アスパシオンの弟子66 運命の子(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/08 17:08:35
「とうちゃーく!」「機関停止っ」
ふしゅううう、と蒸気の息を吐いて、地下道を走るポチが停止した。
俺と妖精たちはこっそりザンギ市郊外に出て街道を歩き、小さな村に入った。
フードにすっぽり顔を隠した俺は、村の酒場へ直行。目的の人に会うのは、妖精たちだけだ。
樹液酒を頼んで席につき、窓辺から外を眺める。さっそく、すぐ目の前に見える家から、赤ん坊を抱いた少女がにこやかに出てきた。まだ十代半ばぐらいの顔立ち美しい少女だ。
俺は耳に入れてる高性能の人工内耳の波長を、妖精の胸元についてるブローチに繋げた。
「レモンちゃんとローズちゃん! 久しぶりね」
見えない伝信波のおかげで、赤ん坊を抱いた少女の声が耳の奥からはっきり聞こえてくる。
「マミヤちゃん、こんにちは。お仕事のついでに寄ったの」「赤ちゃん元気? わぁ、ずいぶん大きくなったわね」
「ありがとう。もう四ヶ月よ」
「王都からお菓子買ってきたの」「おいしいって評判のお店よ」
「ほんと? すてき!」
美しい少女は――マミヤさんは、嬉しそうにお菓子の箱を受け取った。
満面の笑顔で、赤子に頬ずりしながら。
俺はちびちび樹液酒を飲みながら、家の中に入った少女と妖精たちの会話を聞いた。内容は和気藹々、とりとめもない仲良しガールズトークだ。
妖精のローズとレモンは、数年前から「商人の娘」としてこのレンギ村に通っていて、マミヤさんと仲良くしている。
『ピピ様の手足としてお使いください』
って生みの親に言われたが、たしかに妖精たちが俺の代わりに表立って動いてくれるのは、とてもありがたい。
俺が徹底して自分が作ったものに打銘も打たず、表舞台からひたすら隠れている理由。
それは、白の導師アイテリオンの目が大陸中隅々まで行き届いているからだ。
大陸同盟の盟主は時代によって違い、スメルニアだったり金獅子家のレヴ王国だったりしてきたが、その後見人は唯一不動。長命なメニスの王アイテリオンがずっと君臨している。
白の導師のもと、大陸同盟の情報収集力は、多岐にわたる方法と組織化でそれはそれは恐ろしいことになっている。
同盟本部はあらゆる国のあらゆる人民の戸籍を把握しており、すべからく独自の記録箱に登録している。加えて、これは、という目立った動きをする著名人は、いかなる階級の者であろうとたちまち同盟本部の「草」たちにマーキングされる。
アイテリオンが抱えている「草」は千里眼を使える能力者だったり、ごく普通の事務系文官だったりと形態が様々だ。相当数いて、どこに潜んでいるか全くわからない。
つまり外に出たら全く油断ならないということであり。あのマミヤさんは「草」たちにひそかに護衛されている、ということでもある。村人の何人かが「草」であるらしいので、俺はマミヤさんに近づかないに越したことはない。
「マミヤちゃん、少し横になったら? 育児で疲れてるんじゃない?」
「そうよ、顔色ちょっと悪いわよ。寝不足じゃないの?」
「ローズちゃん、レモンちゃん、ありがとう。でも……」
「遠慮しないで。あたしたち、いつも赤ちゃんの面倒みてるのよ」
「それじゃあ、お薬飲んで少し休ませてもらうね」
「お薬?」
「お乳がよく出るようになる薬湯なの。あの人、たくさん作っていってくれたのよ……」
あの人とは――薬師レイアーンのこと。
アイテリオンの数ある仮面のひとつだ。
数多の「草」に加えて、アイテリオンは自身でもよく動く。さまざまな人物に変装して、灰色の技を根絶やしにせんと自ら大陸中を旅して回っている。
メキド王家の情報筋によると、建国の英雄たちにはりついていた、ラナンと名乗る医者。フリートと呼ばれる法学者。ミーンという商人もみんなアイテリオンその人であるらしい。
薬師レイアーンはここ数年、ザンギ周辺の鉱山開発を探りにきていた。
メキドが緑の蛇以外の神獣や遺物を隠し持っていないかと懸念したようだ。
なにせ「鏡の向こうの宰相」大鍛冶師ソートアイガスが支配してた国だから、メキドは奴にとって最警戒対象だ。あのソートくんのこと、とんでもない武器のひとつやふたつ隠してるなんて、ざらにありそうだもんな。
レンギ村の少女と、流れ者の薬師の恋。
俺は妖精を使ってその出会いを全力で阻止しようとしたけど……
無理だった。
会わせないように会わせないようにと手を回しすぎたのが、裏目に出た。
ふたりは、出会うべくして出会ってしまった。
不動の運命というものが、あるんだろうか?
二人の仲は……ちょっと恥ずかしすぎていえないぐらい、わざとらしさ満載の恋愛小説風に進展した。
薬師が「猿も木から落ちる」的に病で道端に倒れ、妖精たちが救護隊を呼んでる隙にマミヤさんが偶然通りかかって彼を拾ってしまい、親身に看病。数ヶ月間に及ぶ妖精たちの妨害をあっさり乗り越えて、マミヤさんと薬師はゴールイン。
そしてほどなくマミヤさんは身ごもった。
生まれたのは、双子。
ひとりはごく普通の人間の赤子。もうひとりは……菫の瞳ではっきりメニスの混血とわかる赤子だった。
子供が生まれたとたん、薬師は豹変した。
「私の正体がわかっただろう。この国ではメニスは特に嫌われる。私は弾圧や差別を受けるだろう。君を悲しませる。苦労をさせる。そんなことは耐えられない」
薬師はメニスの血統が出た子と共に、マミヤさんから去った。
メニスの里へついていくと泣く彼女を、人間は受け入れられないのだと冷たく拒否して――。
実は百年以上昔に、これとまったく同じことがスメルニアで起こったことが判明している。
流れ者の商人ミーンなる者がとある村で行きずりでもうけた子供は、やはりメニスの血を引く子。
赤子は父親に連れ去られ、のちに異形のものを異界から召還する「魔王」となって大陸の東部に現れた。
俺とソートくんがなんとか倒したそいつは、銀の髪に紫の瞳の子供の姿。羽化不全のヴィオそっくりだった……。
この時の「魔王」は、メキドを潰すためにアイテリオンが人間との間に故意に作った子。俺とソートくんは、そう確信している。
つまり。マミヤさんとの子も……。
行きずりの異種族の女を母親に選ぶのは、子供に愛情を持たないようにするため? それとも、生まれた子を確実に「魔王」にする遺伝子法則みたいなものがあるとか?
いずれにせよ。ヴィオとノミオスは、故意に生み出されたのは間違いない。
どこかの何かを。誰かを。滅ぼすために――。
午後いっぱい、妖精たちはマミヤさんの家で赤子の面倒を見た。
慣れない育児で疲れていたんだろう、マミヤさんはその間、泥のように眠っていた。
父親に連れ去られたヴィオは、メニスの里で成長するだろう。いずれ里から独りで出てきて母親を探し、ちゃんと再会できる。
心配なのは、ノミオスの方だ。
十五年後、メニスの血が覚醒する赤子。アイテリオンがこの村に「草」を置いている目的は、マミヤさんの護衛だけでなく、赤子を監視するためでもあるはずだ。なのに血の覚醒の直後にさらわれたとすれば。それは他でもない、父親の差し金である可能性が出てくる。
父親が保護しているなら、ノミオスは未来で、どこかで生きているんじゃなかろうか?
もしそうでなければ……俺たちで、なんとか護ってやりたい。
マミヤさんが十数年も、哀しい思いをしないように。
お読みくださってありがとうございます><
何もかも奪われた退化した世界、
もともとそうであれば何の疑いももたないものなのでしょうが、
過去の知識や記憶を持っている者には相当つらいことだろうと思います。
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挿絵気に入っていただき、大変恐縮です><
お返事をそちらのコメント欄に書かせていただきますね。
追記
素晴らしい挿絵をありがとうございました。
方位を別にすれば、僕がモデルにした場所から見た屋島付近が正確に書かれているのと
右下にモデルにした島が正確な位置に書かれている事に驚嘆しました@@
西日を入れて雰囲気を出す為だと思いますがその方が格段に雰囲気を出てよかったと
思います。
色使いも鮮やかで本当に素晴らしい出来のものを描いて頂き感謝しています^^