アスパシオンの弟子69 父の願い(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/01 14:34:40
怒りに任せて、白い衣の胸倉をつかんだ――はずだった。
だが俺の手は、空を切った。涙で奴の姿がぼやけていたが、まっ白な衣を掴み損ねるなんて。相手は実体ではないのだろうか。
「なんでこんなひどいことをする?! わざと人間の餌食にするなんて!」
「人間を滅ぼすためです。それしか理由はありません」
冷酷な声がすぐ目の前で聞こえる。けれど奴の姿は見えない。
「おまえ、おまえあの子の親だろ?! どうしてこんなことできるんだよ! なんでこんなことに使うんだよ!! 狂ってる! あんた狂ってるよ!!」
「こんなこと?」
白の導師の声が四方からふぉんふぉんと響く。
「いいえ。人間を滅ぼすことは、我々メニスの悲願。至上の理想。どんな手を使っても必ず成し遂げねばならぬものです」
突如、あたり一面に白い蝶があらわれた。幾百もの、白い燐粉を散らす蝶たちが。
「一族のためにわが子を犠牲にすることを私は厭いません。それがメニスの一族の父たる私の務めなのです」
「あんたが人間嫌いなのは知ってるよ!」
白い蝶を払いながら、俺は叫んだ。
「メニスはずっと人間に虐げられてきた種族だ。でもこんなやり方は間違ってる! 絶対間違ってる! 子供を作って犠牲にするなんて!!」
うぉんうぉんと、俺の叫びが虚しく周囲に響いた。まるでだだをこねる子供の相手をしているかのように、白の導師の声は単調で冷たかった。
「プトリのお嬢さん方は、よく存じております。その背後に、頭脳のような存在がいるらしいこともずいぶん以前からわかっていました。あなたがそうなのですね? あなたは一体誰ですか?」
ずん、と魔法の気配が降りて来る。片膝をつくほどの重みが両肩にかかってくる。
魔人だと知られたら一巻の終わりだ。俺は幾重にも結界を張り、増幅装置を最大に起動させた。
「答えなさい。あなたは、一体誰ですか? 青い衣の方」
だれですか。
だれですか。
だれですか。
力ある韻律の言葉が襲ってくる。
『その言葉は無に帰した!』
俺がつぶやく打ち消しの波動が弱々しく白い蝶たちを砕いていく。だが、焼け石に水だ。
魔力が微弱すぎて、次々湧いてくる蝶たちに追いつかない。
「あなたが誰であるにせよ、私たちメニスの大望を阻む存在であることは分かりました」
降ってくる嘲笑は、俺の情けない魔力を嗤っているんだろうか。
「こんなの、誰だって止めに入るだろうが! 誰だって!!」
「いいえ。人間の大多数はメニスの体を欲しがります。手足の肉を削いで血を啜ります。野蛮で、どうしようもなく残虐な種族。あなたがたった今、目の前で見た通りのものですよ」
蝶たちが、びきびきと結界を割ってくる。
「しかしあなたのような突然変異はいるようですね。ずっとわが子に目をかけてくださり、命を助けて下さったことには、感謝いたします。けれどもその優しさゆえに、我らの大望の邪魔をもなさるのは困ります。しばらくわが子と共に、安全なところへいてくださいませんか?」
いやだ! いやだ……!!
蝶を払おうと暴れる俺に、白の導師は恐ろしい言葉を放った。
「ぜひ、そうなさってください。そのために私は、ノミオスを人間どもの中に放り出したのですから」
「う……嘘……だろ?」
まさかこいつは俺をおびき出すために? そのためにノミオスを囮にしたと?
「先ほども申し上げたでしょう? ずっと前から、あなたの存在は把握していたと。どうか私がご用意した処で、わが子とお過ごしください。この私とノミオスの双子の兄弟が、人間どもを滅ぼすまで。理想の世界ができるまで、そこでゆっくりと」
「待――!!」
地に穴が空いたような感覚がした。刹那、恐ろしい落下感が襲ってきた。
赤毛の子たちの悲鳴が耳に飛び込んで来る。一緒に落ちているようだ。
しかし、どこに?
『うううう? なんですか? 随分寒いですねえ』
背中の赤猫剣が身震いする。
『凍えてしまいますよ。風邪引いちゃいます。もっとあったかくしないと。この鞘、ちょっと薄すぎますねえ』
「だまれ!」
『あら? あなた泣いてるんですか?』
「おまえも見ただろ……親のくせに……あんなひどいことするなんて……信じられな……ひど……」
『そうですね。私もあなたみたいな親が欲しかったです』
「え……?」
『父親がお金をもらう代わりに、私は男たちにひどいことをされました。ぶたれて。突き刺されて。とても痛くて、哀しかった』
「……赤猫……?」
赤猫の記憶がよみがえったのだろうか。剣の口調が如実に変わった。
暗く、悲しみを帯びたものに……。
『でも私は、父親を許します。私が犠牲になることで、家族はご飯を食べられたから。私が、家族を救えたから。あの瀕死のメニスの子は……どうでしょうか。やはり父親を、許すのでしょうか?』
「あんなの、親じゃない!!」
蝶たちに包まれて落ちながら、俺は絶叫した。
ぎりぎり歯軋りして。
「たとえノミオス自身が許したって……俺は絶対許さない! 俺はあいつを、アイテリオンを絶対、許さない! あんなやつ……」
落ちる涙と、突き上げて来る怒りに身を任せて。
「殺してやる――!!」
読んで下さりありがとうございます><
ぺぺの熱い心とアイテリオンの機械的な心、二人の対比を意識して書きました。
読み取って下さってとても嬉しいです。
結婚や子育てを経験したからこその、ペペの激しい怒り。
これからもぺぺは「感じる心」を原動力にして戦っていくのだと思います。
久しぶりに物語を拝読しました。
親を思う子と目的志向の強い親の心の乖離を見事に書きましたね。
実に素晴らしい展開です。
感服しました。
m(_ _)m
読んでくださってありがとうございます><
「殺してやる!」はこれまでエリシア姫の子や赤毛の子たちを
慈しんで育ててきたからこそ出てきたのでしょうね;ω;
ぺぺさんが子持ちじゃない未成年だったら、ひどいと感じはするけれど、
これほどまでに殺意を感じなかったかも。
目的のためには手段を選ばない、とくにそれが冷静沈着に行われる場合は
クールだ、かっこいいともてはやされる風潮もありますが、
やはり優しく暖かい世界がいいなぁ……と思ったりします。
読んでくださってありがとうございます><
ついに遭遇、敵はやはり恐ろしい人でしたー;
ペペさんと白の導師との接近遭遇。
目的のために手段を選ばない・・・いや、
最も効果的な手段を躊躇なく選択する白の導師。
ペペさんの理性は殺意を制御できるのでしょうか・・・
さて、現実世界でも卑怯だの卑劣だのという言葉が
聞かれなくなって久しいですね。
強欲をむきだしにして、それを成し遂げることが勝利であるような
世の中ですからねぃ^^;
一億総アイテリオン♪
続きを楽しみに待っております^^
お題:風邪対策
赤猫剣の鞘はどうも薄かったようです。
私は風邪を引かないように家でも外でもあったかく……
かいまき羽織ってねこ抱っこしてぬくぬくしています。