アスパシオンの弟子65 妖精(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/03 09:14:56
師に捧げる歴史書第七巻エティア建国の章――
『7299年:七英雄、魔導王ラントゥームと悪魔サルトィームを撃破。大陸東部地方解放。
7300年:七英雄、エティア王国建国。
アイテリオンが悪しき道具で建てられた国と文句だらだら。
7305年:剣の英雄スイール、スメルニアのタケミカヅチに挑んで戦死。
ソートアイガス、大陸同盟に拘束され「人間遺物」指定を受ける。
岩窟の寺院へ封印。
7306年:エティア王国、大陸同盟に正式に認証される……』
(鉄筆で箇条書きでけだるげに書き殴られた字。下書きのようだ)
ため息が出た。
清書しないと、と思うんだけどインク壷にペンを入れる気力が出ない。
奥さんがいなくなって以来まともに記述してなくて、羊皮紙にはメモ程度の覚書しかしてない。
7290年代ごろの、奥さんを亡くした直後の俺の字ってすごいな……自分で見てちょっと引く。
ヨボヨボヨレヨレ、にじみだらけだ。とりあえず、また覚書だけ鉄筆で追加しておくか。
俺は7310年の「六英雄、北五州を破壊した魔獣ウモス軍を平定」の下に書きつらねた。
『7317年 蒼鹿家アリン王国、エティアに恭順。
7320年 白鷹家ビエール王国、赤豹家シドネイア王国、エティアに降る。
7325年 黒竜家、エティアに降る。
7327年 金獅子家、ついにエティア王国の宗主権を認める……』
エティア王国は、あっという間に北五州を属州とした。
ソートくんの魔道武器を嫌うアイテリオンは、大陸同盟で糾弾声明を出しまくったけれど、世論の反応は全く正反対だった。
大陸の民のほとんどが、エティアと建国の英雄たちを褒め称えた。
エティアこそ、大陸随一の国。建国の英雄こそ我々の神同然だと。
さもあらん。建国の英雄たちは、永らく北五州地方に巣食って暴れまわっていた魔獣を倒したのだ。金獅子家の神獣レヴツラータでさえ倒せなかったほどの怪物を。
くわえて。建国の英雄たちやその子孫は、蒼鹿家や黒竜家などの王家の人々と次々に縁続きになった。それゆえ北五州の王家は軒並みエティアに恭順することになった。
独りふんばっていた金獅子家も、当主たる王が大恋愛のすったもんだの末にエティアの女王陛下の王配におさまったので、実質属国となった。
神獣ですら倒せなかった魔物を倒したソートくんの武器には、一体どれだけの力が込められているんだろうか。ルファの義眼の「破壊の目」の機能を、さらに飛躍的に能力向上させたのは間違いない。
しかし白きアイテリオンが灰色の技の再興を許すはずはなく。
魔道武器を作ったソートくんはこれ以上危険なものを生み出さないようにと、岩窟の寺院に封印されてしまった。
建国の英雄が持つ、六つの魔道武器以外の、創砥打銘の物もことごとく。
こうして俺は嫌が応にも潜みの塔の管理者にならざるをえなくなり、引きこもり生活から足を洗うこととなった。
塔内には赤毛の「妖精」がうじゃうじゃいて、大きくなってるのはまだ二、三人。ほとんどは幼児から赤子だった。俺は一所懸命、赤毛の子たちのオムツを替えてやり、ごはんを食べさせ、結婚相手を探してやった。
エリシア・クローン。
ソートくんは妖精たちのことをそう呼んでいた。育児ロボットにある程度世話をさせてたようだが、体調管理など総合的なメンテナンスは自分でやってたらしい。
どうやって創ったのかと、初めて妖精を見せられたときに、胸倉掴んで訊き出したところによると。
エリシア姫が培養カプセルで再生治療を受けた時、ソートくんは姫の卵巣から卵子のもととなる原始卵胞 をこっそりごっそり採取したらしい。
卵胞を培養液で一千個近い卵子に成長させ。これを受精させ。羊水をいれた培養カプセルに投入。着床させて細胞分裂開始させたわけだが。
問題は、一体誰の精子を使って人工受精させたのか……である。
おそらく精子は例のごとく改造がされてるだろうけど、誰のか、という特定は容易だった。
妖精たちは俺の奥さんとは顔が似ていないから、父親がカイヤート・シュラメリシュ陛下じゃないのは明白。
一様に蒼い瞳。頭髪以外の体毛や産毛が金髪なこと。数十人に一人ぐらいの確率で、母親似じゃない鼻筋通った顔つきの子供が混じってることから察するに、ほぼ間違いなく、というか調べるまでもなく……。
「あーもう、きちがい! きちがいだよあいつ! エリシア姫好きなら好きって、俺に打ち明けてくれりゃあよかったのに」
たしかに小さい頃から毎夏、一緒にピクニックとか行ってたし。同い年だったし。当然といえば当然の思慕。
そりゃ片思いを相談されても、「どんまい」しか言えなかっただろう。でももっと早く気づいてたら、諭したり慰めたりできたはずだ。こんな狂ったことをしないように……
ソートくんがこの妖精たちを将来自分の伴侶にしたら、師匠たる俺は完膚なきまでに打ちのめされる所だったが。最後の最後に、エリシア姫とは縁もゆかりもない赤猫を見つけてきてくれたので、首の皮が一枚つながったような気がしている。
ともあれ。ソートくんは約一千個の妖精の受精卵を作り、冷凍保存していた。
まだ卵の状態とはいえ、すでに生まれている命だ。
処分することなんて……俺にはできない。
生まれたからには、孵してやらなきゃ。育ててやらなきゃ。
ちゃんとお嫁にやって、幸せにしてやらなきゃ……。
それが、創った者の――親の責任だ。
生みの親のソートくんがいない今、その責任と義務は師匠の俺にある。
いくら生理的に嫌悪してようが、こいつは俺の私情をはさんじゃいけないことだ。
しかし……むかつくことにソートくんは、俺がこの妖精たちを嫌っていても、決して冷酷に始末できないことを見越していたんだろうとは思う。
でなければ大人しく、岩窟の寺院で封印生活を送り続けるわけがない。
何十年も。俺に丸投げするなんて。
いくら育児ロボットがいるからって、一度に何十人もの赤ん坊の面倒は見られない。
ゆえに俺は妖精の受精卵を、一年に二人だけ誕生させることにした。
受精卵を全部赤子にするまでには、四百年以上かかる見込みだ。これは魔人の俺だからできることだろう。
こうして同じ年に生まれた妖精たちは、双子のように仲良く育った。
五年もすると、成長した妖精たちが下の子たちの面倒を見てくれるようになったので、育児はだいぶ楽になった。
まるで蟻塚のように、妖精たち自身でみるみる普遍的な育成システムが作り上げられていった。7300年代半ばには、俺はたまに父親役だけして善い縁組を探すだけでよくなり、育成も教育もみんな年上の妖精たちが担うようになった。
長じた妖精たちは、育児だけでなく俺の仕事もガンガン手伝ってくれるようになった。
俺の仕事。それは――
「おじいちゃん、塔にお客様がいらっしゃったわ」
「お? えーっと、君はビオレットだな?」
赤毛の妖精がひとり、塔のてっぺんで作業している俺をにこにこと呼びにきた。この子は紫のスカートをはいてるから名前はビオレット。
妖精たちはみんな同じ顔だから、俺は色違いの服を着るよういいつけて彼女達を区別している。
「はい。それでお客様は、勝手に工房に入っちゃいました」
「工房に? 一体誰がいらしたんだい?」
妖精は首をかしげて、頭から?マークを飛ばした。
「ルデルフェリオ。黒き衣のルデルフェリオ様って、仰ってます」
さてお客とは