アスパシオンの弟子64 赤猫(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/09/27 08:15:34
樹海王国の摂政職を退いて塔に篭ったソートくんは、マッドサイエンティストぶりにさらに磨きをかけていた。
メキド王室の「影のご意見番」をしながら、ふだんは工房に篭り、もっぱら魔道武器を作る日々。
剣だの槍だの杖だのをトテカンやって成形し、ルファの義眼と同じ宝玉を嵌め込んで、超常的な能力を発揮する武器にする。宝玉はむろん自家製で、こっそりトリヘイデンに飛んで、「破壊の目」の機能を付与したものもあったらしい。
発端は、俺たちが「戦神の剣」という聖剣を手に入れたことにある。
魔王軍と戦った折に味方の戦士が所持していた物だが、相当に古かったのと魔王の力が強すぎてついに破壊されてしまい、どうにか復元してくれと俺たちのもとに持ち込まれてきた。
ソートくんは一万年以上に及ぶ剣の蓄積情報を、完璧にルファの宝玉に移植して複製品を作った。だが、納得できる出来にはならなかった。
何かが足りない――そこから、「武器作り」に嵌まってしまった。
試行錯誤で造られた聖剣もどきの武器たちは、知る人ぞ知るつてで名だたる戦士たちに授けられた。
俺たちが倒した魔王の残党は、大陸各地に少なからず逃げ散らばっていたので、ソートくんは自分の武器で残党狩りが推進されるのを強く望んだ。
シュラメリシュの子とその息子の仇をとる。
ソートくんの武器たちは、俺の奥さんが自らを恐れてできなかったことを、代わりに成し遂げてくれたといえる。
こうして神聖暦7200年代は、ソートくんの武器を持つ英雄たちが大活躍する時代となった。中でもつとに有名になったのは、「七英雄」と呼ばれる者たちだ。
剣に弓。杖に竪琴。槍に飾り輪。そして、王冠。
七人はソートくんの武器であまたの異形のものをごまんと倒し、ついには国を建てるに至った。
エティア、という理想の王国を――。
俺も奥さんがまだ元気だった頃は、英雄たちに助力しようと、ソートくんと一緒にこっそり超技術品を世に送り出した。
服従の仮面とか。断罪の椅子とか。空飛ぶ絨毯とか。
それは灰色の技の粋を凝縮したもので、当然「遺物封印法」で封じなければならないものだった。
俺は極力道具の存在を公にしたくなかったが、ソートくんは武器や魔道具を作ったのは自分だと公言してはばからなかった。
打銘を刻まない俺とは反対に、ソートくんは堂々とおのが銘を刻んだ。わざとおのれの存在を示し、アイテリオンを挑発している――俺にはそんな風に見えた。
そんな状況の潜みの塔に、突然連れて来られた赤猫……。
認識を改めて以来、俺はてっきり、ソートくんは赤猫を奥さんにするんだろうと思っていた。
けれども。
ソートくんはそんな普通の幸せを望まなかった。
いや。望めなかった。
哀しいことに。
その日。
ソートくんは潜みの塔の工房で、ぼろぼろになって手元に戻ってきた剣を一所懸命打ち直していた。
その剣は七英雄の一人のもので、戦神の剣の完璧な複製品だった。剣の英雄は建国したばかりのエティア王国に干渉してくるスメルニアを厭い、単身かの皇国の神獣に挑んで……殺された。
変わり果てた英雄の骸は、かなりの代償と引き換えにエティア王のもとへ返還され、剣は修理のためにソートくんのもとへ送られてきたんだが。
その刃はまっぷたつ。「破壊の目」の力を持つ赤い宝玉は、砕かれて色を失っていた。
『こんな姿になって……かわいそうに』
ソートくんは剣を折った英雄を呪い、泣きながら戦神の剣を打ち直した。
剣の修理を始めて十日ぐらいたった頃だったろうか。
「きゃあああああ!」
突然の、恐ろしい悲鳴。
仰天して部屋から飛び出した俺が、ソートくんの工房の前で目にしたものは。
「な……なに、やってる!!」
打ち直された戦神の剣に深く深く胸を貫かれた、赤猫の姿だった。
剣を奮ったのはソートくん自身で、涙をボロボロこぼしながらわけのわからないことを喚いていた。
「エクスごめんね。痛くしてごめんね。でも君を死なせたくないから。だから」
死なせたくない?
ソートくん自身が、剣を突き刺して殺してるのに?!
「君は僕のかたわれなんだ! だから永遠に、生きなきゃならないんだ」
永遠に生きるって……?
俺はその場の状況に息を呑み、思わずソートくんの胸倉をつかんで怒鳴っていた。
「なんてことを! ていうかおまえ、赤猫に何をした? 殺す前に何を? この子、まだほんの……!」
「僕のエクスは、もう三十過ぎてるよ」
「な?!」
「薬で成長を止められて、永遠の少女ってふれこみで客を取らされてたんだ」
俺は身震いした。信じられないことを、淡々と言われたから。
「この子の体はもう手の施しようがないぐらい壊れてて、病気だらけで、見れば解るようにどこもかしこも抉れてる。手足の指なんかほとんどない。メニスみたいに不死の薬になるかもって、客に体を削り取られてたんだよ」
ソートくんは血だまりの中で血塗れた剣をきつく抱きしめた。
「だからありったけの金を積んで買い取った。間に合って、よかった。この子の体に死が降りてくる前に、なんとかここに移せたよ」
ここ。
ソートくんの言った「ここ」というのは。
「破壊の目で、エクスの魂を吸い込んで封じたんだ」
見事な剣の柄に嵌った……
「だから永遠に、僕のエクスは死なない」
真っ赤な、ひとつ目。
「おまえ……自分のしたこと、わかって――」
「わかってるよ!!」
直後。ひどい嗚咽がソートくんの口から漏れてきた。
「でも、失いたくなかったんだ! 僕を慕ってくれる魂を!!」
きらりと、剣の赤い瞳が光った。まるで目を覚ましたように。
「ひと目見て、この子だって解ったんだ。僕のもの。僕のかたわれ。唯一人の子……! 僕のこと、忘れさせたくない! 輪廻なんか、絶対させるもんか!!」
赤鋼玉には、剣の名前と一緒にソートくんの打銘がしっかり刻まれていた。
Ex Caliburnus nova hebes Version Tribus
創砥式 七三零五
俺はそのとき呆然と、これは違う、と全然別のことを考えていた。
これは俺が作ったルファの目じゃないと。
ソートくんは一体どこに隠したんだろう、他の武器に嵌まってるんだろうかと。
たぶん。彼の哀しみと狂気にじかに触れたくなかったからだと思う。
それからほどなく。剣の英雄の子供に譲り渡したいと、エティアの国王陛下が『戦神の剣』を求めてきた。
ソートくんは後生大事に赤猫の剣を工房にしまいこみ、別の剣を王のもとに届けに行った。
そしてそのまま。潜みの塔に戻ってこれなくなった。
エティア王がくれた情報によると。ソートくんは、エティアの宮廷に入る直前、大陸同盟の査問機関に捕縛されたそうだ。アイテリオンが「目障りな鍛冶師」を処分するべく、ついに動いたらしい。
大陸同盟の審議会は、ソートくんそのものを「危険な遺物」とみなし、即刻とある場所に封印したという。
その封印場所とは……俺がよく知っている処。
そう。黒き衣の導師が棲む、岩窟の寺院――。
こうして俺は不本意にもソートくんの唯一無二の人と、赤毛の「妖精」たちの面倒を見ることになり。しばらくの間、潜みの塔の主になった。
数十年後――黒き衣をまとったソートくんがいまわのきわに一瞬だけ、この塔に戻ってきて。
別れの挨拶を言いに来るまで。
ふたたび現れたとき
天地をゆるがす騒動が……
読んでくださってありがとうございます><
赤猫にとってどうするのが一番よかったのか、
本人の意志はどうだったのか。
ソートくんはかなり我欲に走ってしまったようです;
でも二人はのちのち、ある形でハッピーエンドに……なります^^
読んでくださってありがとうございます><
すぐそばに永遠の命を持つ人がいる。でも自分は確実に老いていく……
自分の方が優秀なのは歴然なので、その悔しさはかなりのものであったでしょう。
妖精や遅い春に秘められた思い、おそらくずっと師匠に遠慮してたのかなぁと思います。
と、ソートくんのことをよく知りたくてお話を書いていたら、こんな子であったことがわかりました。
いつも個人設定は詳細には詰めないで書いています。
書いているうちに向こうからいろいろ教えてくれる、という感じです^^
字数制限はきついですが、とても練習になります。
冗長になることも防げて、いいかもしれません。
言葉足らずになってしまうのはまだまだ精進不足ということかなぁと思っています><
もっと上手に描写できるようがんばります^^
読んでくださってありがとうございます><
人並みの幸せを経験し。純粋培養な灰色のキチくんをさわらぬ神は……して送り出し。
とやってた影で、なにをこそこそやってたのぺぺさん@@;
てな感じで、師匠との再会をめざしたいと思います^^
赤猫、このままですとめっさ活躍しそうな展開になってきました。
さすがエク……以下ごにょごにょです@@;
読んでくださってありがとうございます><
年代が進み、いよいよアスパシオンとの再会が近づいてきます。
でもぺぺさんはそれまでにいろいろこっそり、仕込みまくっているようです^^
命あるものの切なさを感じてしまいました。
無限の命も辛そうと思いつつ、限りある命を留め置こうとする人の業も
哀れと思いましたね。
ページが進むごとにSianさんの哲学のようなものを感じ取ることがあります。
お優しいお方なんだなぁと・・・思うときも。
ブログの字数制限でご苦労なさっていると思いつつ、次号を鶴首してお待ち
申し上げます。
m(_ _)m
ソートくんの作った魔導武器が異形のものどもを一掃し、
伝説的英雄まで生み出した。
そしておそらく最後の魔導武器、赤猫。
今回は切なさが漂う展開で、ひとり、またひとりと
ペペさんの周りからいなくなっていきます。
残されたペペさんと赤猫。
物語がどう進んでいくのか、とても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
意味→(鋼の神)(新しい)(なまくら^^;)(三代目)
「hebesなまくら」をしっかり刻んでる所がマッドなマエストロらしいところ;
オリジナルの蓄積情報を全部読んだのでしょう。
赤猫は地球からやってきた剣、エクスカリバーの頭脳の複製品にあたりますが、
オリジナルの一万一千年にわたる蓄積情報(地球のAD500年ごろ~)を
完全に引き継いでいます。