Nicotto Town



アスパシオンの弟子71 白き魔人(中編)

 あたりに舞い散る白い羽毛。

 突き刺さってくる鳥たち。

「おじいちゃんを置いていけない!」

 叫んでいたのは、レモンだ。

 バカな子だ。結婚したがらないのはなぜか知っていたけど、気づかない振りをしてたのに。

 早く行け。行くんだ。扉の向こうへ。ほら、風を起こして押し出してやるから……

 よし。扉が閉まった。ひと安心だ。

「すまぬ! おまえを向こうにやれなかった」

 大丈夫だよ、メイテリエ。だって俺は……

 ひとつ目の鳥たちの中にメニスが埋もれていく。

 俺も埋もれていく。

 真っ白い羽毛の中に――。




「う……」

 攻撃が止んだようだ。

 全身が痛い。青い衣は体液にまみれてズタズタのベチャベチャ。手足はなんとか……動かせる。かろうじてちぎれてはいないようだ。

 倒れても、鳥もどきたちは針のように突き刺さってきた。まるで槍の雨だ。

 まぶたの奥がなんだか熱い。でも潰れずに済んだようで、砕けた鳥の残骸が周りに山となっているのが見える。修行不足の光弾で、こんなに撃ち落せたなんて驚きだ。

 しかしひどい目に遭ったものだ。 

 すぐ隣に並んで倒れているメイテリエもひどい有様だ。白い衣はずたぼろ。体中孔だらけで、あらわになった胸には黒い石のようなものが嵌まっている。胸の膨らみにどきりとしたが、そういえばメニスは両性具有だったと思い出した。

「心臓……なのか?」

 胸の石はほんわりと発光していて、とくとくとかすかに動いている。この淡く銀色に輝く石は……。

「オリハルコン?」

「そう、だ……」

 うっすらまぶたを開け、メイテリエが真っ白い血を流しながら声を絞り出した。両目は抉られ潰されているが、恐ろしい速さで再生がかかっていて、すでに新しい目玉ができつつある。

「しかし……おまえ……なんという……隠し武器を……もって……るんだ」 

「え……? 武器?」

 赤猫の剣は何の役にも立たなかったはず。その証拠に鳥たちの残骸の下敷きになってうーうー唸っている。

「おぼえて……ないのか? おまえの赤い目から……恐ろしい光線が……」 

 義眼から?!

「鳥たちが……一瞬で落ちたぞ。まるで……魂が抜かれたように」

 まさか、アイダさんが創った「破壊の目」の機能が発動した? 目の奥がじりじり熱いのはそのせい?

「てっきり……ただの人間だと……思っていた。器用な弟子とやら、おまえは……だれの魔人だ?」

「俺は……灰色のアミーケの魔人だ。ルーセルフラウレンを創った人の……」

「六翼の女王を創った……? それは……もしかしてアリスルーセルのことか? アリステルの孫……人間に手を貸して統一王国を創った……」

 アミーケのことを知っているなんて、メイテリエはずいぶんな昔に俺と同類になったに違いない。

「どこかに隠れて久しいが……まだ生きているのか?」

 俺はこくりとうなずいた。元気でいるはずだ。俺を魔人に変える人は、北の辺境でフィリアと二人で静かに暮らしている。

 俺が魔人になるのはあと数年先。実は未来から来たんだ、とつぶやくと。それはどういうことだとメニスの魔人は怪訝な顔をした。

「俺……アイテリオンに魔人だってこと、まだばれてないかも……延命処置してるただの人間だって、思われてるっぽい。ところであんたは……だれの魔人なんだ?」

「私の主人は……わが父にして先代の王、レイスレイリだった」

 がぼっとメイテリエの口から真っ白い血が噴き出す。喉のつっかえがとれたように、その直後から彼の声はきれいに澄んで元に戻った。 

「わが心臓は人工のもの。わが血潮も人工のもの。この心臓はオリハルコンでできており、何者にも砕くことはかなわぬ。そしてわが血潮には、オリハルコンの溶液が混じっている」

 全身を巡るオリハルコン。そのおかげでメイテリエは、純血の王の支配を受けつけぬ体になっているらしい。

「わが父レイスレイリが、私がメニスの王に悪用されぬようにと、この体に作り変えてくださった。私の意志で、誰に仕えるか決められるように」 

 先代の王を父と呼ぶという事は。

「王子なのか?」

「いや。腹違いの兄が王になったとき、庶子に落とされた」

 メイテリエはため息まじりに答えた。彼の再生の速度はやはり速い。俺がまだ動けぬのに、彼の目玉はほとんど再生し、よろよろと半身を起こしている。オリハルコンの血液の中に、自己修復能力を促進する液体金属でも入ってるんだろうか。 

わが母メイデリンが、魔力すらろくに持たぬ短命の混血であったからだ。王は私に、レイステリエからメイテリエへの改名を命じた。レイスの名を、この世から消し去るために。実の母たるレイスレイリの体も。名前も。すべて消してしまった

「実の母? 消した?」

「王は自身を腹から出したレイスレイリの心臓を喰らい、その魂と同化して殺したのだ」

 ええと。アイテリオンの「母親」はレイスレイリ。メイテリエの「父親」もレイスレイリ。

 ああそうか、メニスは両性具有だから父にも母にもなれるのか。しかしややこしい。

「魂の同化。不死のごときメニスを殺して無理やり王位を手にするには、そうするしか――」

 メイテリエは突如言葉を切り、鳥たちが飛んできた方向を睨んだ。じっと視線を動かさず、起き上がろうとする俺を止める。

「動くな。死んだふりをしていろ」

 かつかつと足音が聞こえる。長く伸びている通路から、ゆっくりとだれかがこちらに近づいてくる。俺は四肢を投げ出したまま目を閉じ、息を止めた。  

――「おやおや。泉から囚人が出てくるなんて想定外だね。泉がおかしくなったの? まったく灰色の導師どもときたら、不良品しか作らないねえ」 

「アイテニオス……」

「やあ、とっても久しぶりだねテリエ。君の他には死体が四つ?」 

 部屋に入ってきたそいつは、艶っぽい声の持ち主だった。

「三つの死体は鳥にやられてないね。瀕死の傷で救い上げるなり死んだのかな? しかしこの死体は鳥にやられて孔だらけだ。かわいそうにねえ。岩壁に警備鳥がはさまってるということは、壁の向こうに行った奴らがいるようだね」

「地下の王墓へ行かせた。聖域ゆえ、誰にも手出しはできまいぞ」

「死にぞこないのリシなんか別にどうでもいい。問題は君と、わが主人アイテリオン様の御子だ。御子も引き上げて聖域に逃したのかな?」

「はぅっ……!」 

 全身が押しつぶされそうな魔法の気配。その直後、かたわらにいたメイテリエが吹き飛ばされ、岩壁に打ち付けられる気配がした。くつくつと偲び笑いが聞こえる。

「どうやらそうみたいだね。お痛するなんて、いけない女だ」 

「だまれ。私は、男だ」

「テリエのモノはそう呼べるほど大きくないだろ。王が制御できない魔人なんて、危険以外の何ものでもない。それでも僕の妻になって家でおとなしくしていれば、こんな罰を受けずに済んだんだよ」

 声の主が俺のそばを通り過ぎる。ずるずると何かをつかんで引きずっている音がする。

「く! 放せ!」

「大好きなパパに足を開いてたメスだったくせに、カイネミリエが生まれたとたん、オス化しちゃうなんてね。ほんと僕の立場がないよ。君を永遠に愛したくて、アイテリオン様に魔人にしてもらったのに」

 こいつも魔人? しかもアイテリオンの? 

 アイテ二オス。アイテ……名前から察するにあいつの親族なのは確実だろう。

 しかしなんという魔力だろうか。

 俺は焦った。あたりに降りている魔法の気配がはんぱではなかった。

 指一本、動かせなかった。

 ほんの、一ミリも。

 

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2015/11/14 23:28
こう言う場合は、動かぬ事が良いでしょうね。




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