自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・73
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/02 08:24:14
ロラン達は長旅ですすけた顔で、山間に浮かぶ小さな村の入り口に立っていた。畑作と牧畜で自給自足している寒村に見えるが、ここに羽衣作りの職人が住まうという。
ここまでの道のりの遠さがどっと押し寄せ、安堵に崩れそうな膝を励ましながら、まず宿屋を探し始めた。
旅人が珍しい村の子どもらが遠巻きにこちらを見つめている。その脇でロラン達に向かって犬が吠え、どこかで牛が鳴いた。道の脇で、放し飼いにされているニワトリが、コッコッと鳴きながら地面をつついている。
昼時なので、シチューらしきいい匂いも漂ってくる。
これほど深い山奥にも生活があるんだな、とロランは思った。そしてその匂いは、世界中どこも同じだ、と。
人が暮らす匂いは、きっと大昔から変わらないのだろう。はるか昔から、英雄や勇者と呼ばれた人々は、それを守ってきたのだ。
大灯台を出た3人は、船の点検と食料補給のため、一度ルプガナに戻った。行きは航路でも、帰りはランドのルーラがある。この呪文は自分達が乗っている乗り物も一緒に運んでくれる。おかげで一瞬で港の入り口に着いた。
エレーネは留守だったが、ルートンが出迎えて無事を喜んでくれた。半日かけて整備と補給をしている間、ルートンにこれまでの旅をかいつまんで聞かせると、ルートンは大喜びで聞いてくれた。特に、嵐に遭っても無事に切り抜けたことと、ウミウシに汚された船をきれいに掃除したくだりを。
そして、ドラゴンの角で不思議な糸を拾ったことを話すと、それは天露の糸だと教えてくれた。
天上の女神が紡ぐ糸とされるそれは、世界でその場所にしか降ってこない。かつて塔に吊り橋があったころは、それを拾ってラダトームの裁縫品問屋に売る専門業者がいたという。
しかしアレフガルドで水の羽衣を作る職人が減ると、天露の糸もほとんど取引されなくなった。その不思議な糸の使い道が、ほかに見つからないからである。
「その糸があれば、水の羽衣が作れるかもしれませんぞ。今では、それを作れるのはテパの村に住むドン・モハメのみですが。水の羽衣は、あらゆる熱を軽減し、身を守ってくれる神秘の衣。あなた方の冒険の助けになるやもしれませぬ。一度訪ねてみてはいかがですかな?」
ルートンが勧めてきたので、道を聞けば、まずルプガナから北上して大陸の西へまわりこみ、陸沿いに南下して河口に入り、川をさかのぼるのだという。しかし、村のすぐ手前にある川は現在水がなく、別の河口から入って山岳地帯を回り込み、東へ進まなければ村にたどり着けない。
それを聞いて、ロランは行くべきか迷った。強い装備は欲しいが、道のりが険しすぎる。ランドは決して言おうとしないが、体調は今も良くなっていないようだった。ランドを思えば、せめて体が回復するまで後回しにしたかった。
だが、その背を押したのはランドだった。
「行こうよ。ぼくなら平気だから。それに、間に合えば面白いものが見られるかもしれないよ」
ランドが、竜王のひ孫からもらった地図を広げ、テパに続く河口の一つを指さす。ルートンもそれを見て、うむとうなずいた。
「たしかに。一年に一度、ここでは珍しい現象が起きますぞ。月の満ち欠けが起こす奇跡ですよ」
ロランは最後まで気乗りしなかったが、ランドがその現象を見たいというので、行ってみることにした。
ルートンに別れを告げ、整備が終わったその日の晩に港を出た。ルプガナ半島を北西に回った所に祠があり、そこには旅の扉の番をする老人が住んでいた。しかし旅の扉は金の鍵で封印されており、老人ですら扉の向こうを見たことがないという。
いずれ金の鍵を見つけたら開けてあげると約束し、ロラン達は半島から陸沿いに南下した。
「お食事当番を決めましょう」
ルナが言い出したのは、その航海の途中だった。
それまではロランとランドが操船と帆の上げ下ろしをしていたが、舵取りならルナも覚えている。食事と洗濯、掃除はルナが一人で切り盛りしていた。
舵取りは夜中も行うため、徹夜になる。ルナはランドの寝ずの番を少しでも減らそうとしたのだろうと、ロランは察した。食事だけでなく、ほかも当番制にして誰かが休めるようにすれば、ランドも何も言わず休んでくれるだろう。さすがに帆の上げ下ろしはルナには無理だから、ロランとランドが行うしかないが。
ランドも鈍いわけではない。ルナの発案に気づくところもあったはずだ。けれど反対もせず、「それいいね」と喜んでいた。そんなランドを見て、ロランはひそかに悩んでいた。
ランドは何かを隠している。大灯台で見せた苦しげな表情、あれはどこか具合が悪いのではないか。そしてそれは、今も治っていないのだろう。だとすれば、このまま旅を続けるのは危険だ。家に戻して、ゆっくり静養させるべきではないか。
ルプガナを出航した時、ルナがいない所でロランは思いきってそう言ったのだ。だが、笑ってはぐらかされた。
「休ませてくれるの? その間、ロランはどうするの? ルナと旅を続ける?」
傍にいて看病する、と言えば、ランドは笑みを深くした。
「冗談だろ。そうしたら世界はどうなるのさ。ぼく達は一刻も早くハーゴンを倒さなきゃならないんだから……。それに、ぼくなら大丈夫だよ」
大丈夫と言われては、こちらはなすすべもない。ロランは黙るしかなかった。視線を落としたロランに、ランドはそっと言った。
「……ありがとう、ロラン」
このやりとりを知っていたかはともかく、ルナも聡い娘であったから、ランドの不調に気づいていた。少しでも多く休息を取らせることが、すぐに体調の改善につながると本気で思っていたわけではあるまい。でもそうするしか、ランドの気持ちに添うことができなかったのだ。