自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・89
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/14 08:59:05
王は剣を高く振りかざした。剣からまばゆい光がほとばしる。神々しい閃光に、デモニスが一瞬怯んだ。王は剣を構えて突進した。たとえ戦いに出ることはなくても、日々の鍛錬を欠かすことはなかった。その精華が渾身の一撃を放つ。
「でやあっ!」
王の袈裟がけの斬撃に、デモニスは絶叫してのけぞった。
「今だ!」
シルクスとカイルが一斉に飛びかかり、刃を叩きつける。デモニスはさらに苦鳴をあげ、どっと倒れ伏した。だが、すぐに立ち上がろうと弱々しくもがく。その口がまたベホマを唱えかけた時、ミハイルが手にした杖をかかげて声高に言った。
「魔の者よ、聖なる神の下に服従せよ!」
デモニスの体を青白く光る三角錐が覆った。ミハイルが結界を作ったのだ。
「うぬっ――」
びくっとデモニスの体が痙攣し、起こしかけていた体が、また動かなくなった。
「これでひとまず安心です。あとは、地下にある聖水と結界の牢獄に封じておきましょう」
デモニスを見おろし、ミハイルが言った。カイルは悔しい気持ちで悪魔神官の動かない背を見る。
「さっき、とどめを刺せばよかったのでは? 地下に閉じこめておくなんて、ぞっとしませんね」
「いや、ベホマが発動する直前にミハイルの結界が発動してくれたのだ。間一髪であったのだよ。また回復されては、こちらも次はなかった」
王がカイルを慰める。そうだったのかと、カイルは功を焦った自分を恥じた。
「そなた達もよくやってくれた。シルクス、カイル、そしてミハイルにガウディ。皆にも心から礼を言う」
王は慈悲に満ちた微笑で全員を見渡した。重傷者はいるが、命に別状がないのが救いだった。
「さあ、まずは怪我人の手当てを。力が残っている者は、この邪教の使者を結界牢に運んでくれ」
ようやく全員に安堵が広がり、それぞれが役目を果たしている間、王は座らずに皆を見守っていた。その姿を、カイルは憧れをもって見つめていた。
(こういう王様だから、ロラン様も立派になられたのだな。そして俺も、命を懸ける甲斐があるというものだ)
そこまで思って、はっとした。
「――そうだ、ロラン様が!」
いきなりカイルが大声を上げ、王もシルクス達もぎょっとして振り返った。
「ロランが、どうしたのじゃ?」
さすがに不安を隠せない王に、カイルはひざまずいて事の次第を話し始めた。
ロラン達の釈放は、翌日の昼頃に決まった。噂を聞きつけた老薬師ジンが、自ら出頭して証言してくれたことと、ローレシアに戻っていたカイルが、国王の親書を持って法王庁に掛け合ってくれたおかげだった。
疑いが晴れた3人は、法王ハミルトの間に通されていた。
「無実が晴れたこと、うれしく思います。そして、こちらの不手際でご無礼を働いたことをお許し下さい」
ハミルトはロラン達に恭しく礼をした。ロランが代表して礼を返す。
「いいえ、あなたが話のわかる方でよかったです。それに、こうして釈明できたのも、ジン老師やカイル、そして父のおかげですから」
「ロト3国の王家の方々が、ハーゴン討伐に立ち上がってくださったお噂は、このベラヌールにも届いております。拝顔した時にもしやと思いましたが、あの通り、審問官達は厳格ですのでね……。それでこの町の法も成り立っているのですが」
「それに関して訴えたいことは多いですが、ここではやめておきます。それより、あなた方も神の名の下に正義を行うのであれば、どうか僕達に力を貸してくださいませんか?」
「それは、こちらに兵を挙げろとおっしゃるのですか?」
「いいえ。私達、ロンダルキアへ近づくための道を探しているんです」
ルナが言った。
「おそらくそれは、この町に隠されている。そこまでは突き止めました。でも、肝心の場所がどうしてもわからないのです」
「……どこからその話を?」
穏やかだったハミルトのまなざしが、一瞬鋭くなる。ランドが言った。
「噂です。旅の戦士から聞きました。どうやらその噂の主が、この町に閉じこめられているらしい、とも」
ハミルトはまた、穏やかな面持ちに戻った。きれいに髭を剃った顎をなでる。
「なるほど。人の噂に戸は立てられぬといいますが、本当ですね。まさしく風のように流れていってしまう」
「では、事実なのですね」
「隠しても仕方がありません。ええ、事実です。しかし、私が簡単に道を教えてさしあげるわけにはいかない。たとえ、ロトの王族の方々でも」
「どうしてですか?」
ロランが険を見せると、ハミルトは微笑を消して言った。
「言ったでしょう。噂はどこからでも流れてくる。私はこの町を守る義務がある。私が道のありかを教えたという事実、その場所。いくらあなた方が言わずとも、誰かがそれを察して噂を流す。それはいずれ、ロンダルキアにも伝わりましょう。そうなったら、ハーゴンがどう出てくるか。その被害は?」
「……」
「しかし、言葉は悪いが、あなた方が勝手にやったことなら、誰もとがめはしません」
ハミルトはまた、穏やかに笑った。
「私どもは動けません。ですが、あなた方がすることをすべて許します」
「それは、こちらの探索を含む行動を黙認するということですね」
ロランが言うと、ハミルトはうなずいた。
「しかしロンダルキア頂上への道のりは険しいですぞ。そして、そこに至る道は、ただでは通れないのです。邪教に通じるには、その合い鍵が要るらしい」
「合い鍵?」
「私の従兄弟の賢者が、ローレシア北の湾に浮かぶ小島に祠を建てて住んでおります。あれもまた、ロンダルキアへの道を、神の予言を通じて調べている者です。訪ねてみるのもよろしいでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
ロラン達は丁寧に頭を下げた。ハミルトは祝福する仕草をした。
「あなた方に、神のご加護があらんことを……。武運をお祈りしております」
「おお、あんた方、無事でよかったな!」
法王庁から出ると、薬師のジンとカイルが待ち受けていた。ジンは孫を見るようにロラン達の顔を見て喜んだ。
「ジン先生のおかげです。このたびはありがとうございました」
ランドがお辞儀をして礼を言った。うんうん、とジンは笑顔でうなずく。
「まさかこんなことになるとはの。じゃが、法王様は聡明で慈悲深い方じゃ。きっと疑いが晴れると信じておった」
「カイルも、ありがとう。父からの親書もあったおかげだよ。機転を利かせてくれて、助かった」
「いいえ。お役に立てて何よりでした」
ロランの感謝に、カイルは微笑む。だが、少し元気がなかった。
「どうした? さすがに、疲れたのか?――そうだよな、気を張る出来事が続いたし……」
「あ、ええ、そうなんです」
指摘されて、カイルは取りつくろうように笑った。そして、もう戻らなければと言った。
「さっそくご無事をご報告してさしあげなければ。では、ロラン様達も、これからデルコンダルへの旅、お気をつけて」
「ああ、ありがとう。みんなにもよろしく」
ロラン達に見送られ、カイルは足早にその場を去った。町外れまで歩きながら、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。
本当は、城であったことをロランに話してしまいたかった。しかし、王から固く口止めをされていた。
――ロランも背負うものがある。無用な心配をかけたくない。時が来るまで、今回の件は黙しておるようにな。
(あの時の王様は、大変ご立派でしたよ。ロラン様にぜひ、勇姿をご覧いただきたかった)
口に出せない思いを胸で告げ、カイルは町外れでキメラの翼を天高く放り投げた。