Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・106

 日暮れになると、人通りもほとんどなかった。ロラン達が再び神殿前に来ると、奥からすぐにナリアが出てきた。人の気配に敏感らしい。
「またあなた達ですか。もうここには用はないはず」
「いいえ、ありますわ。実は私の仲間が、ここで婚礼を挙げたいと申しまして」
 ルナが澄まして言った。ナリアは眉をひそめた。
「女性のお仲間がもう一人いたかしら?」
「恥ずかしがり屋なので、船で待っていたんです」
 すぐばれるような嘘を……。ルナの台詞に、ロランとランドはひやひやした。
 ナリアはじっと、ロランとランドを見つめていたが、やがてうなずいた。
「いいでしょう。本来ならよその方の婚礼に使う場所ではありませんが、月の女神は全人類のためのお方。女神に成り代わってお許しいたします」
 やった、と思わず声が出そうになるが、ロランはぐっと唇を結んでこらえた。ナリアはこちらを見て微笑んだ。
「それでは、急なことですので簡単な儀式をいたします。新郎新婦のお二人は、月の女神の前で誓いの口づけを」
「えっ――!」
 ロランとランドがのけぞり、ルナが慌てて助け船を出す。
「あ、あの、私達の国では、人前でみだりにそういったことをするのは不謹慎とされておりますの」
「郷に入っては郷に従え、ですわ」
 ナリアは一見、慈悲深い笑みを絶やさない。
「こちらでわざわざ婚礼の儀を挙げたいとおっしゃるのですから、その風習に従うのは当然ではないでしょうか。それがお嫌なら、どうぞあなた達のお国で幸せになってください」
 これは、正体がばれているのでは――ロランは血の気が引いた。
「さあ、愛の誓いを」
 ナリアが再度うながした。ロランはルナを見た。やるのよ、とうなずくルナの目が燃えていた。
 ランドを振り向くと、ランドも見つめ返してきた。やや苦笑して、顔を寄せる。
「顔近づけて、するふりをしよう」
 小声で言ってきた。ロランはうなずき、ランドと向き合って彼の肩を両手で支えた。ランドが顔を上向けて、目を閉じる。ロランはゆっくり顔を近づけた。
 二人の顔が重なったのを見て、ナリアはうなずいた。
「よろしい。では、お二人をご案内します」
 ナリアが小声でトラマナを唱えるのが聞こえた。ルナに振り向くと、頑張ってね、と両手の拳を胸の前で固めて見せてきた。
 ロランはランドと肩を並べて、神殿の中へ入っていった。

「思うんだけどさぁ、これ、ぼくとルナでもよかったんじゃない?」
 案内された部屋に入ると、ランドが頭巾をはだけて言った。ロランは苦笑する。
「そうだよな。でもルナは、さっきみたいな芝居をしたくなかったんだろうな」
 新婚の部屋は、全体が丸みを帯びて作られており、壁は淡い肌色で、なまめかしい雰囲気がある。中央には寝心地の良さそうな大きな寝台が据えてあった。
 ロランとランドは、なんとなく居心地が悪くなって黙り込んだ。
 ナリアの前で口づけの真似事をした時、ルナとナリアに見えない角度にして、ぎりぎりまで顔を近づけたのだが、ロランは自分も目をつぶってしまったため、間隔を間違ってほんの少し唇の先が触れ合ってしまったのだ。その柔らかい感触が、お互いまだ残っている。
 ふと目が合って、二人ともぱっと目を逸らした。心臓が激しく打って、やけに緊張してしまう。
「ずっといると、ちょっと変な気分になりそうだねぇ」
 目を逸らしたついでにランドがあたりを見回し、くんと鼻を動かす。
「なんか妙な匂いのお香を焚きしめてる。こりゃ、早く出た方がいいよ」
「そうだな、そうしよう。鍵は掛けられていないし」
 ランドが素早くトラマナを唱えた。地形効果を無効化する淡い光が、ランドの全身を覆う。ロランが傍によると、覆っていた光はロランにも移った。術者の傍を離れなければ、この呪文は複数に有効なのだ。
 二人が部屋を出ると、青白い光が空間を満たした。まるで稲妻のような光が所々で発せられている。ナリアに案内されてここを通った時は、剣呑な光の動きに、本当に安全なのかと不安になった。
「こんな危ない所を、どうして婚礼の場にしたんだろうな」
 うーん、とランドはしばし考え込み、あ、わかったと言った。
「ここは女の人のおなかの中を表しているからさ」
「え?」
「赤ちゃんを産めるのは女の人だけだろ。あえて結界を張り巡らせることで、女性の神秘性を高めようとしたんだろうね。新婚さんがここで結婚式を挙げるのは、子孫繁栄を願ってのことだよ」
「そうか、なるほど……」
 ランドは頭がいいなと、ロランは説明を聞いて感心した。自分はどうも、そのあたりが思いつかない。
「よくわかったな?」
「だってナリアさんが、ここは月の女神の体だ、っていうから」
「あ、そうか……。でも、どうしてルナがこの建物を見て、あんなに怒ったのかわからないな」
「だよね……なんでだろう」
 ロランとランドは一生懸命考えてみたが、ルナが怒りそうなことには心当たりがなかった。 
「しかし聖なる織機は、どこにあるんだろうな」
 ロランは歩きながら目をしばたかせた。光は目を傷めるほどの強さではないが、眩惑的な明滅を見ていると頭がくらくらしそうだ。夫婦の部屋以外は、空間に目立つものは何もなかった。
「あそこに、小部屋に通じる入り口があるよ」
 ランドが左方向を示した。神殿の左に位置する小さな建物に通じる道だろう。ロランとランドは歩み寄ると、扉を開けようとした。
「お待ちなさい」
 背後でナリアの声がして、ぎょっと二人は振り向いた。




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