自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・111
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/02 12:38:08
「おい、やめろ!」
真っ先に叫んだのは、民衆の最前列にいたアレックだった。皆に向き直って懸命に呼びかける。
「ルナ姫様が、どんな思いで討伐の旅を続けておられるか、考えたことがあるのか! 魔物の力は強大だ。一朝一夕に成し遂げられることではない。それに、姫様も大切なご家族と故郷を失われておられるのだぞ!」
「うるせえ!」
もう一人の、角のついた覆面をした体の大きな男が怒鳴った。
「ロト王族がもっとしっかりしてりゃ、こんなことにはならなかったんだ。勇者の血筋なら、もっと早く俺達を守ってくださるんじゃなかったのかよ? なんのために王様やってきたんだ、ええ? ただ贅沢な暮らしをしたかっただけなんじゃねえかよ」
「なっ――」
アレックの顔が怒気に染まった。言っていることが支離滅裂なだけに、相手の憎しみも直に伝わってくる。あからさまな王家への侮辱に、一度城を捨てた身とはいえ、我がことのように怒りが募った。
「貴様、そこ動くな!」
人混みをかきわけ、アレックが覆面男に近づこうとする。殴らなければ気が済まない、そんな顔をしていた。気づいたルナがアレックに叫ぶ。
「おやめなさい! その人に暴力を振るってはだめ!」
「姫様っ――」
アレックは壇上のルナを見上げ、泣きそうになった。火に油を注がれたように、人々の暴言がひどくなる――。
「まずい、このままじゃ暴動が起きるよ」
ランドがロランの隣に来て耳打ちする。
「ここを降りよう、離れないと!」
「わかってる、でもルナが動かないとどうしようもない!」
ロランも民衆の嵐のような非難を身に受けながら唇を噛んだ。ルナはまっすぐ前を向いたまま微動だにしなかった。魔道士の杖を抱え、あらゆる暴言をこらえている。
一向に応えないルナに業を煮やした誰かが、石を投げつけた。石はルナを逸れたが、ロラン達はぞっとした。台の下にいた町長が、ロランに言う。
「姫を下ろしてください! 御身が危険です!」
ロランもうなずいた。ルナの肩に手をかける。
「もういい、ルナ。話は通じないよ。みんな、怒りに我を忘れている!」
「――だめよ!」
振り向いたルナは、ロランの手を振り払った。
「ここで逃げたら、もう私は王女でいられなくなる。――ロトの子孫を名乗ることもできなくなる。それじゃ、誰も救うことができなくなるのよ!」
「――ルナ……」
ロランとランドは苦渋に黙るしかなかった。
ロランは正直なところ、王家という身分に意味があるのかと、ずっと考えてきた。身分などない方が、分けへだてなく人々と接することができるのではと思っていた。
だが、自分達が背負う身分は、単なる格差を生む階級ではないのだ。勇者ロトが伝えてきた人々を守り抜く精神、その子孫であるロトの勇者が築き上げてきた国と、そこに住まう人々との信頼関係も含まれているのだ。
ルナは決して、王女として崇められ、不自由のない生活のために身分を守ろうとしているのではない。誰よりも、背負う身分と自分の血の意味をわかっていた。
王族であること、勇者の子孫だからこそ、その呼称が人々を導き救済するよすがになり、強い手段となり得るのだと。
暴言とともに、ルナに向かって投げられる石の数が増えた。さすがに避けきれず、ルナは両腕で顔をかばう。いくつかが彼女の体や腕に当たり、町長らが悲鳴を上げた。ロランとランドはルナをかばうため、前に出た。盾を持って石からルナを守る。
「ルナ、もういいよ。頑張ったよ。もう十分だよ……」
力の盾をかざして、ランドがルナにささやく。ごつごつと、容赦なく降り注ぐ石が盾に当たった。ルナは強固にかぶりを振った。涙を流していた。
「だめよ。私、ここにいなきゃ。だって、みんなの受けた苦しみは、このくらいじゃないはずだもの……」
「ルナ……」
ロランは憎しみを膨れあがらせる群衆に怒りを覚えた。そうやって誰かを血祭りに上げて憂さを晴らしても、何の解決にもならないというのに。
「これは異常じゃな」
暴動の最中でも冷静さを失わない賢者アネストが、鋭く群衆を睨んだ。
「どうもさっきから嫌な気配がする……」
「あ、危ないですよ、アネスト様!」
よっこいしょとアネストが壇上に上ろうとすると、町長が止めようとした。それを邪険に振り払い、アネストはロランの隣に立った。
「アネストさん、下がって! 石が当たりますよ!」
「えい、ちと黙っておれ」
アネストはロランの側で何やら呪文を唱えていたが、やがてカッと目を見開き、宝珠の付いた杖をさしのべた。
「そこかっ!」
杖からまばゆい閃光が放たれ、群衆が目をくらませて驚愕した。その中に、ひときわ甲高い悲鳴が二つ上がる。声を上げたのは、最初にルナを攻撃した陰険な目の男と、次に糾弾した覆面男だった。
「魔物っ!?」
群衆から飛び上がった2匹の小悪魔を見て、ランドがびっくりする。赤黒い体はグレムリンに似ていたが、顔つきはもっと陰険だった。
「べビルじゃ! 見た目に惑わされるな、かなり強力な魔物じゃぞ!」
魔物と聞いて、人々は悲鳴を上げた。たちまち、逃げようとする波ができて押し合いへし合いの大混乱が起きる。
ベビルは正体が明かされると、甲高く鳴いてベギラマを唱えた。閃光と灼熱が塊になった人々を襲い、悲痛な叫びが起こる。
「やめろーっ!」
ロランはロトの剣を抜くと、壇を蹴って空を羽ばたくベビルへ剣を振り下ろした。鋭い一閃がベビルの翼を片方切り裂き、小悪魔のずんぐりした体が体勢を維持できず落下する。
わっと人々が逃げて、広い円ができた。そこに着地すると、ロランは起き上がろうとする敵に斬りかかる。
ランドとルナもそこへ飛び降りると、もう一匹のベビルへ立て続けに魔法を放った。
「マホトーン!」
「バギ!」
ランドの魔封じの呪文が功を奏し、ベビルが呪文を唱えようとして失敗したところへ、ルナの放った真空の刃がベビルを切り刻んだ。しかし中級の悪魔とあって体力はある。破れた翼で飛び上がると、腹を膨らませて一気に炎を吐き出した。
「くっ!」
ロランが二人の前に立ちふさがり、ロトの盾で炎を受ける。伝説の勇者の片腕にあった盾は、炎熱を難なく受けとめ、ほとんど熱さを感じさせなかった。