アスパシオンの弟子71 白き魔人(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/14 13:40:45
あたりに舞い散る白い羽毛。
突き刺さってくる鳥たち。
「おじいちゃんを置いていけない!」
叫んでいたのは、レモンだ。
バカな子だ。結婚したがらないのはなぜか知っていたけど、気づかない振りをしてたのに。
早く行け。行くんだ。扉の向こうへ。ほら、風を起こして押し出してやるから……
よし。扉が閉まった。ひと安心だ。
「すまぬ! おまえを向こうにやれなかった」
大丈夫だよ、メイテリエ。だって俺は……
ひとつ目の鳥たちの中にメニスが埋もれていく。
俺も埋もれていく。
真っ白い羽毛の中に――。
「う……」
攻撃が止んだようだ。
全身が痛い。青い衣は体液にまみれてズタズタのベチャベチャ。手足はなんとか……動かせる。かろうじてちぎれてはいないようだ。
倒れても、鳥もどきたちは針のように突き刺さってきた。まるで槍の雨だ。
まぶたの奥がなんだか熱い。でも潰れずに済んだようで、砕けた鳥の残骸が周りに山となっているのが見える。修行不足の光弾で、こんなに撃ち落せたなんて驚きだ。
しかしひどい目に遭ったものだ。
すぐ隣に並んで倒れているメイテリエもひどい有様だ。白い衣はずたぼろ。体中孔だらけで、あらわになった胸には黒い石のようなものが嵌まっている。胸の膨らみにどきりとしたが、そういえばメニスは両性具有だったと思い出した。
「心臓……なのか?」
胸の石はほんわりと発光していて、とくとくとかすかに動いている。この淡く銀色に輝く石は……。
「オリハルコン?」
「そう、だ……」
うっすらまぶたを開け、メイテリエが真っ白い血を流しながら声を絞り出した。両目は抉られ潰されているが、恐ろしい速さで再生がかかっていて、すでに新しい目玉ができつつある。
「しかし……おまえ……なんという……隠し武器を……もって……るんだ」
「え……? 武器?」
赤猫の剣は何の役にも立たなかったはず。その証拠に鳥たちの残骸の下敷きになってうーうー唸っている。
「おぼえて……ないのか? おまえの赤い目から……恐ろしい光線が……」
義眼から?!
「鳥たちが……一瞬で落ちたぞ。まるで……魂が抜かれたように」
まさか、アイダさんが創った「破壊の目」の機能が発動した? 目の奥がじりじり熱いのはそのせい?
「てっきり……ただの人間だと……思っていた。器用な弟子とやら、おまえは……だれの魔人だ?」
「俺は……灰色のアミーケの魔人だ。ルーセルフラウレンを創った人の……」
「六翼の女王を創った……? それは……もしかしてアリスルーセルのことか? アリステルの孫……人間に手を貸して統一王国を創った……」
アミーケのことを知っているなんて、メイテリエはずいぶんな昔に俺と同類になったに違いない。
「どこかに隠れて久しいが……まだ生きているのか?」
俺はこくりとうなずいた。元気でいるはずだ。俺を魔人に変える人は、北の辺境でフィリアと二人で静かに暮らしている。
俺が魔人になるのはあと数年先。実は未来から来たんだ、とつぶやくと。それはどういうことだとメニスの魔人は怪訝な顔をした。
「俺……アイテリオンに魔人だってこと、まだばれてないかも……延命処置してるただの人間だって、思われてるっぽい。ところであんたは……だれの魔人なんだ?」
「私の主人は……わが父にして先代の王、レイスレイリだった」
がぼっとメイテリエの口から真っ白い血が噴き出す。喉のつっかえがとれたように、その直後から彼の声はきれいに澄んで元に戻った。
「わが心臓は人工のもの。わが血潮も人工のもの。この心臓はオリハルコンでできており、何者にも砕くことはかなわぬ。そしてわが血潮には、オリハルコンの溶液が混じっている」
全身を巡るオリハルコン。そのおかげでメイテリエは、純血の王の支配を受けつけぬ体になっているらしい。
「わが父レイスレイリが、私がメニスの王に悪用されぬようにと、この体に作り変えてくださった。私の意志で、誰に仕えるか決められるように」
先代の王を父と呼ぶという事は。
「王子なのか?」
「いや。腹違いの兄が王になったとき、庶子に落とされた」
メイテリエはため息まじりに答えた。彼の再生の速度はやはり速い。俺がまだ動けぬのに、彼の目玉はほとんど再生し、よろよろと半身を起こしている。オリハルコンの血液の中に、自己修復能力を促進する液体金属でも入ってるんだろうか。
「わが母メイデリンが、魔力すらろくに持たぬ短命の混血であったからだ。王は私に、レイステリエからメイテリエへの改名を命じた。レイスの名を、この世から消し去るために。実の母たるレイスレイリの体も。名前も。すべて消してしまった」
「実の母? 消した?」
「王は自身を腹から出したレイスレイリの心臓を喰らい、その魂と同化して殺したのだ」
ええと。アイテリオンの「母親」はレイスレイリ。メイテリエの「父親」もレイスレイリ。
ああそうか、メニスは両性具有だから父にも母にもなれるのか。しかしややこしい。
「魂の同化。不死のごときメニスを殺して無理やり王位を手にするには、そうするしか――」
メイテリエは突如言葉を切り、鳥たちが飛んできた方向を睨んだ。じっと視線を動かさず、起き上がろうとする俺を止める。
「動くな。死んだふりをしていろ」
かつかつと足音が聞こえる。長く伸びている通路から、ゆっくりとだれかがこちらに近づいてくる。俺は四肢を投げ出したまま目を閉じ、息を止めた。
――「おやおや。泉から囚人が出てくるなんて想定外だね。泉がおかしくなったの? まったく灰色の導師どもときたら、不良品しか作らないねえ」
「アイテニオス……」
「やあ、とっても久しぶりだねテリエ。君の他には死体が四つ?」
部屋に入ってきたそいつは、艶っぽい声の持ち主だった。
「三つの死体は鳥にやられてないね。瀕死の傷で救い上げるなり死んだのかな? しかしこの死体は鳥にやられて孔だらけだ。かわいそうにねえ。岩壁に警備鳥がはさまってるということは、壁の向こうに行った奴らがいるようだね」
「地下の王墓へ行かせた。聖域ゆえ、誰にも手出しはできまいぞ」
「死にぞこないのリシなんか別にどうでもいい。問題は君と、わが主人アイテリオン様の御子だ。御子も引き上げて聖域に逃したのかな?」
「はぅっ……!」
全身が押しつぶされそうな魔法の気配。その直後、かたわらにいたメイテリエが吹き飛ばされ、岩壁に打ち付けられる気配がした。くつくつと偲び笑いが聞こえる。
「どうやらそうみたいだね。お痛するなんて、いけない女だ」
「だまれ。私は、男だ」
「テリエのモノはそう呼べるほど大きくないだろ。王が制御できない魔人なんて、危険以外の何ものでもない。それでも僕の妻になって家でおとなしくしていれば、こんな罰を受けずに済んだんだよ」
声の主が俺のそばを通り過ぎる。ずるずると何かをつかんで引きずっている音がする。
「く! 放せ!」
「大好きなパパに足を開いてたメスだったくせに、カイネミリエが生まれたとたん、オス化しちゃうなんてね。ほんと僕の立場がないよ。君を永遠に愛したくて、アイテリオン様に魔人にしてもらったのに」
こいつも魔人? しかもアイテリオンの?
アイテ二オス。アイテ……名前から察するにあいつの親族なのは確実だろう。
しかしなんという魔力だろうか。
俺は焦った。あたりに降りている魔法の気配がはんぱではなかった。
指一本、動かせなかった。
ほんの、一ミリも。

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- 優(まさる)
- 2015/11/14 23:28
- こう言う場合は、動かぬ事が良いでしょうね。
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