アスパシオンの弟子65 妖精(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/03 10:08:11
ルデルフェリオ。
それまで、その名を耳にしたことは一度もなかった。
黒き衣の、ということはまごうことなく黒の導師。
建国の英雄の子孫なら大歓迎するところだが、と一瞬警戒心がよぎった。
この潜みの塔の存在を知っているのは、エティアの建国英雄たちと一握りのメキド王族のみ。今のメキド王家の後見導師は、「鏡の向こうに現れる影のご意見番」の居所は知らない。
つまり岩窟の寺院の関係者で、ここを知っている奴、となれば――。
黒き衣をまとったそいつは、下の階の工房を懐かしそうにあれこれ眺めまわしていて。挨拶もそこそこに突っ込みを入れてきた。
「培養カプセルの羊水液がちょっと濁ってませんか?」
「透明度99パーセントで保ってるはずだよ」
「何か加えてたり?」
「してない。有機体工場仕様の倍速液なんて入れてない。人間と全く同じ速さでゆったり成長させてる。今までに五人、お嫁に出したよ」
「そこまで……さすがですね」
黒い衣のそいつはひどくシワクチャで頭はまっ白で、髪の毛はまばら。蒼い目だけが爛々と輝いていた。
「僕のエクスは?」
「剣の中に魂を移植されたあと、しばらくは記憶が混濁してたけど……」
俺は箱に封印している美しい広刃の剣を持って来て見せてやり、老いさらばえた相手に対して、慎重に言葉を選んだ。
「剣の蓄積記憶も赤猫自身の記憶も、ちゃんと残ってるみたいだよ」
すると老いたそいつは、ホッと安堵の息をついた。
「よかった。もし剣の蓄積情報に呑まれて、僕のこと忘れてたらどうしようって……」
「君は天才だから、そんなヘマはしないだろ。ソートくん」
おかえり、と言いかけて俺は口をつぐんだ。今にも天へ召されそうな翁の姿が一瞬ざわっと大きくぶれたからだ。
「幻像なのか?」
「ええ。結界に妨げられずに幻像を送れる装置をこっそり鍛冶場で作りました。やっとできあがったので、こうしてご挨拶に来れた次第です。僕は今、表向きは桶や包丁といった生活用品を作る業師として暮らしています。死ぬまで、寺院からは出られません。
寺院から一歩も出ないこと。それが、契約条件ですから」
「契約?」
「大陸同盟に捕まった時、白の導師アイテリオンと契約したんです。あいつは本物の悪魔ですね」
驚きのあまり息を呑む俺に、ソートくんは「契約」の内容を話してくれた。
「大陸同盟に、エティアを国として承認させる。その代償として、この僕を寺院に封印してよいと持ちかけました。奴は大喜びで話に乗ってきました」
「なんて無茶を……」
「ピピ様、エティアはアイテリオンを倒すために創られた、第二のメキドです。建国の英雄の子孫だけでなく、エティアという国そのものが、ピピ様とメキドのために動いてくれるでしょう。そして……僕のエクスもどうかお使いください。その剣は――」
ソートくんは深い皺が刻まれたまぶたを細めた。
「はるか二十光年先の青の三の星から渡来したものです。一万一千年分の知識と戦闘の蓄積情報、そして極限まで性能を高めた破壊の目の機能を持っています。僕のエクスなら、アイテリオンを……」
狂気をはらんだ目が、俺を射抜いた。
「アイダ様を捨てたあいつを、殺せるはずです」
ソートくんはそれから、自分は隠居すると告げた。
肉体がそろそろ限界なので、赤猫と同じ方式で宝玉の中に入るつもりだという。石の中に魂を宿した状態で寺院の鍛冶場に棲み、ひそかに自分の弟子たちに灰色の技を伝えていくそうだ。
大きくぶれ始めた幻像に、今までどんな延命法を使ったんだと聞いたら、恐ろしいことをさらりと言われた。
「この体、二人目ですから。脳だけ入れ替えてるんです」
脳の移植手術は妖精たちに手伝わせたと言うので、俺は唖然とするしかなかった。
「僕の遺伝子入ってますから、エリシア・クローンはみんな優秀ですよ。それに普通の人間よりちょっと長命です。ぜひピピ様の手足としてお使いください。それから、いつの日か大望を果たしましたら……」
消え失せる寸前のソートくんは、赤猫の剣にそっと手を触れる仕種をした。
「僕のエクスを寺院に連れてきてくださいね」
「え? おまえ何かまた、けったいなこと考えてるんじゃ」
「いえ単に、エクスとじかに会って話したいだけです」
そして俺は。
「それではピピ様、どうかお元気で」
また聞きそびれた。
俺が創ったルファの義眼がどこにいったのか――。
しかしソートくんは、人間の姿ではこれきりだとお別れを言いに来たんだろうに、死ぬ気なんてさらさら無いようだった。
黒き衣をまとっていたということは韻律を使う素養があり、黒の技を見事に習得したんだろう。でもこれからも灰色の技をとことん極めそうだ。黒の寺院でこっそり灰色の導師を育てるなんて、ソートくんらしい。
『アイダ様を捨てたあいつを……』
あの言葉。怒り以上に哀しみがこもっていた。
アイダさんはかつて幼い弟子に辛い過去を語ったんだろう。
やっぱり俺は――ソートくんにとって俺は、あくまでも預かりの師なんだ。
彼の本当の師は、アイダさんなんだ。
これからもずっと。永遠に。
大国の後ろ盾とか。神をも殺せそうな剣とか。優秀な妖精たちとか。
これだけお膳立てされて、だらけているわけにはいかない。
俺もこの直後から着々と、今までひそかにこつこつ創ってきた物を仕上げ始めた。
時は7345年。トルナート陛下が王子の位を追われる年まであと数十年というこの年。
俺はついにポチ二号を完成させた。
メキドの地下の蛇道をこっそり整備してた作業も、妖精たちに手伝ってもらって無事完了。組み上げたポチ二号をちょっと走らせてみた。
運転は妖精に任せ、俺は地下の分岐点で待機。しゅかしゅか音を立ててやってきたポチは、思ったよりだいぶのろかった。
「おじいちゃん、これすごい! この子のカモフラージュ形態、長くて蛇みたいね」
でも妖精たちには大ウケだった。
「統一王国の時代に、樹海鉄道ってのがあってさ。その路線とガルジューナの道の一部分を繋げたわけだよ。これでメキド中のどこでもいけるぞ」
俺はポチの路線を地下街にもつなげた。
地下街は俺が数百年の間に少しずつ、王都の地下を掘削ロボットで掘り進めて造ったものだ。
固い岩盤に掘られた蛇道の上層にあり、今や自然に人が住み着いている。メキド人に嫁がせた妖精たちも、数人がここに住まっている。
もし未来に起こる革命を阻止できなかったら、ここに大量の避難民が流れ込んでくることになるだろう。俺がかつて目にした通りに。
ポチができてから、俺は地下の街にできはじめた市場に時折行って、そのたびに家畜売り場を確認した。
牛や馬。ウサギやネズミや鳥たち。動物たちをじっくり眺め、俺は自分が永い時間をかけて仕込んだものの伝播ぶりを確認した。
「ウサギは……五羽中三羽。よし、百年前よりずいぶん増えてる」
「おじいちゃん、普通のとどう違うの?」
「外見じゃ見分けがつかないよ」
かしゃっとまばたきして、俺は赤い右目の透視装置を普通の視界モードに戻した。
「遺伝子レベルだからさ。さて、今日はもう一箇所寄り道するか。ローズにレモン、ポチ動かして」
「行き先はどこ? おじいちゃん」
「レンギまで頼む」
「ああ、あそこね」
俺は妖精たちを促し、ポチに乗って東へ東へ移動した。
やっぱりのろいな。もう少し速くしよう。
荷台型の車両の上でそんなことを思いつつ。俺は蒼い衣の袂にいれていた羊皮紙の束に、年表の覚書をざっと書き込んだ。
『7345年:メキド州ザンギ郊外の村レンギにて、フラヴィオスとネミオス、誕生』
黒の世界で灰を育てる……
読んでくださってありがとうございます><
ソートくんは数百年後にとんでもない形で華麗な復活をとげます;
たぶん赤猫と幸せになる? お話かと……思います;
アスパシオンが終わりましたら、こちらにもあげてみようかなと思います。
読んでくださってありがとうございます><
ついにあと数十年というところまでやってきました。
ソートとぺぺ、その行動は対照的だけれど、二人の願いは同じ^^
時を経たぺぺさんの視点から、あの日あの時の出来事は一体どう映るのか……
楽しんで下さったらとても嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます><
もう少しで時間が重なり合います^^
ぺぺさんの目を通して、あの日あの時見たものの真実が……。
ソートくんご指名、うれしいです(感激)
彼はものすごいオタク話を聞かせてくれそうですよね。
もし好きなスポーツチームとかあったら、詳細データ独自に取って
分析しまくって、えんえんと一席ぶってくれそうです。
もっと早く感想をと思いつつ、延び延びになってしまいました。
長い時の流れを凝縮し、それにソートの動向やぺぺの思いと行動が織り交ぜられ
内容の濃い文章が続いていますね。
歴史の二重構造とも言うべきテーマがどのように集結に向かうのか、興味津々です。
これからも楽しい物語をお書きください。
鶴首してお待ち申し上げます。
魔獣を倒し、国を興す力を持った魔道武器を作り出すソートくんの力の根源は
師匠への思い・・・
隠居するソートくんの意思をうけて本格稼働するペペさん^^
かつてのペペさんと、時間を旅してきたペペさんの時間が
接点を持つまであと少し。
仕込んだものがどう動くのか、続きがとても楽しみです。
お友達になりたい有名人・・・
ソートくんに会ってみたいですねぇ。
お話ししてそのマッドぶりをじかに感じてみたいです^^;
いつも楽しいお話しをありがとうございます♪
「エティア建国七英雄」
七つの神器を持つ彼らは後に戦神・戦女神として崇められ、
おとぎ話でよく語られるようになります。
大陸の少年少女の憧れで、仲間になりたい! と一番に妄想される有名人です。
特に、スメルニアの神獣とタイマンはって死んだ悲劇の英雄スイールが人気です。
彼が持っていた聖剣エクス・カリブルヌス・セクンダムは
実はこれ自体複製品なのですが、のちに「戦神の剣」と呼ばれるようになり、
たくさんの鍛冶師の手によって模造品がぼんぼん造られました^^
これらは創砥式の打銘の有無で区別ができます。
読んでくださってありがとうございます><
これから、ペペが泉に飛び込む前までに見てきたものは、実は……
みたいな展開になっていきます^^
歴史を好きに変えることができたらよいのでしょうが、
ぺぺはパラレルワールドへ移動しているのではなく、
本物の一本線での時間跳躍をしているようです^^
なので、たぶん革命は起こってしまうのでしょうね;ω;
今後は白の導師はどうなるかですね。