アスパシオンの弟子68 開戦(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/10/24 10:36:26
アイテリオンがエティアに魔王を放って滅ぼそうとしている理由。
十中八九それは、エティアが北五州を属州としたからだろう。
メニスの里である水鏡の寺院は、北五州のほぼど真ん中の地中にある。つまり白の導師は、自分のナワバリに迫られたと感じたのだ。
もともとソートくんとの契約で渋々国家として認証するまで、アイテリオンはエティアを「違法な技で建てられた国」だと非難しまくっていた。
気に入らない国が大陸を征服しようとしている。メニスの里を脅かそうとしている。
白の導師はそんな危機を感じたのに違いなく。
そしてそれは――間違った感覚ではない。
『エティアは、第二のメキドです』
エティアの建国に尽力したソートくん自身が、そう断言したのだから。
「おじいちゃん、エティア王宮詰めのブランから返信です。エティアの国王陛下が、おじいちゃんとじかに話したいそうです」
「了解ローズ、繋いで」
ポチがエティアに入ってほどなく。俺は水晶玉でエティア王ジャルデ・アキューと交信した。
『おジイ、元気か?』
手のひらの水晶玉から聞こえてきたのは若い少年の声。ジャルデ陛下は即位してまだ数ヶ月。十五歳だ。
――『エティアは、ピピ様のために動いてくれるでしょう』
ソートくんの言葉通り、代々のエティア王は俺たちの頼もしい味方になってくれている。
「困ったときはエティア王国最高機密『おジイ』を頼れ」と、ソートくんがエティア王家に遺言を残してくれたからだ。
現在俺の妖精たちは侍女兼間諜として王宮に入っているだけではない。エティア王家は妖精たちの事業をひそかに後援してくれている。
「陛下、警戒してくれ。近日中に王国内に魔王が出現する」
『了解。神器の騎士を招集するよ』
神器の騎士とは建国の英雄の魔道武器を代々継承している護国卿のことで、ジャルデ陛下自身、六人いるその騎士のひとりだ。ソートくんの魔道武器の中で一番扱いが難しい「覇者の宝冠」をやすやすと御す、とんでもない戦士だったりする。
『しっかしあの白銀野郎、やっぱり動いてきたか』
そして学問よりも戦闘訓練が大好きでがさつで脳筋だ。
『数十年計画で魔王製造して投入とか、長命なメニスらしい計画だなぁ。ま、うちもアイテリオンを刺激しないよう北五州併合は百年計画でやれって、大鍛冶師に指示されてたけどな。でもうちのおばあちゃんがおじいちゃんと世紀の大恋愛しちまったもんだから、そういうわけにもいかなくなってよ。それで約三十年ぽっちで北五州征服を達成しちゃったわけだ。いやー、愛の力ってすげーよなぁ』
今上の祖母である先々代女王が金獅子家の当主を王配にしたのは、何を隠そう純粋な乙女の純愛のためだった。
この婚姻は女王の母君が金獅子家の傍流出身であったためになんとか実現したが、エティアの拡大を恐れるアイテリオンは最後まで反対した。
「大陸諸国を脅かす政略結婚は認めない」と大陸同盟からゴネゴネの声明を乱発したので、エティア王家と金獅子家双方が大量に賄賂を贈ったり政治的な裏取引をしまくって奴を黙らせた経緯がある。
『それで、おジイは王宮に来てくれるのか?』
「ああ。お城の発着場を使わせてくれるかな」
『了解、待ってるぜ!』
それからほどなくポチはトンネルから地上に出て。
「偽装解除!」
本来の姿に戻り、深い森の真っ只中から飛び立った。
「第一外装及び積荷格納完了。両翼展開! 全速飛行開始!」
コウモリのような大きな膜翼。爬虫類のような胴体。
スメルニアが開発保有している、みるからに金属製の鉄竜とは全く違う、滑らかな鱗肌。前足が翼に進化した翼竜タイプではなく、ちゃんと四肢を持ち、その鱗も翼の襞も爪の筋も瞳の充血もみな「本物」。むろん、脳みそもある。
『起床、イタシマシタ』
「おはようポチ」
ポチは、いにしえのドラゴンそのものの姿形をしている。
神獣は生身の巨大な獣に機械臓器を組み込んで創られたが、俺のポチは、金属様細胞百パーセントの新生物だ。
この特殊な細胞は試行錯誤の末に俺が創りだしたもので、原子構造が限りなく金属に近い。ちゃんと塩基展開して、自己補修――つまり新陳代謝する。細胞には流体性質があり、普段身にまとっている外装を皮膚内に沈め込むことで格納することができる。
ちなみにポチ1号もこの金属様細胞で作った生物だったが、いかんせん動きがのろすぎた。しかもソートくんがいろいろ好きに改造しちゃったので、見た目がそこかしこ尖ってて手足の長い超かっこいい戦闘ロボットにしか見えなかった。まさか主人の騎乗席を頭のてっぺんに後付けで乗せるとか、ロケットパンチまで装備されるとは。
しかもポチ1号は先の魔王戦で壊されたショックで、泣いて逃げだして今も行方不明。脳みその性格は「気は優しくて力持ち」にしたし、エサの石炭をある一定期間食べないと冬眠するようにしたから、人間に害を与えることは絶対にない。たぶんどこかの山奥にでも隠れて眠っていると思われるので、妖精たちを使って根気強く探し続けている。
エティアの王城にある発着場に降りたった俺たちは、再びポチを四角い蒸気車の外装の中で眠らせて国王に謁見した。
「おジイ、その魔王となったノミオスとやらは普通に倒していいのか?」
少年王ジャルデ・アキューは腕組みして、玉座の周りをせわしなくうろうろ。一度も玉座に座らなかった。
「だめだ。俺が保護するから、陛下は宝冠の力で封印するだけにしてくれ。極力、怪我をさせないようお願いする」
「うっほ。難易度一気に上がったな。了解。まあ、盾役は任せろ。俺も前線に出る」
陛下が盾になどなってはいけません、と大臣たちは苦言を呈したが、エティアの今上はカラカラ笑った。
「玉座におとなしく座ってるなんて性に合わねーよ。万が一の可能性もないだろうが、もし俺に何かあったら跡目は弟に継がせるってことにしてるからいいだろ? そのためにもう王太子にしてるんだし」
翌日。気さくな少年王と召集された神器の騎士たちとともに、俺はエティア東端の町に急行した。町にいきなり魔物があらわれた、という急報が入ったからだ。
「おジイ、そんな薄い衣一枚で戦えないだろ? こいつを着ろよ」
出掛けに少年王から全身鎧を渡され、騎士の格好をしろといわれたが。オリハルコンの衣を脱ぐわけにはいかないし韻律の心得があるからと俺は固辞して、兜だけ借りることにした。
ポチに乗ってエティアのローテクな気球船についていき、現地に降りたった時。
「おじいちゃん! 念のためにこれを」
ローズがポチの外装格納室あたりから長い箱をずぶずぶ引っ張り上げた。
「お? これは……」
「これにはお父様が作った破壊の目の機能がついています。いよいよの時は、これでノミオスちゃんの魂を吸い込んで確保してください」
箱を開けるなり。
中に在る物が、ぷはーっと息を吐くような音を立てた。
『っはあああ! 外の空気いい! おいしーいでえーす! なんですかこの、554424時間33分22秒ぶりのおいしい酸素と二酸化炭素とチッ素と音素はぁ。すっばらしいでえーす』
「あー、えっとあの」
『おやあなた誰でしたっけ? 我が主じゃございませんね。我が主にして剣の英雄スイール・フィラガーはどこです?』
その物体はとても明るく快活な声で聞いてきた。
まるで、人間のように。
老いたら重装備では動けん ><;