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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・72

【最後の巨匠】

「そら、これでどうだい?」
「うむう……」
 パチリと指された将棋の駒に、小柄な老人がしわ深い顔をぎゅっとゆがめる。顎に指をかけ、前のめりに盤をにらみ、白い口髭をもぐもぐ言わせてうなる姿に、小太りの中年男は「ふう」と吐息を漏らした。
「待ったはもうなしだぜ、モハメのじいさん。いいだろ、5手詰めでこの勝負俺の勝ちだ」
「――うんんっ、待った!」
「だから待ったはなしだって――あれ?!」
 バシッと力強く老人が指した一手に、中年男は余裕を吹き飛ばして盤にのめりこんだ。
「え……これがこう来て……あ、俺の負け?」
「はんっ、恐れ入ったか!」
 老人――ドン・モハメは渋い灰色の着物に包まれた薄い胸を反らした。床に置いた湯呑みを取ってぐいとあおる。真昼の陽射しが窓から差し込んでいるが、どうやら酒のようだ。
「勝負は最後まで諦めたらならんのじゃ。ほれ、よこせ」
「ああ、もう……」
 男は将棋盤の傍らに積んでいた少しばかりのゴールドをつかむと、モハメに手渡した。金を受け取ると、よっこらしょとモハメは膝に片手を当てて立ち上がる。
「じゃあな」
「ああ、じいさん」
 立ち上がっても子どもの背丈にしかならない白髪頭の老人に、男は何か言いかけたが、やめた。モハメは膝を払うと、かくしゃくとした足取りで部屋を出て行った。
 男は――彼は村の武器防具の店の主だった――は、小さな老人の背を見送ってもう一度ため息をついた。
 ドン・モハメは、世界で最後の羽衣職人だ。年は70を超えるが、まだ機織りの腕はなまっちゃいない。職人なら――しかも、最高峰の匠の称号であるドンの名を持つなら、死ぬ間際まで精魂込めた作品を作っていたいだろう。
 しかし、最近ではそれもかなわない。仕事が減ってきたのは、もう50年ほど前からだが、それでもモハメのみが織れる<水の羽衣>を求めて、遠方からはるばる、この山奥のテパの村へ足を運ぶ冒険者や富豪の使いがいたものだ。
 あらゆる炎熱を軽減できる水の羽衣は、その美しさと軽さゆえに女性の護身用として重宝されてきたが、男がマント代わりにまとっても役に立つ。炎の吐息や呪文を使ってくる魔物から身を守るのに、これ以上ない衣だ。
 水の羽衣は、空から不定期に降ってくる天露(あまつゆ)の糸と、聖なる織機がないと作れない。天露の糸は、聖なる織機でないと糸がすり抜けてしまう。
 さらに、織り手が精神力を込めないと織物の形にならない。魔法とは違う、その特殊能力がないと織れないのである。
 しかし、モハメがこの村で生まれて以来、この才能を持った人間が生まれなかった。
 大昔は、水の羽衣を織れる職人がたくさんいた。アレフガルドがその本拠地だったが、年月とともに職人の数が減っていった。
 羽衣は高額で、また作り手の心身を非常に消耗させて作るため、生産数も限られている。買い手の減少と、モハメ一人の生産力。これが下降の一途で、仕事が減ってきた理由だ。
 ならば後継者をと村は切望したが、織り機の使い手はなかなか生まれず、また、モハメは弟子に異常に厳しかった。数年前までいた、やっと見込みがありそうな若者も、指導の厳しさに逃げ出してしまった。
 これでは後継者がいないまま、水の羽衣も世から消えてしまう。武器防具店の主をはじめ、テパの村の人々はそれを憂えていたが、モハメは「それもさだめなら仕方がない」と、まるで頓着しない。
(でも、それが一番心配なのは、モハメのじいさんなんだよな……)
 モハメには子どももおらず、機織りもできない今は、こうして村人相手に賭け将棋をして暮らしている。せめて普通の織機で、みんなが着るような織物を作ってみてはと誰かしら勧めるのだが、聖なる織機がないとやりたくないと言い張るばかり。
 聖なる織機は、モハメの家に代々伝えられてきた宝物だ。だが、それが数年前に盗まれてしまった。不届きな怪盗ラゴスによって。
 金銭目当てではなく、ただ人々を驚かせたいというふざけた理由で、彼はモハメから生きがいをも奪ってしまったのである。
 しかもご丁寧に、あの怪盗は村から水門の鍵も奪ってしまった。水門は、村の北の山頂にある湖から下りる川の水量を調節しているものだが、ラゴスが水門を閉じたまま鍵を盗っていったため、村の近くの川が干上がってしまったのだ。
 テパの村は、海に通じる大河をさかのぼれば船で行き来も可能だが、それができない場合、川の途中で深い森林と山を越えて来なければならない。その険路ゆえ、村を訪れる人は少ない。
 この村にはモハメのほかにも、高度な武器や防具を作れる職人が何人かいる。その技術と品は、世界最高峰だ。ゆえに、ベラヌールやぺルポイの町から仕入れに来る商人達がいて、それでこの村は生計を立てている。
 しかし彼らは危険な陸路ではなく川を使って来る。だが水門が閉じられたため、その道も閉ざされてしまったのだ。
 もちろん、村人が川を下ってぺルポイなどの町に出ることもできなくなった。テパは完全に孤立してしまったのである。
(もう、この村もおしまいなのか。じいさんの言うように、時の流れに任せて滅んでいくしかないのか……)
 滅ぶ、という言葉に男がぞっと身震いした時、表で子どもが騒ぐ声が聞こえた。どうやら、久しぶりに村の外から訪れた人がいるらしい。それも3人。
 どれどれ、と男は腰を上げて、母屋から出た。




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