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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・77

【邪神官の魔手】

 夜の航海は静かだ。波も穏やかで、船を揺りかごのようにゆったりと揺らしている。
 ロランは薄闇の中、隣のベッドで眠る友を見ていた。背を向けていて、ランドの寝顔はわからない。
 このままでいいのか、という気持ちがあった。おそらく体に病を抱えているだろうに、何もしないまま旅を続けていいのかと。
 しかしランドは何も話してくれない。態度も食欲も戦いも、いつも通りだ。そういう風に見せている。だが、以前にはなかった壁がロランとルナの前にあった。
(何をしようとしているんだ。たった一人で)
 ロランは悲しかった。自分にも打ち明けてくれない何かを背負うランドの苦しみを思うと、無力な自分がもどかしかった。
 と、ランドが体を起こした。ロランは慌てて寝たふりをした。ランドはベッドから降りると、靴を履いて薄着のまま船室を出た。扉が閉まり、数回呼吸を置いてから、ロランもベッドから降りる。
 用足しに行ったのだろうが、ロランは毛布を持って甲板に出た。
 欠けてゆく月が出ていた。テパ河口付近で見た満月から数日たっている。半月より少し前の丸みがかった月だった。これが半月になるころには、神聖都市ベラヌールの町に着くだろう。
 ランドは、舳先(へさき)にいた。縁に両肘をついて片方の膝を曲げ、もたれるように立っている。ロランが近づいても振り向かなかった。
 ロランは毛布を広げると、ランドの背中からかけてやった。うなじや肩の細さが痛々しく見え、少し痩せたかな、と思った。胸が痛んだ。
 ランドがようやく顔をこちらに向ける。どこか眠そうな、儚いまなざしをしていた。
「……風邪ひくぞ」
「……うん。ありがと」
 毛布の縁を前できっちりと重ね合わせてやると、ランドは少し微笑んだ。ランドが一人になりたがっているのがわかって、ロランはそっと言った。
「……あんまりそこにいるなよ。まだ夏だけど、この辺は風が冷たいから」
「うん」
 ランドがうなずくのを見届けてから、ロランは背を向けた。戻り際に振り向くと、ランドは月を見上げていた。ロランも空を見た。
 煌々と海を照らす月に、雲が流れてきて隠してゆく。


 ベラヌール大陸へは、ルプガナ港から北上して7日の航海で着いた。神聖都市ベラヌールは、大陸の中心にある砂漠の、広い湖の上にある。
 町の西にある船着き場に船を着けると、ロラン達は歩いて町を目指した。
 大陸といっても、アレフガルドの3分の1ほどの大きさである。しかし島とするには大きいので、大陸に分類されている。船着き場からはおよそ1日で町に到着した。
 ベラヌールは、この世界の歴史ではかなり古い時代からあった。この世界の人間は上の世界からの移民である。上の世界からアレフガルドに落ち、そこに定住せず各地に流れた人間達が、ムーンペタやルプガナなどの町を造った。その自治都市の中でも、ベラヌールは教会によって治められている特殊な町である。
 大地の精霊ルビスはこの世界の創造者だが、それを崇める人間は少ない。信仰は〈天の神〉の教えが広まっている。その聖なる神の印は十字で、世界中で信仰されている。冠婚葬祭を取り仕切るのも、この宗教だ。ロラン達の国も例外ではない。
 また、回復呪文の力の源となるのもこの神とされ、各地の教会を守る司祭は皆、回復呪文の達人である。魔物などから毒を受けたり、傷ついた時に訪れれば治療してくれる。その際は寄付金が必要だが、微々たるものだ。
 神の教えを守って暮らす町だけあって、湖に浮かぶ姿は白が基調で、荘厳な眺めだった。町の中央にひときわ目立つ大きな神殿が総本山だろうか。
 ロラン達は長い石造りの橋を渡って町に入った。町は水路と架け橋が入り組んでいるが、迷うほど複雑ではない。水路にはいたる所で蓮の花が咲き、訪れた旅人や巡礼者の目を楽しませている。
 宗教都市だから町の人々も僧侶のように静かで厳しいかと思ったら、市街地は普通ににぎやかだった。ほかに比べると神官や尼僧の姿が目立つぐらいだ。
 その日の宿を探して歩いていると、前から歩いてきた初老の神官が3人を見てぎょっとした。幽霊でも見た目つきに、ロランが立ち止まる。
「あの、何か……?」
 そういう目で見られては良い気持ちもしない。さすがにロランが眉をひそめると、神官は胸に下げた十字の飾りを握りしめ、険しい顔で祈りの言葉を口にした。
「ああ、あなた方の顔に死相が見えたので。とても邪悪な力が乗り移っておりますぞ」
「なんですって?」
 ルナも声に険が混じる。
「ちょっと失礼じゃないですか? いきなり……」
「……ああ!」
 神官はランドを見ると声をひきつらせた。
「……かわいそうに。あなたもう、長くはないですよ。あなたに神のご加護がありますように……」
 ルナが抗議する前に大急ぎで魔除けの仕草をすると、神官は足早に去っていった。
「……なんだろうね? 変わった人だね」
 気にした様子もなく、ランドが言う。ロランはしかし、ひどく不吉な感じがした。
 嫌な気持ちを抱えたまま、町の南西で宿屋を見つけた。かなり大きく、それだけに一泊の値も張ったが、ここにしか宿はないとのことで、部屋を頼む。
「ああ、すいません。二人部屋は満室になっておりますので、皆さんお一人ずつのお部屋でよろしいですか?」
「え、そうなんですか」
 宿に泊まる時はいつも、ロランとランドが二人部屋を、ルナが一人部屋になるよう頼んでいる。思わずランドを見ていた。なぜか今、離れたくない気がしたからだ。
「いいよ、ロラン。それしかないんなら、そうしよう?」
 ランドが微笑む。それで話が決まり、客室係の女性が3人を1階の部屋まで案内する。その途中、一人のこざっぱりした若い男が向こうから歩いてきて、ロランを見た途端「あっ」と声を上げた。
「もしや、ロラン様では!?」
「その制服……ローレシアの?」
 男は青い兵士服を着ていた。肩口にローレシア軍の紋章があるのですぐにわかる。
「はい。近衛隊長シルクス様の部下、カイルと申します」
 廊下でひざまずいたカイルに、客室係の女性が動揺していた。ロランは急いでカイルの腰を上げさせる。
「ここで、それはいいから。部屋で話をしよう」
「はっ!」
 生真面目らしいカイルは、きっちり敬礼と堅苦しい返事をしたので、ランドとルナを吹き出させた。


「私は、ローレシア国王陛下のご命令を受けて、世界各地を回ってハーゴンの情報を集めておりました」
 ロランの部屋でテーブルを囲み、カイルが言った。
「なにしろハーゴンの居所はロンダルキアと決まってはいるものの、どうやってそこへ近づくかは伝わっておりません。さすがにロラン様達でも、それをつかむのは大変だろうと……陛下は私のほかにも何人か諜報兵を派遣なさいました」
「そうか。父に感謝しなくては。カイルも大変だろう。僕達のために、ありがとう」
「もったいないお言葉です」
 王子からの感謝に感激したのか、カイルは頬を紅潮させた。




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