自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・102
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/23 08:42:31
老人は、ドン・モハルと名乗った。顔も似ているが、名前までそっくりだった。だが、血のつながりはないという。
「ドンという称号は、匠のみ名乗れるそうですが……モハルさんも、そうなんですか?」
爽やかな香りのお茶と乾し果物のもてなしを受けながら、ルナが尋ねた。よう知っとるな、とモハル。
「お嬢さん、どこでそれを知った?」
「風の塔です。私達、風のマントを探しに行った時、日記のようなものを見つけたんです。それに書いてありました」
「なんと、わしの家にのぼったのか。あそこは魔物が多くて大変だったろう。よう頑張ったな、あんたら」
モハルが感心する。ロラン達は驚いていた。ランドが思わず指をさしてしまう。
「えっ、じゃあ、あなたが風のマントを作った人?」
「そうじゃよ。――ということは、わしの最後の作品を、あんたら持って行ったのだな」
「はい。おかげで大変役に立ちました」
ロランは微笑んで答えた。そうかい、とモハルは何度もうなずいた。
「それでいい。道具は使われてこそ道具じゃ。一族の掟に縛られて、わしもあの地でずっとマントを織っておったが……誰も使う者がおらんので、嫌気がさしてのう。一番気に入った作品を残して、あとは燃やしてしもうた」
「職人だなぁ」
今まで作ったマントも十分使えただろうに、燃やしてしまうとは。ランドはそこに感心してうなずいた。
「掟でマントを織っていたんですか?」
ロランが眉をひそめると、モハルは茶をすすって目を逸らし、苦い顔をした。
「くだらんことよな。ただ先祖からの伝承を絶やさぬようにという理由で、何の楽しみもなく仕事をさせられるっつうのはな。モハメの方は水の羽衣がもうかるから、一度仕事があったら1年は生活していけるが、こっちは無理、無理。だから普通の布を織って、ムーンペタの町まで売りに行って暮らしを立てておったのよ」
「そうでしたか……」
苦労をしのび、ランドは同情して眉を下げた。ルナがまた尋ねる。
「あの日記、新しく見えたんですけど、モハルさんはここに住んで長いみたいですね」
「ああ、もう何年もたつ。あの部屋は物が劣化しにくいから、日記も古びなかったんじゃろ。……しかし、ここに来て良かったわい。なにせどこを見てもおなごばかりじゃ。ええのう、実にええのう」
どうやら根っからの女好きらしい。しかし妙な下心はないようで、あっけらかんと笑った。
「それで、モハルさんはここで機織りを教えていると?」
「ああ。来て良かった理由の二つめは、教え甲斐があることじゃ。おなごは働き者で、興味をもったことには人一倍熱心じゃからの。ここのおなごらは筋がええ。わしもいい余生が過ごせておるわい」
教えているのは、風のマントではなく普通の織り方だとモハルは言った。
「もうあんなもんは、ない方がいいんじゃ。どうせ誰も使わんのだし、材料となる糸も採れなくなったしな。廃れていくこともまた、運命。何かが滅びれば、次にまた新しいものが生まれてくる。それが世の理じゃてな……」
湯呑みを両手に持って、モハルは一瞬遠い目をした。
「じゃが、まさかまた、聖なる織機に再会するとは思わなんだ。わしはもう、あれを見るのも嫌で、自分の分はすべて壊してきたんじゃがな」
「また? どこでそれを見たんですか?」
ロランが訊く。神殿前じゃ、とモハルは言った。
「神殿の巫女のナリアが、よそから来た男と親しげに話しておった。そいつが背負ってた金色の箱、あれが聖なる織機よ。箱自体が織機の組み立て前の姿なんじゃ。鍵となる人魚の像が背面にあったから、すぐわかったわい」
「どうやって組み立てるんですか?」
「箱にはめられている人魚の像を外すと、箱が分解する。あとは手作業で組み立てる。箱の姿になるのは、持ち運びをしやすくするための工夫で、魔法ではない。組子細工のようなものなんじゃ。そして組み立て方法は、織り手しか伝えられておらんのよ」
「すごいなあ」
とランド。褒められて、モハルはわずかに目を細めた。
「じゃがナリアは、箱が織機だと知らんようだ。あのキザ男も聖なる織機と知って盗んだのじゃろうが、箱の姿のまま動かせないもんだから、売ることもできず、もてあましたんじゃろうな。体よくナリアに押しつけていたぞ」
「ひどいわ……。その人って鼻持ちならない奴ね」
「ありゃどうも、ラゴスらしいぞ。住民が噂しとったが。大した泥棒らしいのう」
「ラゴス!?」
ロラン達は思わず声を合わせていた。モハルは面白そうに3人を見る。
「探してたんかい? そりゃあ奇遇なこともあったもんじゃ」
そして、さもおかしそうに笑ったのだった。