Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・104

「ラジェット、おいで~?」
 いなくなったラジェットを探しながら、シエナは途方に暮れていた。
 ゆうべ、ラジェットの首に縄を結んで逃げられないようにしたのだが、ラジェットは首輪をひどく嫌がって悲しそうにしていた。かわいそうになって、つい外してしまったのだが、これ幸いにと、ラジェットはまた、朝からどこかへ出て行ってしまった。
 今までは、勝手に放浪する癖はなかったのだ。夫の長い不在で、犬も心配になっているのだろうか。人の気を引きたがるのは、タシスンのことを探そうとしているからかもしれない。
(いけない、不安になっちゃ)
 胸に黒雲のごとく沸き起こった感情を、シエナはかぶりを振って追い払った。その視界に、見かけない3人連れとラジェットの姿が入る。
「旅の人かしら? あ、ラジェット、あの人達にも粗相を?」
 少年達は優しそうに見えたが、万が一ラジェットが噛みついては大変だ。シエナは後を追った。


 犬は、とあるヤシの木の根元に来ると、ルナ達を見上げて尻尾を振り、何度も吠えた。
「ここに、何かあるのか?」
 ロランはしゃがむと、犬の足元を調べた。そこだけ草の丈が短い。掘り返した跡だろうか。
「きっと宝物が埋まってるんだよ。骨かな?」
 ランドが微笑ましそうに言い、犬の頭をなでた。犬はうれしそうにランドの手のひらに頭をすり寄せる。
「自分で掘ればいいのに……どうして人を呼ぶんだろう」
 ロランが言うと、ルナは犬を見て、
「きっと、許可を与えてもらわないとできないんだわ。そう教えられているのよ」
「あ、そうか。ずいぶん賢いんだな」
「あなた、ここを掘っていいわよ」
 ルナが犬に言って、地面を指さした。犬はすぐに前足で地面を掘り始めた。すごい勢いで土が飛ぶ。
 やがて小さな穴が開き、犬はふんふんと鼻を中へ近づけた。
「箱?」
 ルナは手が汚れるのも構わず、小箱を穴から取り出した。手作りらしい、質素な木の箱だ。蓋を取ってみると、白い布にくるまれた何かが入っていた。
「骨じゃなさそうだけど……」
 ランドも顔を近づける。ルナは布をほどいてみた。手のひらにずしりと重い金色の鍵が現れる。見た途端、ランドが叫んだ。
「金の鍵だ!」
「ええっ?!」
 ロランとルナはびっくりした。小さな紫色の宝石を象嵌したそれが、まさかあの、金の鍵とは。
「間違いないよ。家に伝わる文献で、図を見たことがあるから。こんな所にあったのかぁ」
 世界に散らばる金の鍵の一つが、昔、サマルトリア王家から盗まれてしまったとランドは話していたことがある。ルナの手の上にあるものは、巡り廻(めぐ)ったその品なのだろうか。
 犬が、ふいに伏せていた体を起こし、ロラン達の背後を見てうれしげに吠えた。振り向くと、女性が一人、呆然としてこちらを見ていた。

「ご迷惑、おかけしませんでしたでしょうか」
 その犬の飼い主だという女性――シエナは、ラジェットを呼び戻すと、申し訳なさそうに言った。
「いいえ。とってもいい子ですわ」
 ルナが微笑む。シエナはまだ、何か謝りたそうな顔をしていた。ランドが促す。
「どうされました?」
「あ、いえ……。その鍵のことなんですけど。もしかして、あなたの持ち物なのですか?」
「いや、そうとも言い切れないんですが……。ただ、これがシエナさんの宝物なら、すみませんが、お譲り頂きたいのです。もちろんお礼はいたします」
 ランドが丁寧に言った。ランドの物ではないと知って、シエナは少し安心したようだった。
「いえ、私はそれを初めて見たんです。だから、ラジェットがどこかから取ってきたのかと思って」
「犬は、自分のために隠した物のありかを人に教えたりしませんわ」
 ルナは、ラジェットを見つめた。ラジェットは、箱に入っていた布に鼻を押し付け、時々かじって遊んでいる。
「きっとこの子、これがここにあるって、誰かに知らせたかったんだと思います」
「見つけてほしかったと?」
 シエナはラジェットを見下ろした。ラジェットはうれしそうに見上げている。
「ええ。これでその子も、もう誰かの裾を引っ張ったりはしないでしょう」
「そうだったんですか……。そのことで、ラジェットが町の人に迷惑をかけていたものですから。安心しました」
 ラジェットの前にしゃがんで、シエナは犬の頭をなでる。すぐに立ち上がって、ランドに微笑む。
「私には心当たりがない品ですから、どうぞ、それ、持って行ってください。お礼は必要ありませんから」
「では、お言葉に甘えて。ご厚意、感謝いたします」
 ランドは丁寧にお辞儀をした。島の住民にはない洗練された振る舞いに、シエナは面はゆい顔をした。それが、ふいに曇る。
「でも、そんな立派な鍵、町の人が持ってるようには見えなかったわ。もしかしたら、私の夫タシスンの持ち物だったのかも……」
 ひとり言を言っていると気づいて、シエナはぱっと顔を上げた。
「あ、ごめんなさい。もしそうだとしても、そんな風に隠しておくものなら、きっと後ろめたい物なのでしょう。押し付けるようで申し訳ないですが、どうか、お持ちになっていてください」
 シエナは頭を下げると、布をくわえたラジェットを連れて帰っていった。あとにはロラン達が残された。
「これでよかった……のかなぁ」
 ルナから受け取った金の鍵を見つめ、ランドがつぶやいた。ルナは遠ざかるラジェットとシエナを見つめ、ぽつりと言った。
「タシスンさんにずっと会えなくて、寂しくなっちゃったのね、あの子」
 ルナは悲しげに、小さくなっていく犬を見ていた。
「だから、思い出の品を掘り返して、匂いをかぎたかったのね。あの子は、タシスンさんが帰ってくるって信じてる。……もう、帰ってこない人を……」
「あ……」
 ロランとランドは痛ましい顔をした。
「そうか……。ザハンの漁船は、魔物に沈められてしまったから……」
「タシスンさんは、どんな気持ちでこの鍵を隠したんだろうね……」
「本当はシエナさんに掘り返してもらいたかったのよ。タシスンさんは、鍵の意味を知っていたんだわ。でもシエナさんが気づかなかったから、ラジェットは手当たり次第に人を呼んだのね」
「そうか、彼はぺルポイに入れる鍵だって知ってたのかもしれないな。だけど、他の人に知られたらいけないものだったから、奥さんにも秘密にしていたんだ。落ちているのを拾ったか、盗んでしまったから……」
 ロランも納得がいく。
「……それが廻って、ぼくらの元に来るなんてね……。お前、それでよかったのかい?」
 と、ランドは金の鍵を見つめた。答えるものはなく、海風がヤシの葉を揺らした。




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