Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・83

 ベラヌールの宿の主人は慈善家でもあったので、ランドの宿泊料を特別に無料にしてくれた。薬師の老人はつきっきりでランドを看ていたが、することはほとんどなかった。
 ランドは食事も排泄もせず、こんこんと眠り続けていた。しかしそれは、回復へ向かう眠りではなく、確実に死へ向かう眠りだった。
(かわいそうに……この若さで、あの世へ連れて行かれてしまうのか)
 育ちの良さそうな顔はやつれ、目の下に濃いくまができ、唇は乾いている。老薬師は同情に目が潤んだ。何十年と治療の仕事をしていても、子どもが死ぬのを見るのはつらい。
 ロラン達が旅立って七日目。早く来い、と老薬師は焦っていた。
(もうそろそろ限界じゃぞ。ランド殿の心臓の音もかすかになってきた。頼む、間に合ってくれ)
 何か明るいと思ったら、窓の向こうに満月が出ていた。明るい光が、窓を通してランドの頬を照らす。すると、ふっとランドのまぶたが動いた。
「ランド殿?」
 老薬師は身を乗り出してランドの顔をのぞき込んだ。だが、目を覚ましたわけではなかったようだ。どうやら夢を見ているらしい。
 くくっ、と眉をひそめ、苦しげに喘ぐ。首を左右に振って、何かから逃れようとしていた。
「……戦っておるのじゃな」
 老薬師はそっと語りかけた。
「頑張りなされよ。あんたには、大事な仲間がおるじゃろう? 呪いに負けてはならんぞ……!」
 そこへ、宿の玄関の方でどたばたと騒ぎがした。声でわかる。――彼らが帰って来たのだ。
「おお、間に合ったか!?」
 廊下を駆ける音がし、乱暴に扉が開いた。息を切らしたロランとルナがいた。
「ランドは?!」
「まだ……まだ、大丈夫じゃ。して、葉は?」
「持ってきました!」
 ルナが鞄から水滴を付けている人の手ほどの葉を取り出した。
 三枚の葉を根元で重ねたような形状をしており、幹から離れてもみずみずしかった。間違いない、と老薬師はうなずいた。
「まさしく世界樹の葉じゃ。あんた方、ようやったな!」
「どうすればいいんですか? そのまま食べさせるの?」
「いや、煎じて飲ませるのじゃが……おい、どこへ行くんじゃ?!」
「厨房を借りてきます!」
 ルナが踵を返し、待て、と老薬師も椅子から立ち上がった。
「わしも行く! 煎じ方にはこつがいるんじゃ!」
 二人が先を争うように部屋を出て行くと、ロランは老人が座っていた椅子を引き寄せて、悪夢にうなされるランドの枕元に座った。布団の中からランドの手を取り、両手で包んで額に押し当てる。
「ランド、頑張れ! もうすぐだからな……!」
 ロランとルナにようやく追いついたカイルが、開けっ放しの部屋に入ろうとして、ロランの後ろ姿に気づいた。唇を引き締めて一礼し、音がしないよう扉を閉める。

 小さなランドは、迷子になっていた。
 ローレシアの城に両親と遊びに来ていた。1人で城を探検してみたくなり、あちこち歩いていたら、両親やロラン達のいた部屋が見つからなくなったのだ。
(まあいいか。だいじょうぶ、だいじょうぶ)
 よちよちと歩いていたら、城壁に出ていた。暖かな春の日差しが気持ちいい。どこかでヒバリが鳴いていた。
 ――おいで。
 壁に沿って歩いていたら、優しい男の人の声がした。ランドは振り向いた。白いローブを着てサンダルを履いた男が少し離れた所に立っている。肩までの黒髪に、鼻筋の通った端正な顔をしていた。
 ――迷子になったのだね。さあ、こちらへおいで。私が案内してあげよう。
「おじさんが?」
 彼は口を開いて話をしていない。ただ優しく微笑んでいる。どうしてだろう、とランドは首を傾げた。
 ――私と一緒に来なさい、ランド。ここでは味わえない、永遠の安らぎを与えてあげよう。
 彼の声は自信に満ちて、聞く者の心を落ち着かせた。そうしてくれるのだと言われれば、何もかもゆだねたくなった。
 ランドは彼に向かって歩きだした。男の笑みが深まった。
 ――そうだ。いい子だね。さあおいで。抱っこしてあげよう。
 彼が両腕を差し延べてきて、ランドも思わず手を伸ばした時、後ろからもう片方の手をぐいと引かれた。びっくりして振り返る。負けん気の強そうな男の子が、ランドを引っ張っていた。
「ロラン?」
「何やってるんだよ。帰るぞ!」
「え、でも――」
 おじさんが、とランドは彼を振り返る。すると、神々しかった彼の姿は一変していた。頭部に翼膜を着けた、邪悪な顔の男になっている。
 ――我が手にかかって堕落すれば、永遠の闇の生を与えたものを。愚かな……。
 ぐうっと男の手が伸び、ランドをつかもうとした。尖った爪の長さまでわかる距離に迫った時、天から降った一滴のしずくがその手に落ちる。白煙を上げ、男が苦鳴を上げてのけぞった。しずくはたちまち雨となり、男の体を焼き尽くしていく。男は絶叫した。
「こっちよ!」
 ロランの後ろに、小さなルナもいた。ランドはうなずき、走り出した。背後で呪詛を吐き散らす男の声が聞こえる。
 しかし恐怖はなかった。3人一緒だからだ。
 やがて目の前にまばゆい光が満ちあふれ、ランドを覆った。

 ランドは目を覚ました。こちらをのぞき込む顔が三つ。ルナと老薬師、カイルだ。
「……ロランは」
 久しぶりに出した声が喉にからみ、ランドはむせた。ルナがランドを助け起こして、水の入ったグラスを口に当ててくれる。甘く冷たい水が体に染み渡り、それでようやく落ち着いた。
「ロランは? どこにいったの?」
 いないことを不安がると、ルナは安心していいと微笑んだ。
「大丈夫よ、ちゃんといるわよ。外の空気を吸ってるだけ」
「そと?」
 がっかりした表情が出てしまったらしい。老薬師がほっほっと笑った。
「そう案ずるな。何も、あんたのことを忘れてしまったわけではない」
「いろいろ大変だったんだから」
 いたずらっぽくルナが笑い、ちょんとランドの額を指でつつく。
「ロランに感謝しなさいよ」
「……え?」
 意味を量りかねていると、とまどった顔のカイルと目があった。カイルははっとして、自分の唇を指先で押さえる。純情な頬が赤かった。
「……えぇ?」
 ランドはまだ、きょとんとしていた。


 もう少し眠った方がいいと言われ、ルナ達が部屋を去ったが、ランドは天上を見上げたまま眠れないでいた。
 世界樹の葉の薬効は、まさに奇跡だった。衰弱していた体力も、あっという間に回復したのだから。
 ロランが姿を見せないのが気になった。外にまだいるだろうか。ランドは体を起こすと、長靴を履いてそっと部屋の外に出た。




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