Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・90

【炎の涙】

「あれが世界樹の島?」
「ああ」
 ランドは舳先で、霧がかかる峻烈な岩山の孤島を見ていた。かたわらでロランはうなずいた。ランドは感慨を込めて島を見つめていた。
 ――ベラヌールから船で東へ。ロラン達は再び、世界樹の島を訪れていた。
 世界樹の葉に命を救われたランドが、どうしても世界樹を見たいと頼んだのである。その航路だと、次に目指すデルコンダルはかなり遠くなってしまう。だが気をつけて進めば、船の備蓄はぎりぎりで足りそうだったので、ロランは願いを聞くことにした。
 もし食料が尽きたとしても、その時はランドのルーラの呪文でローレシアに行けばいい。デルコンダルはローレシアの南に位置する。そこから船で向かった方が近いのだ。
「ごめんね、無理言って。急ぐ旅なのに」
「いまさらだろ。ここまで来たんだ、上陸していこう。潮も引いてきてるしな」
 ランドが謝ると、ロランはおかしくて笑った。謝るのが遅すぎる。ルナも微笑む。
「きっと、見たら驚くわよ。本当に大きな樹なんだから」
 島は3人を歓迎してくれたらしい。ロランの読み通り、上陸できる小さな入り江が姿を見せていた。初めて来た時と同じように、近くで船を投錨すると、小舟で浜辺へ向かった。
「世界樹の葉って、どうやって取ってきたの?」
 樹へと通じる狭い谷を歩きながら、ランドが尋ねた。ロランが答える。
「祈ったんだ。ルナと二人で。長い時間……。そうしたら、いつの間にか手もとにあった」
「私達、葉が落ちてくるところを見られなかったのよね」
 ルナが苦笑する。ロランも、その時のことを思い出していた。
 ランドを救ってくれと、樹の前でロランとルナは祈り続けた。戦いの疲れもあって、ロランは根元にあぐらをかいて座り込み、ルナも腰を下ろして祈っていた。
 だが、なかなか樹は応じてくれなかった。徐々に日が落ちていき、月が昇ってきても、枝はそよとも動かない。
 願いを心に念じ続けるのも疲れ果て、もはや眠っているのか自分でもはっきりしていない。そんなうつろな状態で、ずっと待っていた。
 やがて満月が中天にさしかかったころ、ロランははっとして自分の手のひらを見ていた。いつの間にか、うたたねしていたらしい。目が覚めると、瑞々しい葉が一枚、手の上にあったのだ。
 ロランはルナに呼びかけ、急いでもと来た道を駆け戻った。そしてカイルの待つ船へ乗りこむや、キメラの翼を使ってベラヌールへと舞い戻ったのである。
 ルーラやキメラの翼は、人間だけではなく、付随する乗り物も一緒に目的地へ運んでくれる。船は、町の近辺の岸に接岸した状態でついてくる。
 だが接岸位置が使う人によってばらついたり、急に出現すると近隣に迷惑がかかるので、世界航海法や商人組合では、荷物の運搬のために移動魔法を使うことを禁じているのだった。ロラン達の場合は、緊急時であるのでやむを得ないといったところだ。
「そうだったのかぁ……」
 ロラン達が笑いを交えて話すと、ランドは感心したようにうなずき、それからことりと黙った。ロラン達もあえて笑って話したが、思い出すとまだ、胸が痛くなる。
 魔物の大群を前にして、よく生きて帰ってこられたものだと思う。そして、ランドが呪いと病を克服できたことにも奇跡を感じずにはいられない。
 やがて3人は世界樹の生えている盆地へたどり着いた。陽炎が揺らめく砂漠に、一本だけ生命のありかとして天にそびえる大樹を見て、ランドは言葉もなかった。ロランとルナも、何度見ても圧倒されてしまう。
 まるで導かれるように、ランドは樹へ向かって歩きだした。二人も続く。
「……あなたですね。ぼくを助けてくれたのは」
 樹の前に来ると、ランドはそう呼びかけた。巨大な幹に寄り添い、かつてロランがそうしたように、そっと額を押し当てる。目を閉じた。
「あなたの命を一つ、頂きました。おかげで、こうして生きていられます……ありがとう」
 樹に語りかけながら、ランドは自分が樹とつながるのを感じていた。押し当てた額を通じて、淡い緑色の光が閉じたまぶたの裏に知覚される。
 樹は言っていた。我が身を捧げて何かを救えることの喜びと悲しみを。
 ランドの魂に眠っている、これから浮かび上がるだろう呪文のすべてを、樹は次々と教えてきた。その最後の呪文の名を知った瞬間、ランドははっとして樹から額を離した。問い返したい気持ちで幹を見上げるが、樹は無言のままだった。
 その横顔が泣き出しそうに見えて、ロランは声をかけた。
「ランド、大丈夫か?」
「……あ、うん……。なんでもないよ」
 ランドが無理に笑顔を作ったとき、「見て」とルナが上を指さした。ロランとランドが見上げると、かすかに、目にすることができた。小さな何かがひらひらと落ちてくる。
「世界樹の葉?」
 かなりの時間をかけて舞い降りてきたそれを、ロランが両手で受けとめた。
「もう一枚くれるっていうのか?」
「ありがとう……」
 心を込めて、ルナが樹に礼を言った。ランドはどこか切ない目で樹を見上げていたが、数回まばたきをして、いつもの朗らかなまなざしに戻る。
「それ、使わないで済むといいよね」
「ああ、そうだな」
 ロランも微笑み、葉を傷つけないよう、大切に油紙に包んでポーチにしまった。
 それから3人は何事もなく船へ戻り、さらに東へ進んだ。目指すは、カイルが教えてくれた、炎の祠がある島だ。
(使わないで済むといいよな……。世界樹が教えてくれた、あの魔法もさ)
 せっかく我が身が軽くなったと思ったら、また重大なことを背負い込むとは。ロラン達が見ていないところで、ランドはこっそりとため息をついた。

 

 炎の祠は、その名に反して小さな神殿であった。緑豊かな孤島の丘の真ん中にあって、大理石の建築もほとんど朽ちずに残っている。
 ロランが入り口で山彦の笛を吹くと、山彦が返ってきた。間違いない、と3人うなずく。
 両開きの扉を開けて中に入ると、巨大な三つの祭壇にかがり火が燃えており、その下に、三つの旅の扉が神秘的な光の渦を揺らめかせていた。
「星の紋章は試練を挑んできたけど、ここはどうなんだろう?」
 ロランは美しい内装を見回した。何かが落ちている様子はない。
「また何か、あるのかしらね……」
 ルナも見回すが、特に何も見つからなかった。困ったねぇ、と、さして困っていない調子でランドが言う。
「とりあえず、ごはんにしない? ぼくおなかすいちゃったよ」
「まったくもう。あんたは本当にのんきねぇ」
「ははは。まあ、ランドの言う通り、少し休もうか」
 何かが起こる気配もなく、することも他にないので、昼飯の休憩を取ることにした。神殿の炎を借りるのは恐れ多かったので、表に出て薪になる木を手分けして拾い集める。
「……ん? なんだ、この木……。幹に何か刻んである」
 ロランは、神殿の裏に生えている大木に目を止めた。どうしたの、とルナが拾った枝を抱えて歩み寄ってきた。
「何か書いてあるんだけど、昔の字らしくて読めないんだ」
「なになに?」
 こちらの様子に気づいたランドも寄ってくる。ルナが幹に顔を近づけて判読し始めた。
「……まことの勇気とは何をもってそう言うのだろう。私にはわからない。
 私は、自分の正しいと思うことをやってきた。やがてそれは人々の称賛を浴びる結果となったが、代わりに失ったものも多かった。
 人々から勇者と呼ばれることに、私は素直に喜べなかった。もとより、誰かから崇められるために戦ってきたのではない。
 だから私は、大魔王を倒したあと、すぐに城を去ったのだ」




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