Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・68

 ランドの予測通り、夕方、アレフガルドと大灯台島の中間で黒雲が湧き起こった。ルプガナから航海して初めての嵐だ。
 船は横波に甲板を洗われ、上下左右に激しく揺れた。船や海に慣れたロランはともかく、ランドとルナがひどい船酔いに襲われた。
「二人とも、頑張れ! 体をぶつけないように、どこかにつかまってろ」
 操舵室で、ロランは床にぐったり座っている二人を励ました。
「う……こんなの平気よ。べ、ベホイ……うっ」
 ルナがランドに呪文を唱えようとして縦に船が揺れ、慌てて口を片手でふさぐ。ランドが代わりに、ルナにベホイミを唱えた。今ではランドも、この呪文を使える。
「ルナ、少し寝てたらいいよ。船はぼくとロランで何とかするから」
「だめよ、3人しかいなんだから。私も何か手伝う」
「ランドも休んでていいよ。帆は巻いてあるし、あとは波に逆らわないだけでいいから」
「……ごめん。そうする」
 ロランを信じきったのか、ランドは無理して笑うと、よたよたと、船が揺れるたびに壁に体をぶつけながら、寝室へ歩いていった。
「じゃあ、邪魔になると悪いから、私もひっこんでる。何かあったら呼んでね」
「ああ」
 ルナも部屋に戻る。一人になったロランは、打輪を握り直した。
 そこへ、間髪入れずにルナの悲鳴が届いた。ルナはあまり悲鳴を上げないが、嵐の怒号を切り裂くような声だった。
「ルナ?!」
 舵を手放すと船が安定しなくなる。どうしようとロランは舌打ちした。こういう時、たった3人だけだと人手が足りないのだ。
「ロラン、ルナの所へ行って!」
「頼む!」
 船室へ行く途中で引き返してきたらしい。ランドが駆け込んできた。ロランはランドに舵を任せ、ルナの所へ走る。
「どうした?!」
 船長室にいるかと思ったら、ルナはそこにいなかった。すぐに思いついたのは台所だ。ロランはとって返し、台所の扉を開けた。だが、そこにもいない。ルナは甲板に向かう階段の真ん中で硬直していた。
「こんな所にいたのか。探したぞ!」
 ロランが怒鳴ると、ルナはふるえながら上を指さした。甲板を覗いた時に濡れたのだろう、前髪と頭巾が湿っている。
「ロラン、甲板に!」
「え?――うわっ!」
 いぶかしみながらロランも甲板に続く蓋を開けて、瞬時にそれを目にし、ぎょっとした。
 波で運ばれてきたに違いない。床一面にぬめぬめとした紫のナメクジのようなものが這い回っていた。海の魔物、ウミウシだ。
「気持ち悪い……」
 さすがにロランも吐き気を催し、生唾をのみ込んだ。どうする?とルナ。
「あれ全部、やっつける?」
「うーん……」
 暴風が蓋を押し戻そうとするが、ロランはやすやすと蓋を開け、もう一度甲板を見た。ウミウシは数を増す一方で、横波が来ても動じていない。竜骨には魔除けが施されているものの、航行中はその力が弱まるらしく、魔物はしょっちゅう襲ってきた。
 ルナの唱えるトヘロスの呪文に助けられつつここまで来たが、そればかり唱えていると魔法力が尽きて大灯台を攻略できなくなるので、最近は控えていたのである。
 それが裏目に出てしまったか。
「今はやめておこう。もしかしたら何か壊されるかもしれないけど、僕達が波にさらわれたら元も子もない」
「……そうね」
「まったく。船室にいなかったから、びっくりしたよ。それに、嵐で一人で甲板に出るなんて危険だ」
 ロランが叱ると、ルナは恥ずかしそうに笑った。
「ごめんなさい。私、嵐の船って初めてだったから、どんなのか見てみたくて……」
「まったく……ランドじゃあるまいし」
「そういえば、ランドって……」
 ルナが言いかけたが、すぐに小さくかぶりを振った。
「ううん、なんでもない」
 ルナもランドの異変に気づいているようだった。しかし、ロランと同じで手が出せないでいるのだろう。ロランも黙っていた。
 思わぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)のせいでルナの船酔いも吹っ飛び、ロランはルナと共に操舵室へ戻った。
 ランドは冷静に舵を操っていた。その後ろ姿に、ロランはふと、畏れのようなものを感じた。いつも春の空気のような彼が隠している何かを見た気がした。
「やあ。もうすぐだよ」
 ロランが声をかけるまえに、ランドが首だけで振り向いた。穏やかな微笑は、いつもの彼だった。その言葉通りに、船は嵐を抜け、灰色と黄色の雲間から剣を下ろしたような陽光が差し込んできた。
 波が穏やかになってから、ロラン達は甲板に出て点検をした。船体は無事だったが、ウミウシが這い回った粘液でどろどろになっており、数十匹がまだ居座っていた。3人は魔物を撃退した後、ため息をつきながらデッキブラシで粘液の掃除をした。きれい好きのルナは半べそになっていた。
 掃除は翌日の昼すぎまでかかり、終わるころに、島高くそびえ立つ巨塔が見えてきた。


 大灯台は島の北側、森林と荒れ地の境目に立っていた。その大きさたるや、真下で上を見上げても頂上が見えないほどである。
 嵐の名残か、風は少ないが雲が多い。いにしえの建築物は沈鬱な巨人のように、灰色の空を背に立ちすくんでいた。
「高いね……」
 首が疲れるほど見上げてから、ランドがため息を漏らした。ロランは鞄から山彦の笛を取り出した。
「ちょっと吹いてみる」
 ロランは笛を唇に当て、四つの音階を吹いた。何の曲でも笛は奏でられたが、探索のために短い音にしようと、3人で決めた旋律だ。
 山彦の笛は澄んだ音色を巨塔に響かせたが、山彦は返ってこなかった。
「しないねぇ」
「紋章は、中にあるのね、きっと」
「ああ、行ってみよう」
 ロランは笛をしまうと、先頭に立って塔の入り口へ続く大階段をのぼり始めた。その階段の広さ、高さだけでもちょっとした屋敷ほどもある。一体誰が、どうやってこれだけの建造物を建てたのか、想像もできない。ただ感嘆しながら、3人は巨人も通れそうな入り口をくぐった。
「うわっ……」
 足を踏み入れた途端、ランドが軽くのけぞる。
「迷路だ。こりゃあ大変だよ?」
「迷わないように気をつけましょう」
 ルナが杖を構える。ロランも、いつでも戦えるよう背のロトの剣を抜いた。
 塔の内部は精緻な石組みで、さすがに長い年月で朽ちた部分もあるが、大半は原型をとどめていた。薄暗かったが、所々壁にかがり火が燃えているので、こちらが明かりを準備しなくてもよかった。
 広い通路には脇道も多かったが、ロラン達は外周に沿ってひたすら歩いた。近い所に正解はないと、風の塔で学んでいたからである。
 魔物も数が多かった。広さのせいで、そう感じるのかもしれない。固い石の床を割って出てくるのは、ミイラ男。脇に延びる通路の影からは、サーベルウルフの群れ。空中に突如現れ、巨大な鎌を振り下ろしてくるのは、橙色のローブのお化け、死神だ。
 1階の中央に来るころには、ロラン達はさすがに体力を半分消耗していた。
「きついねぇ……。これで頂上までもつかなあ?」
 ランドが鉄の槍を支えに苦笑する。
「てっぺんまでのぼらなくても、紋章が見つかればいい。もしだめだったら……出直そう」
「そうね。なんとか、半分までのぼれたらいいけど」
 ロランが言い、ルナが眉を寄せて笑う。問題は、ここにある四つの階段のうち、どれから行くかだった。上に続く階段は、正方形の区画で区切られていた。どれも同じようだが、どれかははずれだろう。
 無駄足は踏みたくない。ロランはランドを見た。
「ランドはどれだと思う?」
「わからない。かがり火がついてない部屋が一つだけあったけど、そういうわかりやすい目印はかえって怪しいと思う」




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