Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・91

「……どこかで聞いたような話だなぁ?」
 ランドが首を傾げる。ロランは、まさかと思った。
「これって、勇者ロトの日記じゃないか?」
「ええ?!」
「うそっ……! でも、そう言われると妙に真に迫っているわよね、この文章」
 ロラン達はまじまじと幹の文章を見つめた。まだ続きがあるわ、とルナが読み始める。
「私は帰りたい。母と祖父の待つ、上の世界へ。そして、もう一つの世界を救った報告と……父の最後を、愛する母へ伝えたい。母は、ずっと父の帰りを待っていたのだから」
「……お母さんとお爺さんが待ってたんだね。お父さんは亡くなったのか……」
 しんみりとした声で、ランドが言う。ロランは胸が痛くなった。
「上の世界に帰りたい……か。僕らにとってはこの世界が故郷だけど、勇者ロトには異世界だったんだもんな。家族の所へ帰れなくなって、どれだけつらかったんだろう……」
「大魔王を倒しても、勇者ロトは本当にはうれしくなかったのね」
 刻まれた文字をなでて、ルナがつぶやいた。
「そうよね。なんとなく、私にも気持ちがわかる。……喜んでくれる人が傍にいないのなら、何をしたって意味がないもの。ましてや、帰る場所がなくなったなんて……あんまりだものね……」
 千年以上もたってなお、刻まれた文字が消えずに残っている木は、そのものが奇跡といえた。だが、その碑文は誰にも読まれることなくあり続けたのだろう。木が生きている限り、これからも。
「勇者、か……。天とか神に選ばれし者だっていうけれど、ロトも、ご先祖様も、そう望んで生まれてきたんだろうか? 僕らだってさ」
 ロランは切なくなった。日記から伝わるロトの思いに、彼もまた、遙か昔に生きた人間だったのだと実感する。
「魔王を倒せる力があったから、それができた。苦しんでいる人を助けたいから、自分もまた苦しい道を選んで戦った。決して、人々に褒め称えられたいわけじゃなく……」
「……悲しいね」
 ぽつりと、ランドが言った。ロランとルナも、それ以上の言葉が見つからなかった。


 どことなく疲れた気持ちで、ロラン達はその木の下でささやかに昼食を取ると、誰ともなく、そのまま眠ってしまった。
 ロランは夢を見た。
 魔物が造ったらしい、禍々しくも壮大な宮殿の奥で、1人の16、7歳ほどの少年が壮年の男を腕に抱えて泣いている。腕の中の男は、どうやら父親らしかった。緋色のマントに美しい深青の鎧を身に着けた少年は、背に見覚えのある不死鳥の柄を持った剣を背負っていた。
 ロトの剣だ。ロランが感じたとき、少年は――勇者ロトは、今度は巨大な体躯を持つ大魔王と対峙していた。
 横に伸びる長い血の色の角に、額には巨大な目玉を持つ邪悪な顔をした大魔王は、真っ黒な闇をまとっていた。凍てつく波動と氷の呪文で襲いかかるそれに、ロトは手にした玉をかかげた。光の玉が燦然と輝くと、大魔王のまとう闇の衣を剥ぎ取った。
 どうやらそれで相手の力が弱まったらしい。勇者ロトは、3人の仲間とともにロトの剣をかかげて斬りかかった。
 ――また、場面が変わる。ラダトーム城で、王をはじめ多くの人がロトを称賛している。ロトが帰還した夜、盛大な宴が行われたが、ロトは宴の途中でそっと場をあとにした。仲間にも告げずに。
 身に着けていた鎧や剣は城の部屋に残し、彼は普段の旅装で、月夜の下を歩いていた。
 少し長い黒髪は、額にかからないよう青く丸い石の付いた頭環で留めている。赤く長いマントに青いチュニックと黄色いズボン、皮の手袋に長靴を履き、長剣を背負っていた。
 顔は整って凛々しく、まなざしにはローレシア1世と同じものが通っていた。――そうだ、ローレシア1世はロトの子孫なのだから、どこか似ているのも無理はない。
 そこまで思って、ロランはまた、悲しくなった。ロトはこの世界をさまよって、幸せだったろうか、と。
 血筋が残っているということは、彼がこの世界で生を全うしたことでもある。そして彼は、最後まで、上の世界に戻る手段を探していたに違いない。
 ロトもまた少年だった。あらゆる楽しみも、子どもらしく親に甘える幸せも捨て、その魂と体を世界に捧げた人間だった。
 ロトは、新たな旅に出る前に、ラダトーム城の賢者にこう告げられている。
 ――そなたの血筋を世に残しなさい。やがてそこから、新たに世界を救う勇者が生まれるだろう。
 そんなこと知ったことか、と、ロトは――ロランは悲しい憤りを感じていた。
 自分はそんなことのために、この世界に来たのではない。血筋を残すことさえも強要させるのは、つまり、この世界の柱になれということだ。縛りつけられてしまったのだ。勇者は、ロトという称号とともに、この世界に。
(それでも、あなたがこの世界を救ってくれたから、僕らはここにいる)
 悲しげな目で、どこへともなく歩き続けるロトを見つめて、ロランは涙を流していた。
(だからランドにも会えた。ルナもいる。守りたい家族や城の人達がいる。あの時、あなたがこの世界に来てくれたから……!)
「――ロト!」
 ロランは遠ざかる後ろ姿に叫んでいた。マントをひるがえし、ロトがこちらに気づいて振り返った――真っ白い光が広がり、ロランは目を覚ましていた。




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