はいっていい?」

「ぱ!? あ、こらちょ! ちょっと待……!」

 呆然とする団長を尻目に、子供を先頭に青年と黄金の狼、そして鋼の狼たちの群れはどやどやと

営舎に入っていった。

 とても、幸せそうに――。



 これが、銀枝騎士団が歴史に名高い別動部隊、「金狼隊」を抱えることになった顛末である。

 未来において銀枝騎士団史上最年少にして最強騎士となる「狼の子供」を守るために、騎士団はこの後、

恐ろしい陰謀の渦中に身を投じることになるのであるが。

 それはまた別の、長い長い物語である。


――牙王・了――



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2015/10/12 19:31
紅之蘭さま

読んでくださってありがとうございます><
お題をいただいたら、月の下で狼さんが吠えているイメージが浮かんで……
狼さんのお話になりました^^
主人公にとっては受難でしかない、おばちゃんの顛末。
代理と呼ばれなくなる日、いつかくるのかなぁ^^;
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2015/10/12 19:23
E.Greyさま

読んでくださってありがとうございます><
狼に育てられた子供、実話で何例かあるみたいなのです。
なのでローマのロムルスとレムルスも、もしかしたら
本当のお話だったかもしれないですね^^
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2015/10/12 15:15
不思議で変化に富んでいてさらにユーモラス
楽しめました
なるほど、これまでたびたび話題になっていた
食堂のおばちゃんの真実が分かりました^^
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2015/10/09 01:46
狼に育てられたトロイの遺児がやがてローマの王になるという伝説を思い出しました。Sianさんがアレンジすると味わい深いですね^^
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2015/10/03 11:46
らてぃあさま

読んでくださってありがとうございます。
すわ戦闘じゃー! と期待させておいての
安定のトホホ剣クオリティ。
Gで回復するところも実は毎度のお約束? です。
ハートフルエンド。たぶんこれがおばちゃん代理の最大の……^^
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2015/10/03 11:42
ミコさま

読んでくださってありがとうございます。
満月と鏡と、欲張ってお題を二つ入れたら具沢山に~;
牙王が母性を発揮したということは、たぶん雌狼なのでしょう。
子供はすでに狼を母ちゃん、青年を父ちゃんと認識しているようなので、
めっさ家族経営な部隊になっちゃうのかもしれません@@;

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2015/10/03 11:37
simonさま

読んでくださってありがとうございます。
腸詰め、凄まじくおいしかったんでしょうね^^
代理職ではありますが、料理の腕はよいのかもしれません@@
しかし腸詰め効果だけでもなさそうな雰囲気も……
なぜにキングメーカーの剣がおばちゃん代理を見込んだのか、
そのナゾが今回の件にちょっとからんでいるような気がします^^
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2015/10/03 11:32
スイーツマンさま

読んでくださってありがとうございます。
おそらく一人称ラノベ形式で書くと、
この「おばちゃん失踪事件勃発! 俺、どうする?!」エピソードが
第一話にもってくるべきお話なのかなと思います。

狼少年(少女?)、ヨメ説いいですね♪
お家騒動うんぬんで剣と青年に護られているうちに……? みたいな^^
しかし黄金狼もかなりなついちゃってるみたいです。
ほんと「なにやった?」です^^;
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2015/10/03 11:24
かいじんさま

読んでくださってありがとうございます。
少しずつ営舎周りの情景が見えてきました^^
書いているうちに見たこと無い扉が出てきて、
開けてみたらあらびっくり。
という感覚になることがよくあります。
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2015/10/03 11:18
よいとらさま

読んでくださってありがとうございます><
今回は剣の主人としてちょっとがんばってみたおばちゃん代理です。
(そして剣は安定?のトホホクオリティ)
おばちゃん代理は剣との契約を自覚してないようです。
後々そのへんのお話が出てくるかもしれません。
たぶんどーでもよさげなしょーもないことで、主人認識したんだと思われます^^;

「牙王」のボスライオンくんは、やはり黄色に緑のたてがみだったのでしょーか……ノωノ*
半有機の黄金狼はたぶん、普通の狼より牙がおっきくて目立ってるんだろうなぁと思います。
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2015/10/03 11:09
優(まさる)さま

読んでくださってありがとうございます><
剣のお話は一話読み切りな形でこれまで来ましたが、
今回出てきた子供はどうもワケありのようですね。
次のお話に繋がるナニカがありそうです^^
主人公が将来王様になるという未来は決まっているので
その過程を短編形式で楽しんでいただければと思います^^
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2015/10/03 00:43
戦闘になるかと思いきやハートフルな結末にホッとしました。
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2015/10/02 19:31
短編なのにぎっしり詰まったエピソード
サイボーグ狼に育てられた子供
これから主人公とどのような関係を築くのか
楽しみにしています
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2015/10/01 22:00
非業の死を遂げた二親 残された赤子
それを半機械の狼は「人間らしく」育て守ろうと思った

そんな彼らを懐かせた青年は凄いです!
腸詰マスターでしょうか^^
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2015/09/29 23:17
 『~の弟子』と連動する世界観。食堂の小母ちゃんが駆け落ちしていたとはあらたなエピソド。さりげなく親戚の家で重要アイテムゲット。機械仕掛けの狼登場。広がる世界観。……そして騎士団長になる子供は王様の〝ヨメ〟に?
 よく寝られた短編。楽しませて頂きました。
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2015/09/27 21:36
こういう結末は予想できませんでした^^

物語が広がっていきますね^^
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2015/09/26 10:43
おはようございます♪

おばちゃん代理の青年と由緒正しい剣の物語、
今回も楽しく読みました^^

剣でイノシシを倒してみたり、親戚の少女から買った手鏡が
ピンチを救ったり、狼の群れを手なづけたりと大活躍です^^

「牙王」といえば、随分昔に花王が売っていたフロッピーのおまけに
付いてきたゲームのボスキャラが「牙王」(がおう)でした。
もちろん、姿形は「ライオン」です。わかりやすいですねw

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/09/25 20:41
これからまだ長いお話が続くのですか・・・。

先はまだ長いと言う事ですかね。
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2015/09/25 19:32
面白いです!アニメを見ているような感覚で一気に読ませていただきました。




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