Nicotto Town



アスパシオンの弟子69 父の願い(中編)

 灯台もと暗しというやつだった。

 魔法の糸の行きつく先にノミオスはいた。王都の王宮近くの、森に囲まれた広場に。

 宵の口だったが、広場にはかなりの人だかりができていた。

 その群がりを遠目から見たとたん、嫌な予感がよぎった。

 ポチを木陰に降ろさせていつもの蒸気車の形にする。それから俺たちは急いで走った。

 ノミオスの姿は……人々の群らがりの中に埋もれていた。

 鎧姿の兵士はいない。粗末な身なりをした老人や、いかがわしい顔つきの男たち。マントに身を隠した商人のような者ども……

「髪の毛でも効くのか?」「効くんじゃないか?」

「効果が薄いって聞いたぞ。やっぱり肉だろ?」

「おーい、桶持ってきたぞ! こいつに血を入れようぜ」

 信じられない事態に俺の足が止まる。赤毛の娘たちもその場に凍りつく。

 俺はとっさに赤毛の子たちを背の後ろに隠した。

 それは、本能というやつだった。

 見せてはいけないというとっさの判断と。娘を持つ親としての無意識からの反応だった。

「あーあー、だいぶ地面にこぼれちまってるなぁ。もったいねえ」

「もう一滴もこぼすなよ。血の一滴で金貨一枚はするんだからな」 

 見えない……ノミオスの姿が、人だかりに埋まっていて少しも見えない……。

 だが何をされているかは、わかった。

 甘い甘い甘露の香りが。真っ白いメニスの血の匂いが充満しているから。

 メニスに変化した少女は……生きながら切り刻まれていた。

 不死の命と金を求める人間たちに。




 魔力の糸はノミオスの絶叫をたどってきている。その糸がしっかり人だかりの中にまだつながっているということは、まだ彼女は生きているということだ。

 追い払わないと……。

 体が震える。俺はなんとか足を前に動かして人だかりに近づいた。

 ここにいるいかがわしい人間どもを、みんなポチで踏み潰してやりたい気持ちをなんとか抑える。息をめいっぱい吸い込んで怒鳴る。

「おい! やめろ! その子から離れ――」


 ばぐん


 しかし俺の声は、恐ろしい爆音にかき消された。

 俺の目の前で、人間たちの群れの右側の数人が鈍い音を立てて吹き飛んだ。

 どよめき。

 怒号。

 悲鳴。

 絶叫。

 混乱の中でもう一度、


 ばぐん


 恐ろしい爆音がした。今度は、左側の数人が地に伏した。

 呆然と振り向けば。

 怒りに震える赤毛の娘たちが、俺がポチに搭載してきた分子電解銃を構えて仁王立ちになっていた。ぼろぼろと涙をこぼし、歯を食いしばりながら。

「ロ……ローズ! レモン!」   

「おじいちゃんどいて!!」「こいつら全員殺してやる!!」

「まっ……待て! だめだ! 出力を気絶レベルにし……」

 俺の制止を無視して、ローズとレモンがそろって電解銃の引き金を引いた。おそらく、最大の出力で。

 俺は――結界を張ろうとしたができなかった。

 張りたく、なかった。この人間どもを守りたくなかった。

 俺も娘たちと同じ気持ちだったから。

「ノミオスちゃん!」「今助けるから!」

 赤毛の娘たちがすすり泣きながら、倒れた人間たちを押しのける。そいつらの手足や体が焼け爛れてぼろっとくずれていくのなんて、お構い無しに。

 二人は銀色の髪の少女を引っ張り出して抱きしめた。

 全身真っ白な甘い甘い血にまみれたその子の髪は無残に刈られ、体中傷だらけだった。口には悲鳴をあげられないよう服らしきものが詰め込まれていた。押さえつけられて、刃物で削りとられたんだろう。手足はところどころ骨が見えている。

「嘘だろ……こんな状態で魔物の司令塔になってたっていうのか?」

 人間に囲まれて、暴力を受けてる状態で?

 いや。そうか……だからこそ……!

 怒り。

 苦しみ。

 哀しみ。

 憎しみ。

 凄惨で酷い仕打ちを際限なく受けている最中の、心の絶叫。


『人間を! 滅ぼせ!!』


 それこそがあの叫びだったのか。


『殺せ!!!!』


 この子は心の中で、何度も何度も叫んでいたんだ。

 自分に危害を与えるものに対しての、憎しみと怒りを。それが魔物たちに伝わっていたんだ……

 ノミオスの胸につながっている魔法の糸が消えた。

 暴力を受けなくなってノミオスの神経がおさまり、波動を発信するのをやめたらしい。

 ローズとレモンが自分たちの上着をノミオスにかぶせてくるむ。かなりの重症だ。助かるだろうか。

 でもなぜだ? なぜこんなひどい状況になった?

 このいかがわしい連中は、なんでこんなに集まって来た? 蜜に吸い寄せられる蟻みたいに。 ノミオスはアイテリオンに連れられてエティアに来て……それから何があってこんなことに?

 まさか。

 まさか。

 まさか……

――「これが……人間という生き物です」 

 恐ろしい推測が頭をよぎり、力なくしゃがみこむ俺の背後から。誰よりも冷酷な声が流れてきた。 

「我々メニスは、常にこのような扱いを受けてきました」 

 振り向かなくてもわかる。この声は……。

「我々の体は不死の妙薬となるゆえに。犯され、血を啜られ、体をばらばらにされ、喰われてきたのですよ」

「……か?」

 振り向かずに俺はそいつに聞いた。

「ノミオスを……人間たちの中に放り込んだのは、おまえか?」 

 ひとつの答えを、期待して。

「わざと……ここに置き去りにして……悪い人間たちを呼んだのは……おまえか?」

 そいつは答えた。冷たく無情に。俺が期待したのと、真逆の答えを。

「はい。死に瀕するほどの恐怖と怒りと憎しみは、魔物を操る上で最強の波動となりますからね」 

「なんで……?」

 次の瞬間。 

「なんで……なんで!?」

 俺は立ち上がり、振り向いて、そいつに向かって飛びかかっていた。

 涙をこぼし、絶叫しながら。

「なんでだよぉおおお!! アイテリオン!!」 

 

 

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2015/11/01 20:13
本人が出て来ましたか・・・。




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