Nicotto Town



アスパシオンの弟子67 覚醒(後編)

 当事者のベイヤート殿下は――自省の念を込めて、歌劇団の責任者とアズハルの肉親へ謝罪の手紙を送ってきた。

『御祖父上、私はアズハルを必ず探し出し、我が側室として宮に入れ、その子を認知する所存です。こたびの一件をどうかお許しください』

 肉親への手紙にはそう書かれていたが、俺は子供が無事誕生していることを殿下に黙っていた。アズハルが運良くつかんだ幸せを壊したくなかったからだ。

 そして殿下と歌劇団の関係は――

「私のアズハルをこんなひどい目に遭わせて! 絶対無理強いしたにちがいないわ。二度と、あの方の前で踊るものですか!」

 いまや歌劇団の座長になる勢いの舞姫アフマルが激怒したことで、山奥の国での公演は半永久的に中止となった。

 俺は妖精たちを幾人か山奥の国に出張させて雑誌社の支店を開かせ、殿下の一家がメキドに来るまで遠巻きに見守らせることにした。

 この雑誌社は業績がすごく伸びて、あっという間に大陸中に支店を持つに至った。きゃぴきゃぴのかわいらしい女性雑誌って、めちゃくちゃ売れるもんだなぁと感心しきりだ。

 運送会社も公然とポチでメキドを横断できるぐらいの規模の大会社になり、黒鉄鉱山から王都までの往復便が毎日行きかうようになり。途中の駅も、国の援助でいくつか整備されたほどだ。

 かように妖精たちの会社がどんどん発展していく中で。

 7360年、ついに……レンギの村に住むマミヤさんの子ノミオスに、「変化」が起こった。

 突然ノミオスが高熱を出して倒れ、一週間以上も臥せっている――と妖精たちが報告してきたので、俺はポチで急行した。

 いつものようにマミヤ一家の旧知の友人であるローズとレモンが村に入り、王都から買い求めた熱さましの薬を届けた。だがマミヤさんは、二人が家の中に入ろうとするのを謝りながら拒んだ。

 病気が移るからとのことだったが、おそらくノミオスの容姿がメニスのものに変わったせいで見せたくなかったんだろう。

 と思った矢先。ローズとレモンは村人たちに囲まれ、あれよあれよと村から追い出された。

「メニスをねらう者どもめ! 失せろ!」

 どうやら村に潜伏する「草」たちが前々から、ノミオスの父親がメニスだったことや、ローズとレモンは王都の商人の娘だから、ノミオスを王都に連れていって売ろうとしているに違いないなどと、村人やマミヤさんに吹き込んでいたらしい。

 その夜、アイテリオンの「草」とおぼしき村人たちがマミヤさんの家に入っていった。

 俺は収音機を内蔵した機械鳥を放って奴らの会話を聞きとったが、予想通りの内容で緊張した。

「マミヤさん、この子はあの商人どもから身を隠すべきだ。わしらに任せてくれ」

「そうだよマミヤさん、俺たちがノミオスをしばらく安全な処に連れて行ってやる」

「安心してくれ。俺たちはあんたの味方だ」

 村人たちはマミヤさんをうまく言いくるめてノミオスを外に連れ出した。

 俺たちはこっそり後を追った。

 奴らはすっぽりとフードつきのマントをかぶせられたノミオスを抱いて馬車に乗り、街道をずんずん北上し、夕刻に大きな旅籠に入った。

「白の御方は?」

「急ぎこちらに向かわれている」

「明朝にはここにおいでになるだろう」

 機械鳥から聞こえた会話によると、やはりアイテリオンに引き渡すことになっているらしい。

 白の導師は、これまで一度もマミヤさんに会いにこなかった。

 この期に及んでもじかに会いにこないで人に連れ出させるなんて……。

 ノミオスが父親のもとで幸せになるなら、俺は何も文句はない。メニスの里でつつがなく成長できるなら。故意に魔王にされないのなら。なにより、マミヤさんも一緒であるなら。

 なのに……。

 不安と怒りを抱えつつ、俺は妖精たちと隣の小さな旅籠に入って様子を窺った。

 その夜のノミオスの容態は重篤だった。

 高熱が出たのは、急激にメニスに変じている身体の想像を絶する代謝速度のせいらしかった。驚異的な速さで体の組織を作り変えているので、相当の負担がかかっているのだ。

 そうして明け方近く。

 突然の悲鳴に、うとうとしていた俺と妖精たちは目を覚ました。すぐ近くの大きな旅籠から響き渡る、すさまじい断末魔。これは……。

「お、おじいちゃん……ノミオスちゃんが!」 

「どうしよう」

 もしや最悪の事態に陥ったのではないかと、ローズとレモンが互いの肩を抱き合って泣き出した。

 だが。

 機械鳥からは、さらに幾人かのおそろしい叫び声と、ビシャ、とかグシャ、とかいう鈍い衝撃音が聞こえてきた。「草」たちがどうにかなったらしい。

「なんてこった。ローズ! レモン! 確認に行くぞ!」

 背筋を走る嫌な予感。

 まさかノミオスは成人しないでいきなり……?

「反重力ベルトを準備しておけ。俺は結界を張る!」

「はい!」「了解です!」

 大きな旅籠の従業員があたふた動き回り、物音に目覚めた客たちがおそるおそる部屋から出てくる中。俺たちはノミオスを探した。

 果たしてメニスに変じようとしていた子は、恐ろしいことにその両手に血まみれの「草」たちを引きずって二階の廊下をずるずる歩いていた。

 らんらんと光る紫の目。まっ白な髪。体から漂う、白い熱気。 

 やばい。

 これは――!

「ローズ! レモン! いったん退――」

 二人をおのが背に回したとたん。俺はいきなり後ろに吹っ飛ばされた。結界が割られないよう幾重にも張り、強度を強める。

 ノミオスが放っている気こそは、俺とソートくんがかつて倒すのに手こずった魔王のものと全く同じ。

 うなだれた貌からぽたぽた流れているのは、真っ赤な血。本来ならメニスの血はまっ白くなるはずなのに、ノミオスのそれは真っ赤なままで、紫の瞳から流れ落ちている。

 言葉にならぬ叫び声が、彼女の口から廊下を走ってきた。びきびきと俺の結界がひずんだ音をたてる。

「くっ! 半端な力じゃない」

 まだ覚醒したばかりだから、不意をつけば韻律でなんとか動けなくすることができる……という憶測は見事に外れた。しのぐので精一杯だ。

――「おや。繭にならぬうちに魔王化してしまいましたか」

 階段からはるかな昔聞き覚えのある声がして、俺は硬直した。ひらひらとまっ白な胡蝶があたりに飛んで来る。とたんに、ノミオスの凶気がやわらいだ。

 まずい。まずい。まずい! 

 オリハルコンの服を着ているけれど。その上からマントを羽織っているけれど。

 俺の存在を認識されたら、まずい――!!

 俺は即座に廊下の窓から飛び降りた。ローズとレモンも後に続く。

 窓辺に残った機械鳥が、白い導師の言葉を俺の耳に伝えてきた。

「繭から羽化するまで保護しようと思いましたが。この状態であればその必要はありませんね。フラヴィオスより先に覚醒するとは、素晴らしい」

 やっぱり……。

「わが子よ。そなたをエティアに運びます。周囲に恐怖をまき散らし、憎き人間であふれかえるかの大地を滅ぼすのです」

 やっぱりアイテリオンは、破壊のために子供を作ったのか……!

 白い胡蝶の気配が消えた。ノミオスの恐ろしい気も。

「ローズ! レモン! エティア王に緊急打診!」

 怒りに震えながら、俺は妖精たちに命じた。

「ただちにエティア入りする! ノミオスを保護するぞ!」


 一刻後、俺と妖精たちはポチに乗って北進していた。

 ポチは普段とは見違えるほどの速力で、出来上がったばかりの地下トンネルを抜けた。

 俺と妖精たちしか知らない、エティアへと抜ける道を――。



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2015/12/24 00:06
風雲急を告げるですね。
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2015/10/24 13:08
カテゴリ:家庭
お題:住みたい家

湖上のお城はロマンチックで私はかなり憧れなのですが、
ハヤトにはとても居心地が悪いところだったようです。
彼の住みたい家はやはり……
モフモフウサギがたくさんあふれてるところだろうなぁと思います。 
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2015/10/24 13:04
夏生さま

読んでくださり、ありがとうございます><
少年ペペが見てきたものは未来の自分が一生懸命創ってきたものの一部であり、
実はぺぺ自身のウサギだったときの体も……^^
長い長い戦闘準備が終わり、いよいよ戦いが開幕しそうです。
ぺぺが仕込んだものは上手く作動するのでしょうか。
続き、がんばります^^
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2015/10/24 12:59
よいとらさま

いつも読んでくださり、ありがとうございます><
じわじわと一族増殖中の妖精たち。
どこまで広がるのか。そしてどこまでがんばれるのか……
魔王を製造してしまうアイテリオンは本当に強敵です;
ついにペペが直接動き出したことで、
身バレしそうな危険な雰囲気にもなってきました^^;
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2015/10/24 12:53
優(まさる)さま

いつも読んで下さってありがとうございます><
ぺぺさんもそろそろ準備ができてきたようで、
ついに攻撃開始の予感です。
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2015/10/18 17:52
今晩は!

今日は、未読作品を一挙に拝読させていただきました。
気力の入った作品ですね。

過去に戻ったぺぺの作り上げたものが、現在に通じていく。
面白い構造ですね。歴史が大きな輪廻の輪のなかに組み込まれている。

さて、いずれぺぺは幼い自分自身と出会うのでしょうか。
これは興味深いステージに近づいたと、今からワクワクしています。

次作を鶴首してお待ち申し上げます。
あれこれ仕事も私事も慌ただしく、コメントが遅れて申し訳ありません。

m(_ _)m
アバター
2015/10/18 09:45
おはようございます♪

物流、出版、エンターテイメント。
国の動脈と神経と人心を把握したに等しい、すばらしい産業戦略です。
しかもどれもが怪しまれずにどこへでも入り込み、従業員が
行った先々で情報収集端末として機能するものばかり。
スタッフは優秀な赤毛の妖精さんですから、仕事っぷりも万全ときています^^

イベント「覚醒」発生。
白の導師の本拠地へ向かうペペさんと妖精さん。
何が起こるか、何を起こすか、続きがとても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪

アバター
2015/10/17 23:57
やはりそう来ましたね。

これからは歴史を塗り替えるには、大本を叩くしかない様な状態成って来ましたね。




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