自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・99
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/21 11:20:47
【怪盗のゆくえ】
絶海の孤島ザハンに、怪盗ラゴスが現れた――。
どこかで聞いたと思ったら、ロラン達は以前、その名を耳にしていたのだった。
山奥で古代からの水門を管理するテパの村で、ラゴスは水門の鍵を盗んだ後、姿をくらましているといわれていた。
情報の出所は、バルドスとの朝食の席だった。嵐のような闘技大会の翌日、ロランは早朝から呼び出され、バルドス直々にガイアの鎧を与えられた。あれだけ飲んでいたのに二日酔いも見せず、バルドスは元気だった。
ガイアの鎧は、下に鎖かたびらを着こんでまとう軽鎧だ。装甲は肩当てと胸甲、腰を覆う草摺と膝当てで成り立っている。一般的な甲冑より覆う部分が少ないが、玉のように輝く装甲部分の強度は鋼を遙かに上回るという。
装甲部には赤い縁取りが施され、青いマントも付いていた。全体的に華美ではないが、抑えた気品がある。
バルドスに勧められ、ロランはさっそく身に着けてみた。身かわしの服に慣れていた体にはさすがに重く感じたが、それでも一般的な鎧よりずっと軽く、動きやすかった。
「気に入ったか?」
にやにやするバルドスに、ロランは素直にうなずいた。見ていたランドとルナもうれしそうだった。勇者ロトが身に着けていたのだと思えば、感慨もひとしおだ。ロランの容姿にもよく似合っている。
お披露目が終わった所で、朝から肉を出される重い朝食を味わいながら、バルドスに今後の進路を尋ねられた。ロラン達は、これまでに得た情報を整理しながら、探しているものがある、と話した。
「なるほど、金の鍵と水門の鍵ねえ……」
こんがりと焼かれた骨付き肉をもしゃもしゃやりながら、バルドスは思い出したと言った。
「最近、ザハンにそいつが一度だけ現れたらしいな。なんか町の女にちょっかいかけたとか、くだらん噂が流れてきているが、何かを捕られたとまでは聞いてない。一体何しに行ったんだか。それ以来足取りはつかめてないな」
「はあ……」
ロラン達も返答に窮していると、バルドスは牢に行って囚人と話をしてよい、と許可を出した。
「悪党については、悪党に聞け、だ」
食事の後、ロラン達はバルドスの許しを得て、城内の牢獄に立ち寄った。そこで10年も服役しているという元傭兵が、ラゴスについて話してくれたのである。
彼はラゴスの一味だったが、ガイアの鎧目当てに侵入したが失敗し、彼だけ捕まって憂き目に遭っているのだった。
「ここから出してくれたら、あんた達にいいものをやるよ」
やつれた男は、元は精悍だったろう顔をにやりとゆがませた。
「出してと言われても、ぼく達は鍵を持ってません」
真正直にランドが応えると、男は低い声で笑った。
「それが、あるんだな。盗賊ギルドの本拠地には、鍵開けの達人が店を開いているのさ。そこで、あらゆる牢を開けられる鍵を売っている」
「ほんとですか?」
ランドをはじめ、ロランとルナも目を丸くする。
「ああ、そうさ。ラゴスは仲間を見捨てない。きっと助けにくると言って、ペルポイに潜入する手を探していたんだ。鍵開けの店は、ペルポイに潜んでるからな」
「またペルポイか……」
ロランは偶然に感心してしまった。地下に潜伏している町だが、世界の知名度はあらゆる意味で高い。選ばれた人間のみが住めると豪語されているが、まさか本当に日の下を歩けない人間の店があったとは。
「だが、鍵開けの店はめったなことじゃ牢屋の鍵を売ってくれない。盗賊ギルドでもそれは極秘にされていて、場所がペルポイにあるってのも、ラゴスがようやく突き止めたことなんだ」
会話に飢えているのか、男はおしゃべりが止まらなかった。
「そっから10年さ。きっとラゴスも、どっかで捕まっちまったんだな」
それ以上は、男から話を引き出せなかった。ロラン達は男に礼を言って、牢獄を出た。
「なんかかわいそうだね……。窃盗未遂なのに、10年も投獄されてるなんて。もし牢屋の鍵を買えたら、出してあげていいかも?」
サマルトリアより重い刑罰に、ランドは心底同情していた。ああ、とロランもうなずく。
「でも牢屋の鍵を手に入れるには、まずは金の鍵か」
バルドスの元へ戻りながら、ロランは腕組みした。
「金の鍵がどこにあるかわからないし、まずはザハンでラゴスのことを聞いてみるのはどう?」
ランドが言う。ルナもうなずいた。
「それしかないみたいね。一つ一つ、情報を集めていきましょう」
「そうだな」
ロラン達は丁寧にバルドスへ辞去を申し出ると、デルコンダルを後にした。また来いよ、とバルドスは笑って見送ってくれた。
月が満ちる時、潮もまた満ちる。海は恵みを呼び寄せ、人々に糧をもたらす。
太陽が生命を育むものなら、月は生命を生み出すものなり――。
巫女ナリアは月の女神を祭る神殿の中で、古くから伝わる祈りの言葉を唱えながら、そっとため息をついた。
ザハン島では、古来から独特の婚礼の儀式が行われる。男女は初夜まで体を結ぶことを許さず、この神殿でその時を迎えるというものだ。他の社会と違って、女性が優位とされ、女が自分に見合う男を選び、伴侶とする。
神殿は、普段人々が訪れる祈りの場ではない。婚礼以外の人間が立ち入ることを強く禁じている。
神殿は月の女神の身体であり、聖域だ。穢せば、未来を担う夫婦が生まれなくなると信じられている。
その守り手として、島では神殿に巫女を据えてきた。巫女は一生独身を通さねばならず、自分からなりたがる女はいない。
幸か不幸か選ばれるのは、女神に愛された女だけだ。ナリアはその稀な女だった。
今年で二十代も終わりになる。このまま穢れのない体で生涯、島の夫婦の幸せを見届ける役目に、少し疲れていた矢先だった。
小船を操って、数か月前に1人の派手な男が島にやってきたのだ。
顎が長く、お世辞にも美男ではなかったが、人を和ませる愛嬌があった。肩に巻いた白いスカーフと赤い短着はしゃれて見えたし、体つきも敏捷そうだった。もう40代近く見えたが、言動も若々しい。
神殿を訪れたその男は、ラゴスと名乗った。旅行者を装っていたが、ナリアは不審なものを感じていた。それでいて、洒脱な彼に目が離せなかった。
ラゴスはナリアを見初めて口説いてきたが、ナリアはかたくなに断った。自分はここを離れられないと言うと、それは残念、とさも惜しそうに笑った。
そして、自分はもう旅立たねばならないが、代わりにこれを預かってくれ、と言って、金細工の大きな箱を持ってきたのである。
何が入っているのかと問えば、世にも珍しい織機だと言った。神聖な場所にあってふさわしいものなのだ、と。
男が、お尋ね者の怪盗ラゴスだと知ったのは、ラゴスを追ってテパの村から来たという男達の話を聞いてからである。何か盗まれなかったかと彼らは心配してきたが、ナリアは首を振った。
「……盗まれたのは私の心、なんて……野暮ったくて言えないわ」
苦笑し、ナリアは再び祭壇の前で黙想しはじめたが、ラゴスと交わした、普通の男女らしいやりとりが脳裏に蘇ってきて、また切ないため息をついた。