アスパシオンの弟子66 運命の子(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/08 17:41:26
夕方、俺と妖精はレンギ村をあとにして、ポチで少々東進した。
「さて、塔を呼ぶか」
地上への出口がある分岐点で止めて、右の義手につけた腕輪をいじる。
大昔の地下鉄の駅だったらしい遺跡から出て、深い森の中でしばし待っていると。山とみまがう大きな塊が、夕闇の中をずずずずとゆっくりゆっくりやってきた。
最近ようやく、俺は潜みの塔に自走機能をつけた。
塔は俺の腕輪にしこんだ発信コードで操作できる。ずっと森の中に建っていた塔は木々や植物がぼうぼうに生えていて、一見すると山にしか見えない。この上移動できるとなれば、位置を特定されにくいって寸法だ。
「しかし……おまえたちの父さんはすごいなぁ」
「お父様?」「ソート様ね?」
「うん。だってこの塔を、ずっと隠し切ってたんだからさ」
動かぬ塔にいたのに、アイテリオンに住処を決して特定されず、百年以上持ちこたえたソートくんはまじですごい。
最近になって、あいつは俺の盾になってくれていたんじゃないかって思う俺がいる。
ソートくんが俺を潜みの塔に突っ込んだのも。アイテリオンに対してわざと挑発的な態度をかましていたのも。あいつなりの私情に加えて、俺を護るためだったんじゃないかって……ちょっと思ってしまう。
アイダさんにはかなわないって嫉妬があるから、そう考えたいのがしょーもない親心っていうか、師匠心、というところだ。
そしてソートくんが岩窟の寺院に引きこもった今は……
「おじいちゃん、おかえりなさい!」
「おじいちゃん、ごはんとお風呂どっち先にする?」
あいつが創り出した赤毛の妖精たちが、俺を護ってくれている。
その生い立ちの事情から、始めはすごく抵抗あったけど。でも……
「あ。明日アオイのお見合いだよな。うまくいくといいなぁ」
「おじいちゃん、あたしにもいい人見つけてきてね」「あたしもー」「私もおねがいっ」
「みんな受身ね。あたしは結婚したくないなー」
「うんうん。レモンみたいな子のためにさ、うちで会社を立ちあげるよ。一生皆で暮らせる環境ってのも作るといいかもって思ってさ」
今はもうほとんど実の娘みたいになってて、かわいいったらない。
俺は彼女達を、「プトリ」という姓で戸籍登録している。
名門貴族にしてメキド王家の祖の傍流家系ということになっており、王都に構えた数軒の家が本籍地だ。一年に二人確実に増えてく仕様をごまかすため、お嫁に行った妖精たちにそこに棲んでもらい、チビ妖精たちの実親ということにしている。
「まずはポチを使う運送会社を作るつもりだよ。それから旅館をやるってのもよさげだよな。それに歌劇団とか?」
「劇団!」「おもしろそう!」「毎回だしもの考えるの楽しそうね」
「女王と金獅子の恋物語とか、竜王と歌姫の物語とかお芝居してみたいわ。歌姫のお話って、雑誌で連載中ですっごい人気なの」
「うんうん。やりたいこと、なんでもやろうな」
――「おじいちゃん、メキドの陛下から伝信がきてます」
ヴィオレットの取次ぎを受けて、俺は工房の隣の小部屋に入り、大きな鏡の前に立った。
ソートくんが永らく使っていた「影のご意見番」用通信道具だ。
メキドの現王は、プトリ家から分かれたノイエチェルリ家の当主である。赤鋼玉の義眼を受け継いでいないので、シュラの称号名を持っていない。ノイエチェルリ家はここ何代か、もうひとつの分家ビアンチェルリ家と交代でメキドの王統を保っている。
『摂政代理さま、ごきげん麗しく。本日、後見導師ノグシオン様が寺院より参られました。お連れがひとりございます。遺跡巡りのご用向きで、いらしたそうです』
「ってことは導師なんだな?」
『はい。カラウカス様とおっしゃる導師様です。封印遺跡を数箇所視察したいそうです。ご案内してもよろしいですよね?』
カラウカス。
その名を聞いたとたん、俺の体はぶるっと震えた。
俺の創造主。我が師アスパシオンのお師匠様。
まだ最長老にはなってなくて、きっと壮年ぐらいだろう。
会いたい……!
その気持ちが、俺の口を勝手に動かした。
「こちらから三人、使者を遣わす。そいつを接待団の中に入れてくれ」
『かしこまりました。では王宮にて使者様をお待ち申し上げます』
次の日。俺は妖精を連れてポチに乗り、いそいそと王都へ赴いた。
俺自ら、生みの親に会うために。
王宮の接待団がもてなしたカラウカス様は、とても気さくで人あたりのよいお人で。俺が雲間で会った時よりも格段にお肌がツルツルだった。
三箇所にわたる古代遺跡の視察は半日でさくさくと終了。
バーリアル級の動かせない封印物がある神殿がひとつ、発掘途中の遺跡が二つ。終始ニコニコ笑顔でこなされた。
王都も見て回りたいと仰ったので、接待団は観光名所の塔だの大通りの市場だのを案内して回った。
俺も大発展している王都の景観を楽しんだ。
大樹の隙間に立てられた白亜の建物のつらなりは、とても美しい。
ここがいずれ戦火に遭ってしまうのは……とても哀しい……。
「おお。これだこれ」
カラウカス様は、家畜売り場で足を止めた。
「寺院に一匹、南方産のウサギがまぎれこんでてのう。あまりにかわいいもんでもっと欲しくなってな、それで南方への視察を志願したんじゃ」
カラウカス様はウサギを一羽抱き上げた。
「かわいいのう。やはり普通のウサギとは目つきがちがう。賢そうじゃ」
「普通のウサギ? そのウサギは、どこが普通とちがうのですか?」
接待団の団長がきょとんとして尋ねれば。将来の俺の生みの親はからからと笑った。
「全然違うぞ? 初めて見た時はびっくりしたわ。ほれ、耳の中の色合いがビミョーにちがう」
「ぶっ」
俺は思わず、飲んでた屋台の樹液ジュースを噴き出した。
ぱねえ。
やっぱり俺の親はただ者じゃない。たしかに小動物の耳の中の平均的な色より、色彩明度十度上がるように設定したよ。
「瞳の水晶体の色も濃いし」
うん。そこの彩度はめっちゃ上げた。
「なによりこの毛の長さときめの細かさ! 最っ高のモフモフ加減じゃあ♪」
……。
……。
激しく頬ずりとか。この師にしてあの弟子あり?
「てことで、つがいで戴こうかの。寺院で増やして使い魔にしたいんじゃ」
どーぞどーぞ。どうか増やして下さい。めちゃくちゃ生めよ増やせよやってください。
ん?
てことは、前世の俺って……
俺が作った品種のウサギに魂つっこまれたわけ?
そうか、だからウサギのぺぺは喋れて文字書けたわけだ。お笑いの相方もできるとか、そこは想定してなかったけどできるんだな!
もしお師匠様に再会したら、ウサギだけの漫才とか目の前でさせてみるかな。あー、きっと泣いて悶え死ぬわ。
「ウサギだけでよろしいですか? テンジクネズミとか普通のネズミとか鶏もいますけど。あと爬虫類系も、ずらりと取り揃えて……」
俺が勧めると、カラウカス様は嬉しい悲鳴をあげた。
「おお! 亀がおるな。こいつも激しくかわいいのう」
こうしてカラウカス様は、ウサギのつがいと亀のつがいと小鳥のつがいを購入した。
やっぱりこの方、目が高いな。全部俺の仕込み入りのやつを選んだよ。
しかしずいぶん増えたもんだ。大陸北部にも、あと数年でほぼ伝播するだろうな。
あと少し。
俺は大満足でウサギに頬ずりするカラウカス様を見守りながら、高鳴る胸を抑えた。
あともう少しで、あの人に会える。
俺の、お師匠様に――。
読んで下さってありがとうございます><
赤毛一族絶賛増殖中であります。一年に二人ずつに加え、
結婚して子孫もぼんぼん増えちゃうわけで、一体どこまで増えるのでしょうw
そしてさすがのカラウカス様、慧眼であらせられます。
生き物の魂の色とか見えるらしいので、それで判断しているのかなぁ。
仰るとおり、現実での応対はとても緊張いたします;
姿勢がぴーん。となりますです。
読んでくださってありがとうございます><
ぺぺさんはソートくんの影で色々と準備していたようですね^^
計画がうまくいくといいのですが結構抜けてるところもある
ぺぺさんなので心配です。
100年単位の網の張り合い、剥がし合い・・・
人知れず、静かに、深く・・・
順調に拡散するペペさん仕込みの動物達と
赤毛の妖精総合商社。
そして時間を一巡りする寸前のペペさん。
これらがどのように点火されていくのか、
とても楽しみです。
現実世界でも小細工を一発で見抜く人っていますよねぇ。
本気モードしか通用しないので怖いですよね^^;
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
お題:欠かさずに見る番組。
竜王と歌姫の物語。
大陸に伝わる昔話で、雑誌連載や演劇やらメディアでよく取り上げられる題材だそうです。
統一王国時代には、連続ドラマも作られ人気を博した模様。
竜王メルドルークが可憐な歌姫リンデを塔に閉じ込め、あの手この手で誘惑するお話です。
さて大陸世界よりはるか大昔、青の三の星の日本国に住んでる私はというと。
欠かさずに見ているのはNHK朝ドラかなぁ……ひとつ前の「まれ」は夏にリタイアでしたが^^;
「あさがきた」は柄本佑さんの演技力がすごいので、今のところかなり楽しめています。