Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・67

【星と老人】

 薄闇の中、コウモリに似た翼を持つ紫の毛皮の大猿が床に浮かぶ大きな地図を見おろしていた。輝く三つの光点が、アレフガルド大陸から南へ移動している。
 三つの光のうち、真ん中の一つは残る二つより光が弱々しかった。
「ハァハァハ……。さすが、勇者の血筋は伊達ではないか。なかなかしぶとい」
 大猿は喘ぐように息を継いだ。それが笑い声らしい。その傍らに、小山のような悪魔が歩み寄ってくる。鈍く輝く黄金色の皮膚はイボだらけで、体つきは人間だが、背には巨大な皮膜の翼を持ち、両手には巨大な三つ叉の槍を携えている。頭部は青いたてがみの生えた醜い牛だ。巨大な部屋の天井にも届こうかという巨体だが、なぜか足音がしなかった。
「また見ていたのか、バズズ」
 バズズと呼ばれた大猿は、地図から目を放さず喘鳴を漏らした。牛の悪魔に比べれば、バズズは大柄な人間ほどしかない。
「ベリアルか。ハァハ、この人間がいつ死ぬか見届けたいのでなあ……。ここまで見ておいて、ちょっと目を放した隙に消えていたのでは、つまらんからな」
「ふむ。あれほどの呪いを身に受けて、まだ生存しているとはな」
 ベリアルは立ったまま地図を見おろした。移動する光点は、勇者ロトの末裔達である。弱っている光は、サマルトリアの王子――ランドだった。
「ハーゴン様は?」
 ようやくバズズがベリアルを見上げる。ふん、とベリアルは鼻で嗤った。
「また瞑想に入られた。ああなると、数日は意識が戻ってこん」
「……アトラスめ、愉しそうだなァ」
 バズズは反対方向へ顔を向けた。自分達を召喚した大神官ハーゴンは、静寂を好む。だがバズズ達の耳にははっきりと、階下で虐殺される人間達の叫喚が届いていた。
 アトラスは赤銅色の肌を持つ単眼の巨人だ。知能は幼児ほどしかないが、残虐さではバズズとベリアルを上回る。ハーゴンが召喚しようとする破壊神のための生け贄を、手に持った巨大な棍棒で叩き潰し、踏みにじっては嗤っているのだろう。
 ベリアルはランドの光を見つめていた。ロラン達全員に呪詛をかけて殺すようハーゴンに進言したのは、ベリアルだ。ハーゴンは破壊神召喚のみ集中しており、ロトの血筋にはさほど脅威を抱いていなかった。
 だが、この世界の歴史では、強大な魔王はロトの名を持つ者達に破れてきた。自分もまた魔王に匹敵する存在――悪霊の神々の1柱だが、念には念を入れる必要がある。
 呪詛は、人の心が弱った隙を突いて罹(かか)るものだ。通常では、ロトの末裔達の魂は呪詛を受けつけない。生まれつき魂の質が違うからだ。ムーンブルクの王女が犬になったのは、肉親を殺されて魂が弱ったせいである。
 ベリアルはタホドラキーをロラン達に張り付かせ、3人を監視していた。3人の結束は強く、つけいる隙がなかったが、唯一、ランドの魂に揺らぎが生じた。ほかの二人よりも繊細で柔らかい魂は、彼らを守りたいという願いの強さが仇となり、迷いになっていたからである。
 しかしロランが常にランドに寄りそっているため、ハーゴンは呪詛をかけられなかった。ロランの光があまりに強く、それがランドを庇護しているからだ。
 機を狙っていたところ、偶然にもロランがランドから離れる状況があった。ラダトーム城での出来事である。これによりランドの魂はさらに揺らぎ、ハーゴンは自らの影をランドの夢に送ることに成功した。そしてランドの夢を通じて、ロランとルナにも呪詛をかけようとしたのである。
 だが、繊細な王子は決して脆くはなかった。ハーゴンが3人分の呪詛をかけたにもかかわらず、一人でそれを受けとめてしまったからだ。
 並の人間ならその時点で絶命している。ランドは3倍の呪いを引き受けながら、ロラン達に気づかれまいと、いつも通りにふるまっていた。見た目に反し、強靱な魂であった。だが、それを入れる器――肉体は、常に悲鳴を上げているのだった。
「勇者の末裔は三位一体……。一つ欠ければ、残りも崩れる」
 淡々とベリアルはつぶやいた。
「サマルトリアの王子も、もう長くない。こやつが死んだ時、ローレシアの王子がどれだけ泣き叫ぶか、見ものだなァ」
 バズズが残忍に嗤う。赤い唇がめくれ、ぞろりと牙がのぞいた。
 階下では、まだ人間達の阿鼻叫喚が続いている。利益を求め自分から入信した者、各地でさらってきた者、男も女も関係なく叩き潰された人間の肉と血で、海ができているだろう。
 だが、世界に等しく破壊と死を与える神の降臨には、まだ足りない。


 竜王の島を出たロラン達は、停泊していた船に戻ると、アレフガルド大陸を南下した。目指すは、竜王のひ孫に教えられた最初の紋章のありか、大灯台である。
 途中、リムルダール島の南端にある賢者の祠を訪ねた。ラダトーム城で大司教サウエルに教えられていた場所だ。
 しかし、深い森の奥、白亜の祠に住まう老賢者は、ロラン達がロトの末裔である証を立てよと命じてきた。証拠となる品を見せれば、勇者ロトが使っていた兜を授ける、と。
 ロランはロトの剣を見せたが、それは違うと言い切られ、困り果てながら3人は祠を後にした。
「証か……。そういえば、うちの城に古いメダルがあったなあ」
 打輪を握り、大灯台に進路を切りながら、ロランは言った。
「ロトの印(しるし)。勇者ロトや初代が持っていたもので、唯一それがローレシア城に伝えられてる。始祖である勇者ロトが、精霊ルビスから贈られた勇者の証なんだそうだ」
「きっとそれを見せれば、あの賢者も認めてくれるんじゃないかしら」
 ルナが言った。そうだな、とロランはうなずく。
「でも今は、大灯台を目指そう。ローレシアにはいつでも戻れるんだし」
 ロランはランドを振り返った。ルーラなら任せてよ、と軽い答えを期待していたが、ランドはぼんやりと彼方を見つめていた。
「……ランド?」
「……あ、ああ。いや、雲が多いから……少し、荒れそうだね」
「――ああ、そうだな。気をつけよう」
 取りつくろったように微笑むランドに、ロランはそれ以上入り込めなかった。
 ランドは近頃増して元気がない。もの思いにふける時が多く、こちらが気遣えば、礼を言って距離を置く。船室を使う時も、4人ベッドの部屋を二人で使っているのだが、着替える姿をロランに見せなくなった。ちなみにルナは、船長室を個室に当てている。
(どうしたんだろう。僕が、何かいけないことしたのかな。でも謝ろうにも、何を言えばいいのか……)
 こちらが気を使えば使うほど、ランドはどんどん遠ざかっていく。いっそ問い詰めたい気持ちが絶えないが、そんなことをしたら、ますます心を閉ざされてしまうだろう。
 どうにもできないもどかしさに、ロランは黙って耐えるしかなかった。




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