自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・116
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/05 23:39:07
宿は、ホテル・ペルポイと看板が打ってあった。
上品な照明と調度に彩られた玄関広間に入ると、いらっしゃいませと制服を着た青年が頭を下げた。鷹揚にうなずき、カウンターに向かう3人を見て、逆に青年が驚いた顔をする。
「すみません。一泊したいのですが」
受付の、これも制服を着た女性にロランが話しかけると、係の女性は品よく笑ってうなずいた。
「かしこまりました。こちらにご記名を」
「よかった、泊まれるみたいだ」
ロランが代表して宿帳に名前を書いている後ろで、ランドが微笑む。ルナも目立たないように視線を使いながら、うーんとうなった。
「でも、高そうね、ここ」
「お一人様、40ゴールドでございます」
受付女性が答えるように言う。想像以上ではなかったので、ルナが胸をなで下ろした。テパの民宿でも40ゴールド取られたし、ザハンの宿も30ゴールドという値段だった。ただ、決して安くもない料金だ。テパやザハンといった僻地なら高額なのも相場であろうが、特に利用者もないこのホテルでは、富裕層向けの遊びの場としての料金設定なのだろう。
広間には、地下にある娯楽場から出てきた盛装の中年夫婦が何組か見受けられた。喫茶テーブルで、菓子や茶を楽しむ客もいる。
「では、こちらへどうぞ」
これまでにない宿の形態に目を取られていると、荷物係の青年がロラン達を案内しに来た。
「でもなんていうか、息がつまるね」
荷物を部屋に置いて、ともに廊下に出たランドがふうっと息をついた。
「やっぱりぼくは、外がいいなあ」
「そうね。長く住んでると慣れるものなのかしら」
ルナも吐息をつく。ロランも深呼吸していた。ほとんどの時間を移動に費やしているせいか、屋内より屋外の方が落ち着く気がする。
「あ、そこのボーイさん!」
ロラン達の隣室から出てきた若い女性が、ロランを見るなり言った。
「お風呂はどこかしら? 部屋にはついてないんだけど……」
「え? いや、僕はボーイじゃないし、それに、この宿にはお風呂がないみたいですけど」
「まあっ! なんてホテルなのっ!」
とまどいながらロランが答えると、女性は憤慨して歩き去ってしまった。係の者に文句を言うつもりなのだろう。
「ああ、びっくりした」
ロランが胸に手を当てると、ルナが「なんですって?!」と目を剥いていた。
「お風呂がないの、ここ?!」
「部屋にはついてなかったよね」
ランドが言う。宿での入浴は、他の客と一緒に入る合同風呂か、高級な部屋を取ると、備え付けの風呂桶に宿の者が湯を張ってくれる内風呂の2種類がある。ロラン達はもっぱら前者だった。
「人が何を楽しみに宿屋に泊まるっていうのよ」
「女の子には、お風呂なしはつらいよねぇ」
人ごとのようにランドが笑った。きっ、とそれをにらみつけてから、ルナは落胆した。
「船のお風呂は海水を沸かすから、髪がごわごわになっちゃうのよね……やっと塩気を落とせると思ったのに」
「あ、お客様」
仕事の途中か、客室係の黒いドレスを着た女性が、洗濯物の入った籠を抱えて通りかかった。
「お風呂でしたら、当ホテルの隣にあります銭湯をご利用下さい」
「内風呂はないんですか?」
ロランが尋ねると、客室係は少し恥ずかしそうに笑った。
「お客様のご誠意があれば、ご用意いたしますが」
心付けを弾めば、部屋に風呂桶を設えてくれるということだ。ロラン達は銭湯に行くことにした。
大きな噴水がある広場の傍に、住民の憩いの場である銭湯があった。噴水の設備を見ても町の下水環境は完璧と思われ、がぜん、銭湯の内容にも期待が持てた。
だが。
「……蒸し風呂だったなんて……」
蒸気に蒸されながら、熱さに弱いランドが喘いだ。広い板の間に何人もの男達が座ったり横になったりして汗だくになっている。なかなか見ない眺めだった。
係の者が入って来て、部屋の隅にある熱した石に湯をかけて蒸気を増やすと、ランドは「やめてくれ~」と泣き声になった。
「僕も入るのは初めてだよ。でもこれ、なかなか気持ちいいんじゃないか?」
「ええ~っ。ぼく、息が苦しくなってきたよ。もう出る」
ロランが笑うと、ランドは腰を浮かした。すると、隣で瞑想していた強面の男が、ランドの手首を引いて止める。
「おい兄ちゃん、まだ上がるのは早ええぜ。サウナ道はここからが本番よ」
「サウナどうってなんですかっ! ぼくは出るんです、放してくださいっ」
早く出たいランドは必死だ。しかし男がふざけてか、なかなか腕を放さないので、ランドがくらりとのけぞった。
「あ」
ランドの鼻から血が噴き出し、ロランと男は同時に声を上げた。のぼせたランドは失神し、あお向けに倒れた。
「すまんかったのう。あんたら、蒸し風呂は初めてだったのかい」
休憩所でランドをうちわで扇ぎながら、男が詫びた。
「ええ。でも、良い経験でした。ここの風呂は、みんなそうなんですか?」
「ああ。水は地下から汲んでいるが、雨に頼れん分、節約しようつってな。風呂に浸かれるのは、年に数回の贅沢よ」
「そうでしたか……。あなたはここに、長いんですか?」
「ああ。人には言えんことをして逃げ込んできたのよ」
男は声をひそめ、にやりと笑った。
「外界から遮断されてる分、追っ手もこない。いい隠れ家さ。ここは選民の町と呼ばれとるが、わしみたいな男や、ハーゴンの邪教に染まった奴らもいるぞ」
「邪教の信徒が?」
「声がでかい」
思わず声音が高くなり、ロランを男はたしなめた。
「なんだかんだで、ハーゴンの教えに惚れとる輩も多いっちゅうことじゃ。町長は、邪教の信者を見つけ次第、町の東の牢屋につないでおるけどな。こんだけ多く人が暮らせば、よからんこともしでかすだろうよ。牢屋は必要以上にでかいぞ。最近じゃ、ラゴスとかいう盗人が捕まったそうじゃの」
「ラゴス!」
「だから声がでかいって。いちいち繰り返すな」
「す、すいません。ただ、その名前は心当たりがあったので」
ふうん、と奇妙なしゃべり方をするその男は、ロランを下から上へ眺めた。
「あんたみたいなボンボンが、盗賊になんの用じゃ?……まあいい。そこは深く聞かんでおくわ」
ううん、とランドが顔をしかめて目を覚ました。それを潮に、男が腰を上げる。
「それじゃ坊主、すまんかったのう。――ああ、もしそっちの方に興味があるなら、ドラキーマって道具屋を当たってみな。裏家業の奴らが出入りしとるからのう」
「はい、ありがとうございました」
男は口の端をつり上げて笑うと、小気味よい音を立ててタオルを肩にひっかけ、去っていった。どうやらまた入りに行くらしい。
「強者だ……」
男の背中を見送り、ロランはつぶやいた。ランドは失神させられたのが嫌だったのか、唇をとがらせている。
水を浴びて汗を流し、着替えて表に出ると、ちょうどルナも上がってきた。
「気持ちよかった~。蒸し風呂もいいわね。お肌も整ったわ」
「あ、そう……よかったね」
つやつやの顔で微笑むルナに、ランドはむっつりと答えた。すっかり蒸し風呂嫌いになってしまったようだ。
「あら、なによ。なんかあったの?」
「いや。それより、気になる情報があったんだ。かたぎの人じゃない客が出入りする店があるんだって」
ランドの顔をのぞきこむルナに、ロランが言う。そこで、その店へ行ってみることになった。