Nicotto Town



アスパシオンの弟子68 開戦(後編)

 箱の中にあるのは美しい大剣だ。柄には黄金竜の象嵌が施され、その先端には大きな赤鋼玉がひとつ煌めいている。

 変な声の出所はそこからだ。

 俺はため息をつきながら大剣を出して背に負った。

「赤猫ちゃん。だから剣の英雄スイールは死んじゃったって、前に言ったでしょ」

 ソートくんが隠居してて本当によかったと思う。

 彼が作ったこの剣には、遠い星からやって来た伝説の剣の蓄積情報の完全な複製の中に赤猫という子の魂が封じられているんだが……

『あー、そうでしたね。あなた私にそう言いましたね。554422時間3344秒前に会いました時。ええとぉ、あー、思い出しましたよ、私の主人スイールは私が大鍛冶師に修理に預けられている間、神聖暦7305年に戦死したとおっしゃいましたね。たしかあなたはポポさん! いえ、パパさん! あれ? ププさんでしたっけ?』

「ピピだよ」 

『あー、そうでしたね。すみませんね、最近とんと物忘れが激しくて。なにせ一万とんで九百年以上生きてるものですから、私』

 やっぱり……ソートくんがいなくなった直後と全く同じ状態だ。記憶能力がいかれてる。

『しかしあなたは私を使えませんよ、ボボさん』

「ピピだってば」

『英国紳士は、主人に操をたてるのです。主人と別れてきっかり百年たちませんと、私は新しい契約はできないのでございます。ええ、きっかり8544000000時間後じゃございませんとね。ですがこれはこの惑星グリーゼの公転周期ではなく私が以前おりました青の三の星の公転周期できっかり百年ということでございましてこちらの星の周期で申しますと848ヶ月88時間8分後のことでございまして私と契約できますのは要するにあと――』

「赤猫ちゃん、息継ぎなしでまくしたてないで。ていうか融通とか柔軟性って言葉を知ってる?」

『は? 何をおっしゃるのですか。私は猫ではございません。剣でございますよ。あなたの眼は節穴ですか、ドドさん』

 ……これ、オリジナルの蓄積情報を正常に継承してるかどうかも危ういよなぁ。

 ソートくんが溺愛した、あのか細くて今にも折れてしまいそうだった、かわいい赤猫。その片鱗はほんの少しも……

 

――『心配だったんだ。もし剣の蓄積情報に呑まれて、僕のこと忘れてたらどうしようって……


 ごめんソートくん。君を悲しませたくなかったから、俺は君に嘘をついた。

 赤猫は君を覚えてない。ほんの少しも。

 微塵も、君の事を覚えてない――。





 かつて俺とソートくんが倒した魔王は、魔界の入り口を開けて魔物を地上に放った。

 魔界とは、この星に広がる地下世界のこと。そして魔物とは、地下に巣食っている眠れる原始生物を指す。魔物は太古の昔、メニスがこの星に移住してきた時に御した先住民族であり、メニスの王が「世界をリセットする」時に必ず利用する生きた武器だ。

 先の魔王は魔物の捕食本能を強化改造して大陸中に放った。魔物の食欲はすさまじく、当時何万もの人間が頭からぼりぼり食べられて、大陸諸国を恐怖に陥し入れた。

 今回町に出現した魔物は六体。まさしく先の魔王が操ったものと同じ生物で、その姿はさながらどろどろした泥人形だ

 大きさは三階建ての家ほどで、すでに相当人間を喰っているサイズ。こいつらはエサを喰らうと驚異的な速さで数十倍に巨大化し、一定の大きさに達すると分裂繁殖するので厄介だ。

 しかし一体、どこから湧いて出てきたのか。

 先の魔王戦で、俺とソートくんが魔界への入り口をしらみつぶしに潰しまくったのに。

 誰かがどこかから運んできたんだろうか。俺たちが立ち入れない所に魔物の巣があり。そこから誰かが――

「まさかメニスの里に培養所があるのか? アイテリオンの膝元に……」

 生まれたばかりの魔物は手のひらのボールほどで、動かなければ岩と変わらない。簡単に大量に持ち運びできる。

 魔王退治経験者の俺は、神器の騎士たちに指示を飛ばした。

「こいつらは、オリハルコンの魔道武器で胴体の核を砕けば倒せる。見た目によらず敏捷だから、捕まらないよう注意してくれ!」

「了解おジイ! 任せろ!」

 育ちきった魔物が、騎士たちの目の前で子供をぼたりと産み落とした。敵はあっという間に十体以上に増え、町中に散っていった。

 しかし普段からきつい訓練をしてきたのだろう、神器の騎士たちの動きは冷静で見事なものだった。

 杖の騎士が結界を張って仲間達を護りながら光弾を放つ。

 竪琴の騎士が妙なる調べで魔物を同士討ちさせる。

 飾り輪の騎士が伸縮自在の鋼鉄の輪で魔物を輪切りにする。

 弓の騎士がすばしこく駆け回る魔物の子供を射て動きを止める。

 槍の騎士が次々と魔物の胸の核を突いていく。

 そして少年王ジャルデは……

『たゆたう時の流れよ、わが手の上にて契りを結べ!』

 宝冠の力で魔物の周囲の空間の時間を凍結させ、身動きできなったところを剣で一刀両断。

「うは! みんな強いなぁ。でもやっぱりあの宝冠はチートすぎるってば」 

 宝冠から発する三本の光の潮流で、時間流を止める泉のような空間を数秒間だけ発現させるとか、ソートくんって一体どんだけ天才なんだろう。 

 光の渦が少年王の手から放たれて小さな静謐の空間を創造するのを見る度に、俺はなんて美しい放電なんだと見とれてしまった。

「ていうか。赤猫ちゃん、君もちょっとは協力してよ。その刃、神器と同じオリハルコン製でしょ? 君も魔物を倒せるはずだ」

『はあ? だからあなた、私の主人じゃございませんでしょう。私、主人以外の人の命令はききませえええん』 

「ちょおおおお!」

 結局赤猫は高みの見物。俺は一、二度オリハルコン製の網を放って魔物を動けなくする援護をしたぐらいで、無事戦闘終了。

 こうして大して時間もかからず魔物を鎮圧できたものの。司令塔となって魔物を動かしているはずのノミオスは、どこにも見つからなかった。

 この騒ぎは陽動か――俺たちがそう読んだ通り、その日のうちにエティア各地で魔物出現の急報が飛び交った。

 まるで種をまいた畑から、芽が一斉ににょきにょき生えてくるように。

「いやなバラ撒き方だなぁ」

 敵は魔物ボールをせっせとエティア各地に置いていってるらしい。

「おジイ、雑魚処理は任せろ。司令塔を探せ」

 少年王が現場で被害状況を把握しつつ、神器の騎士を頭とする六つの師団を作り、王国全域に展開させる手はずを整えている合間に。俺は奥の手を使ってノミオスを探すことにした。

 覚醒した魔王は、王家の血統のメニスにしか出せない特殊な波動で魔物を制御する。あたかも灰色のアミーケが、魔人である俺を操ったように。

 そう。つまり……

「ローズ、レモン、俺は今からノミオスの波動を受信する。やばくなったら俺にオリハルコンの衣を被せて抑えてくれ」

 魔物を操る波動は、魔人を操るそれと全く同じ。

 魔物たちは、変若玉(オチダマ)に似た反応物質が体内にできあがるよう遺伝子改造されている。その反応物質が凝縮したものが魔物の核だ。

 幸い本物の変若玉と違って魔物は不死身にならない。ゆえにオリハルコンの武器で核を破せば、魔王の命令を遮断して退治できる。

「い、行くぞ」

 何度も深呼吸して、青い衣を脱いだとたんに――

「うがああああっ!!」

 俺はのけぞって地に膝をついた。

『破壊! 破壊! 破壊せよ! 破壊破壊破壊破壊!!

 強烈な怒号が、脳髄を刺してきた。


間ども殺せ!!


 ノミオスの、絶叫が。

 

#日記広場:自作小説

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2016/01/11 23:00
次回、ノミオスと決戦?
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2015/10/30 16:53
MC202さま

読んで下さってありがとうございます><
るろうに懐かしいです~^^
実写映画とかありましたね。
しかし完結編のアニメの結末がすごい暗い内容だったそうで
私はいまだにそれはこわくて見てなかったり^^;
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2015/10/30 16:48
よいとらさま

読んで下さってありがとうございます><
身バレを恐れ続け隠れに徹していたぺぺですが
ここで動かにゃだれがやるとついに腰をあげました。
しかし自身が封印されるXdayまではまだ何年間かあり……
トルナートが被る革命もまだ。
大丈夫なのかぺぺw
と作者ながら心配です@@;
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2015/10/30 16:43
優(まさる)さま

読んで下さってありがとうございます><
ついに動いたぺぺ、アイテリオンと直接
対峙しそうな雰囲気になってきました。
どうなるのでしょうか……
続きの執筆がんばります・ω・>
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2015/10/30 16:42
夏生さま

読んで下さってありがとうございます><
ついにぺぺが自ら打ってでました。
これから師匠との再会とラストまで
一気に走り抜けたいと思います。
がんばります・ω・>
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2015/10/27 07:11
剣やソートで るろうに剣心 連想してもた
逆刃剣ってホンマに有るもんなぁ
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2015/10/25 11:05
おはようございます♪

魔王を覚醒させ戦端を開く白の導師。
迎え撃つ王国の精鋭部隊。
魔物の司令塔の無力化にとりかかるペペさん・・・

トンネルを抜けると、それまで沈黙していたラジオが元気良く鳴り出すように、
波動の暗幕から出たペペさんに聞こえてきたものは、
軽快なおしゃべりでも音楽でもなく・・・呪われた絶叫。
基地局の一斉制御チャンネルのみを使って流される無慈悲な指令・・・

大きなリスクと引き換えのペペさんの作戦の行方はどうなるのでしょうか。
先がとても楽しみです^^

いつも楽しいお話をありがとうございます♪




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2015/10/24 20:52
抑え込むのは出来るのですかな?

今回の仕事は相当難しそうですね。
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2015/10/24 19:06
今晩は!

面白い展開になってきました。
実に書題どおり「開戦」の火蓋が切り落とされました。
これからどうなるのだろう・・・。
今回もワクワクしています。

次作を心からお待ち申し上げます。
m(_ _)m
アバター
2015/10/24 12:51
カテゴリ:ファッション
お題:やってみたいコスプレ

 かっこいい全身鎧の騎士・ω・! 
 になるはずが、諸事情で頭だけ防護するぺぺさんなのでありました。
 中世の騎士のお姿はかっこいいです。
 日本のおどし鎧もとても好きです^^
 でもどちらもとても重い; 
 子供用でも20キロあります@@;(←三重のどこかのお城で坊が着用)
 




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