自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・84
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/11 10:01:21
ロランは宿の庭木の近くに腰を下ろしていた。時折、鼻を鳴らす息遣いが聞こえる。
――泣いているのだ……。ランドを救えた喜びか、つらい役目をやり遂げた安堵のためか。
ランドの胸が痛んだ。
一度、死を覚悟して別れの言葉を言ったのだ。助かるなどとは思っていなかったから、どう語りかけていいか迷った。
少し離れた所でランドが立ちつくしていると、ロランが気づいて振り向いた。許された気がして、ランドはロランの傍へ歩み寄った。
ロランが立ち上がらないので、ランドも隣に膝を抱えて座った。夜気に溶ける緑の濃い匂いに、今はまだ夏であると知る。
「……よかったな。元気になれて」
しばらく沈黙が続いた。ランドはずっとそのままでも良いと思ったが、ロランが先に口を開いた。
「……本当に、よかったよ」
ロランはランドを見て微笑した。ランドはロランの服装を見た。並の鎧より強度のある身かわしの服が、あちこち破けてひどいありさまだ。世界樹の葉を得るために、どれほど壮絶な戦いをしてきたのか。破れた跡を見ただけで、ロランの受けた苦痛がわかる。
「……ごめん。ぼくのために……。痛かったろう?」
「もう何ともないよ。ルナもいたから、死なずに済んだ」
「……ぼくは結局、君達に迷惑かけちゃったんだな」
ランドはうつむいた。
「いたずらに君達を悲しませて……危険な目に遭わせてしまった」
「そんなことない」
ロランは指の背でランドの頬に触れた。
「ランドが命を懸けてくれなかったら、僕もルナも呪いで倒れていた。ランドこそ、僕らの命の恩人だ」
「でも……」
「でも、はもう言うな」
ランドの目を見つめ、ロランは強く言った。
「後悔したのは、僕らも同じだ。みんな生きて、ここにいる。それだけで十分じゃないか」
「ロラン……」
くっすんと鼻を鳴らし、ランドは潤んだ声で言った。
「でもぼくは、君に申し訳ないよ。……だって、その、君の初めてをぼくが奪っちゃったみたいだし……」
「え?」
ロランはすっとんきょうな声を上げた。
「何のことだ?」
「だから……薬。ぼくに飲ませる時に、く、口で……」
「そんなことしてないって!」
うろたえてロランは否定した。う、とランドは声を詰まらせ、肩を落とす。
「そんなに力一杯否定されると、むしろ傷つくのはなんでだろう……」
「ごめん。でも、なんでそういうことになってるんだ?」
「いや、カイルさんが……」
口元を押さえて赤面していたと告げると、ロランは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。なかなか見られない表情だ。
「あいつ……勘違いしてるな。そうじゃない、ちゃんと器から飲ませたよ」
「そうなの?」
「そうだよ。ランドが暴れるから、指で口をこじ開けて、薬を流し込んだんだ」
「乱暴だなあ」
「しょうがないだろ。口移しなんかしたら、僕が舌を噛み切られるか、ランドが薬にむせて窒息するかもしれないだろう。もっとおとなしかったら、綿にでも含ませて少しずつ与えられたんだろうけど」
「ぼく、暴れてたんだ?」
ランドはますます申し訳なくなった。眠っていても厄介者だったとは。ロランは苦笑して、ランドの髪を優しく手でかき回した。
「きっとハーゴンの呪いが、聖なる薬を受けつけさせないようにしたんだな。うなされながら薬を嫌がってさ。取り押さえるのに大変だった」
「ほんとにごめんよ……。指、大丈夫だった?」
「噛みちぎられたとしても、ルナにベホマでくっつけてもらうから、いいさ」
ロランは笑った。たとえ指を失ったとしても、きっと後悔しないだろう。苦しいほどロランの気持ちが伝わってきて、ランドはまた洟をすすった。
「もう泣くなよ」
慰めながら、声の響きは「いくらでも泣いていい」と許していた。ランドの髪に差し込まれていた手が後ろにまわり、肩を抱いた。
それでようやく、ランドは自分がロランの傍にいていいのだと知った。
もうずっと前から、ロランはその答えを送っていたというのに――。それを信じきれず、かたくなになっていたのは、自分の方だったのだ。
「……ありがとう、ロラン」
ランドはロランを見た。ロランは小さくうなずいた。
「僕とルナも、同じ気持ちだよ。ランドがいてくれて、よかった。……ありがとう」
「ん……」
もう、言葉は必要なかった。ロランと旅に出て以来、初めてランドは心から安心していた。
部屋に戻ろう、とロランはランドの手を取って立ち上がった。歩きだす時も、なぜだかそのまま手をつないでいてくれている。
小さいころと同じだなぁ。うれしくなり、ランドは微笑んでいた。
(あの時の夢と同じだ。ハーゴンの誘惑の手から、ロランが助けてくれたんだ。ルナも……。きっと呪いは、それで解けたんだ)
ランドと部屋へ向かって歩きながら、ロランは内心いたたまれない気持ちだった。
今回の件で、自分は思いきり弱いところを見せてしまった。こうして、何もかも解決してから思い起こすと、顔から火が出そうだ。
その時に思ったことは本当の覚悟だ。心に刻んだ気持ちは変わらないが、あとで思い出話に持ち上がられると困る。
――ルナが老薬師とともに完成した煎じ薬を持って来ると、白い陶器の椀から放たれる清々しい芳香に、ランドが激しく反応したのだ。
眠ったままにも関わらず、獣のようにうなって胸や喉を掻きむしった。
「ランド、起きてくれ! 薬を飲むんだ!」
ロランはランドを起こしたが、ランドは目を閉じたまま悶え苦しんだ。意識は眠ったまま、呪いの影響を受けている体が拒否反応を起こしているらしかった。
「いかん、このままでは発作を起こした反動で死んでしまうぞ」
老薬師が取り押さえようとしたが、鋭く振り回されたランドの腕に阻まれる。
「――うああっ!」
もがきながら、ランドが痛ましい声で叫んだ。固く閉じられた目尻から涙が伝う。苦しいのだ、と察した時、ロランは思わずランドを抱きしめていた。
「ランド!――もう大丈夫だ、大丈夫だから……!」
幼子のように暴れ、もがく体を両腕の中に封じ込める。何度も名を呼び、語りかけた。
「……もう独りで苦しませたりしない。僕がいる。ルナがいる。ずっと一緒だ……」
ランドのうめきが、すすり泣きに変わった。ロランの声が届いたのだろうか。
おとなしくなった一瞬を見計らって、ロランはルナが盆に載せていた世界樹の煎じ薬を取ると、ランドを抱く方の腕の手を伸ばして、微かに開いた口をこじ開けた。すかさず薬を流し込むと、顎を唇ごと下から押さえて閉じ、嚥下をうながす。
むせることなく、ランドの細い喉が上下に動いた。三呼吸もすると、くまの浮いていたやつれた顔に血の気が戻り、乱れていた呼吸も落ち着いてきた。老薬師が、安堵の笑みをもらした。
「薬が効いたぞ。もう大丈夫じゃろう」
「よかった……!」
喜びにルナが両手を口元で押さえ、目を潤ませる。その後ろで、感激屋のカイルも唇をへの字にして涙をこらえていた。ロランはランドの容態が落ち着いてからも、まだ腕に抱えていた。額と額を触れ合わせて。
(勘違いしたのは、きっとそれだ。まったく、ランドまで変な気持ちにさせちゃったじゃないか)
宿の廊下で、かたわらを歩くランドを見ると、ランドは無垢に微笑み返してきた。それで、そういった心配は小さなことだと知った。
ロランも微笑み返す。
もし蒸し返されたら、笑って済ませばいいと思った。今のランドのように。