アスパシオンの弟子69 父の願い(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/01 14:04:08
『破壊。破壊。破壊せよ!!』
痛い……。
『滅ぼせ!!』
痛い……!
焼け付くような痛みが脳髄を襲ってくる。頭の中をずたずたに食いちぎってくるような、すさまじい苦痛が。
脳の中でズキズキガンガン暴れまわる恐ろしい叫び。内側から鼓膜が破裂そうだ。
『殺せ!! 滅ぼせ!!』
俺は目眩を起こして地に突っ伏した。あまりの苦痛にげえげえとえづく。
歯を食いしばって耳を塞いでも、頭に直接響くこの絶叫は遮れない。
「うっ……うがああああっ!」
凄まじい叫び声をあげても、相殺されない……。
「おじいちゃん!」「だ、大丈夫?!」
やばい。こんなの少しも耐えられない。波動がとてつもなく強すぎる。強弱を調べて場所を特定するどころじゃない。
「ぐううう!」
俺の手足が勝手に動き出す。倒れた俺を支えようとしたローズとレモンを突き飛ばし、右手を突き出す。
ぴきぴきと降りてくる魔法の気配。俺の口が意志に反して……
『雷放て』
やばい! 光弾を放つ韻律じゃないか! 待っ……!
『我が右の同胞!』
右の義手が煌々と輝き、赤毛の子たちに向かって光の玉が飛び出し――
たんだが……。
ぽすっ
俺の右手から飛び出したのは、ちんけな花火みたいなものだった。
身構えるローズとレモンがあっけにとられるぐらい、小さくお粗末な火の玉。そいつはプツプツと情けない音を立ててすぐに消えた。
「は……はは……」
苦笑いが漏れる。
まともに韻律を使わなくなって、何百年経っただろうか。
灰色の技を覚え、灰色の技でいろんなものを作りまくってきた。
結界は張れるが、その持続はいまや腕輪に仕込んだ増幅装置に頼っているレベル。魔人とはいえ、修行をさぼればこんなに劣化するものなのか。
おかげで助かった。でも……
操られたら、俺はこうなるのか。韻律で攻撃しちゃうのか……
もう青い衣なんて、着る資格も意味もないと半ば思ってたのに。
背中には剣を負ってるのに。ポチも使えるのに。
ネバネバ爆弾とかショック銃もどきとか、いろいろ秘密の魔動武器を隠し持ってるのに。
破壊せよと命じられてとった手段は、「これ」? 黒の韻律の技ぶっぱなし?
「あはははははは」
けたたましい笑いと共に涙がこぼれる。ぽたりと地に落ちる。
お師匠さま……俺やっぱり、あんたの弟子だよ……でも……。
――『滅ぼせ!!』
「はは……ぐはあっ!」
容赦なく襲い掛かる恐ろしい痛み。頭を抱え、七転八倒して激しくのた打ち回ると。
『あのちょっと、下敷きにしないでくださいよ。重いです』
背中の赤猫剣が文句を言ってきた。
『あなたの体の震動から伝わってまいります、異常な波動のせいですか?やめてくださいよ。本当にこのまま押し潰す気ですか? どきなさいったら』
それどころじゃないと叫んだら、赤猫剣は不満げに柄の宝石をピカピカ光らせた。
『むかつく方ですねえ。よろしい。この行為は、私への「攻撃」と認識いたします。これより自己防衛モードを発動し、ただちにあなたの体の震動を止め、私への「攻撃」を停止させます』
クソマジメに宣言するや、剣の刀身が震え始める。その震動が伝わってくるなり、ほのかに赤い光が俺の体を包む。
『これより、あなたが受信している波に我が波動を載せて中和いたします』
「ま、待っ……!」
剣から放たれる赤い光があっという間に空に一閃し、ノミオスの見えない波動を遡っていく。俺は急いで自分のなけなしの魔力をふりしぼり、魔力の糸を紡いで剣の光に絡ませた。糸を消すまいと、とっさに腕輪の増幅装置を発動させて魔力を補強する。
剣の光が糸を運び、空へと突き抜けていく……。
「おじいちゃん、もう見てられない!」「ごめんねおじいちゃん! 抑えるね!」
その直後。ローズとレモンが俺に青いオリハルコンの衣を被せてきた。
突然ノミオスの波動を切られた俺は、電池が切れたようにがくりと意識を落とした。
赤毛の子たちの呼び声をどこか遠くで耳にしたまま。
その声が、誰かに似ていると思いながら……
『旦那さま。旦那さま、起きて。どう? 素敵でしょう?』
『え? ちょっと奥さん……なんでオリハルコンの衣をピンクに染めたの?』
『きっと似合うわよ、旦那さま』
『い、いやだめだよピンクなんて。青じゃなきゃ』
『でも同じ色で同じ形の服ばかりなんて、たとえ毎日着替えたって着たきりスズメと変わらないわ』
『ふ、服の形を変えるのはいいけど。でも色は……』
『どうして青じゃないとだめなの?』
『師匠への……気持ちからかなぁ』
『旦那さまの、お師匠さま? それって、いつか教えてくれた黒の導師さまのこと?』
『うん。黒の導師の弟子は蒼い衣を着るんだよ。俺はなぜか、あの人から卒業したって気がいまだにしなくてね……』
『だからってずっと青いまま? 気持ちって、お師匠さまは……そんなに別格の人? 旦那さまの……特別な人なの?』
『いやその……あ……』
ごめん奥さん。たのむから泣かないで。
誤解だよ。そんなんじゃないよ。
俺の身も心も、君のものだよ。
レティシア……レティシア……レティ……。
「おじいちゃん!」「おじいちゃん、しっかりして!」
『神聖語試験落ちたってえ? どんまーいぺぺくん。そう落ち込むなって』
『お師匠さまってほんと慰めるの下手ですね。大体、お師匠様がろくに教えて下さらないから……こんな調子じゃ導師になれるかどうか微妙です』
『なれなくていい』
『は?』
『ペペは、ずっと俺の子でいればいい』
『はあ?!』
『いやマジで、蒼い衣のままでいてよ。俺、ずうっとぺぺの父親したいな。ずうっと、守ってやりたい♪』
『だが断る! アホなこといってないで、とっとと僕に講義してください!!』
あのやりとりのせいだ。
導師になるための、はじめての試験の結果を知った時の師匠との会話。
冗談だって思ってた。なのに……俺はいまだに青い衣を着てる……
『特別な人なの?』
違うよレティシア。
俺は刷り込まれたんだよ。あのクソオヤジに。
あいつは、俺の「父親」だって――
「「おじいちゃん!!」」
気が付くと。俺は魔物退治をした街の公園に横たえられていた。そばにはローズとレモン。そしてポチ2号が本来の姿で寝そべっている。
数年ごとに新品に換えてるから、オリハルコンの布の効果は抜群だ。青い布にすっぽりくるまれた俺の頭には、もう恐ろしい叫びは聞こえてこない。この青い衣のおかげで……
「おじいちゃん、何か飲む?」「どこか痛いところない?」
青い……
「おじいちゃん?」「なんかすごい怒り顔……」
お師匠さま……俺はあんたの弟子だ……でも……
俺の特別な人は、奥さん唯ひとりだ。
タンスの奥に後生大事にしまってるあのピンクの服……今度、着よう。
奥さんのために時々着るようになったあの服。死んでからは見る度に涙があふれるから、まったく着てなかったけど。
俺は我が右手を確認した。
幸い、右の義手の指先から伸びた魔力の糸は消えずに残っていてくれていた。腕輪に仕込んだ増幅装置のおかげだ。こいつがなければ、失神したときに消えてしまっていただろう。
糸を辿ればノミオスのもとへ行ける――。
俺たちはエティア王に断って魔物退治をした街を出た。
ポチで大空を横切り、糸の先をひたすら追った。
キラキラ光る魔法の糸は意外にも、エティアで一番大きな都市へと伸びていた。
そう。華の王都エルジに。
王都ではなにが……
次回に楽しみをとっておきましょう
止められるかな?