自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・121
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/10 23:11:07
結界牢は、城の東側にある囚人用の牢獄に設けられていた。
ルナが報告したムーンブルク城襲撃の内容から、悪魔神官が尖兵となって、内側から突き崩す奇襲が常套手段と王は予測した。魔法の無効化もする強力な魔物相手だ。完全勝利できなかった場合、ここに封印するために、この特別な牢を作らせていた。
薄暗い石組みの通路の向こうに、青白く光る壁が見えた。床から間断なく電光が走っている。魔法で作られた結界は、発生させている装置を止めるか、床全体を壊すしか消す方法がない。この場合は後者である。ランドがトラマナを唱えると、地形無効化の防御光が一同を包む。
「……いくぞ」
ロランが先頭に立って結界へ踏みこんだ。当たると瞬時に生き物を焼く電光は、ロラン達を避けて走り抜けていく。
数十歩先に破魔の呪文を彫り込んだ鉄格子があった。その向こうに、水路に囲まれた狭い石畳の床に座する、仮面の神官が見える。
悪魔神官デモニスは、うつむいていた面を上げた。低い声で笑ってみせる。
「くくく……。これはこれは、王子様ご一行ですか。ルナ王女も息災のようですな。犬になっていた暮らしはいかがでしたか?」
「……」
ルナは魔道士の杖を握りしめ、黙っている。目の前の悪しき存在が、父を殺し、恋人を傷つけ、自分を無力な犬に変えたのだ。屈辱と怒りと、それを上回る恐怖が、ルナの赤い目を冷たく燃やしていた。
「美しい……」
デモニスは立ち上がり、仮面からルナを見つめた。
「怒り、憎しみ、そして恐怖。人間をもっとも輝かせる感情です。この世で一番美しいあなたなら、なおのこと」
「――っ」
関節が白くなるほど杖を握りしめ、言葉の狼藉に耐えるルナの肩に、ロランは手を置いた。
「大丈夫だ。もう、あの時とは違う」
「そうだよ」
ランドもルナの隣に立つ。
「ぼく達がいるからね」
こくりとルナはうなずいた。魔道士の杖を握り直し、デモニスを見すえる。
「悪魔神官デモニス。あなたをここから出してあげます。そしてあなたが二度と罪を犯さないよう――永遠に滅ぼします」
「それはそれは」
デモニスはくぐもった声で笑った。
「光栄でございます、王女殿下?」
「ロラン、開けて」
ルナが固い声で言う。ロランは牢屋の鍵を使って、錠前を開けた。魔物を閉じこめるそれは、ただの錠前より難しい構造をしているはずだが、天性の鍵開け屋が作った鍵は、それすらも解錠してしまった。ずっと後ろで見守っていた王が、わずかに眉を動かす。
格子戸が開けられると、ぶわりと黒い気配が膨れあがった。デモニスのまとうローブが風もないのにはためいている。
「感謝します、王女よ。では――あなたを殺してハーゴン様への捧げものとしましょうか」
「あぶないっ!」
ランドが叫び、王をかばって後ろへ押し出す。その瞬間、壮絶な爆発が起こった。
閃光が目を焼きそうになり、とっさに目をつぶりながら、ロランはルナを抱いてその場から飛んだ。しかし巻き起こった爆風が二人を飛ばし、結界床に投げ出される。ルナが下敷きにならないよう、かろうじてロランは受け身を取った。
「イオナズンを使ったのね……!」
もうもうと立ちのぼる黒煙の隙間にルナは目を凝らす。城壁は半分吹き飛び、曇天のローレシア平原が見えた。
「ははは! 私は自由だ!」
空を跳んだデモニスは軽々と平原に降り立つ。
「逃がさない!」
ルナはロランの腕から抜け出すと、デモニスに向かって走り出した。
「ルナ!」
ロランはルナの背を見、次いで横を振り返った。ランドにかばわれた父が、行けとうなずく。ロランはランドとともにデモニスに向かった。
デモニスは逃げるつもりはないようだった。持っていた雷(いかずち)の杖を打ち振り、電光を飛ばす。
「ああっ!」
避けきれず、ルナは激しく全身を震わせた。感電の衝撃に倒れ伏す。
「ベホイミ!」
ランドがすぐに回復魔法をかける。ロランはロトの剣を抜くと、鋭く走り寄って大上段から切り下ろした。
「でやあっ!」
「ふっ!」
デモニスは長杖を横にして受けとめる。ロランの轟撃にもほとんど動じていない。
「そんなものですか、ローレシアの王子?」
「――くっ!」
ロランは体を離し、再び剣を振りかぶって斬りかかった。
「甘い甘い!」
デモニスは杖一本でロランの薙ぎ払いや十字斬りをあしらう。ルナが杖を構えて叫んだ。
「バギッ!」
真空の刃がデモニスを四方から斬りつけるが、ローブがわずかに裂けただけで本体は傷ついていなかった。
「効かない……!」
ルナは歯噛みする。かつてルナの騎士キースが同じ呪文を試みたが、あの時も効果が現れなかったのだ。デモニスは嘲笑した。
「同じ事を繰り返す。それが人間の愚かさですよ!」
デモニスはロランにも電光を放った。
「ぐっ!」
バチッと激しく弾ける音がして、ロランは高く飛ばされる。
「ロランッ!」
ランドが駆けつけ、鉄の槍でデモニスへ突きかかった。デモニスは素早く杖を戻すと、半身で鋭い突きをかわした。返す手でランドを打ちすえる。
「うわっ!」
ランドは鉄の槍を横にして、振り下ろされた杖を受けとめようとした。両肘にすさまじい衝撃が走り、膝を曲げてそれを逃がすも、金属が折れる頼りない音とともに、槍を支えていた両手が左右に大きく開いた。
「うわあ!」
槍は真っ二つに折れ、ランドは足を崩して尻餅をつく。デモニスは杖の末端をランドの顔めがけて突き下ろした。ランドは即座に反転して避ける。鋭い先が地面に深々と突き刺さる鈍い音がした。
電撃に弾かれたロランが体勢を立て直し、剣を構えて突進した。デモニスは杖を抜くと、横に退いて避ける。
「マヌーサ!」
ルナが呪文を唱え、幻惑の霧を発生させた。バギが効かない以上、できることはロランとランドの援護しかない。
(やっぱりまだ、早すぎたの――? 私にもイオナズンが使えたら……!)
後悔が胸を焼いたが、すぐに押しこめる。自分はそうすると選択したのだ。そのために、ロランとランドは全力でともに戦ってくれている。迷うことは、二人を死へ道連れにすることにつながるのだ。
(迷ってはだめ。ロランとランドのため、そして――お父さまのために!)
デモニスは一瞬、霧に生じたロラン達の幻に目を奪われたが、すぐに杖を打ち振って霧を消し去った。ランドがギラを唱えるが、これも片手で受けとめ、消滅させてしまう。
ロランは斬りかかった。駆け寄り、踏みこんでの鋭い突きから、上段の切り下ろし、そして横に払う。一太刀ごとに旋風が巻き起こり、枯れかけた草原の草が薙ぎ倒される。神速の三連撃に、デモニスのローブが血に染まった。数歩よろめき、杖を縦に構えて呪文を唱える。
「スクルト!」
「防御上昇の呪文だ!」
ランドが叫んだ。ルナも杖をデモニスに差し向けて精神を集中する。
「ルカナン!」
青白い光がデモニスを包む。やったか、とロランはランドを見た。ランドはうなずいたが、表情は厳しい。
「確かに効いたけど、さっきの効果を打ち消しただけだ! 防御自体は弱まってない!」
「小賢しいことを」
デモニスはベホマを唱えた。ロランが負わせた傷が瞬時にふさがる。