アスパシオンの弟子72 水鏡(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/21 01:28:54
――「おまえの足は……超合金で出来ているのか?」
数分後。寺院の二階の回廊には、呆れ顔でよろよろ歩くメイテリエの姿があった。
背には革ベルトがついた剣。腕の中にはウサギの俺。実に驚異的な回復ぶりだ。
「ううう、いってえ……」
「アイテ二オスの戒めをまっぷたつにするとはな。信じられぬ」
鎖は――ちぎれた。でも魔力を込めすぎて、両足が折れた。
助けてやろうとした相手に、今、癒しの技をかけられている。なんだか本末転倒な気がするが、魔人が自由になっているからよしと納得する。
だけどメイテリエには、その……。布の切れ端をちょっと、巻きつけてほしかったかも。メニスの胸って結構その、普通にその……。抱っこされてる俺、年がいもなく鼻血が出そうだ。
ひどい拷問を受けながらも、メイテリエは相手からしっかり情報を聞き出していた。幸運にも、アイテリオンは地上へ行っていて不在。ヴィオは寺院の西塔のてっぺんに軟禁されているという。
「二オスは私を溺愛してるからな。ねだったら破顔で教えてくれた」
「ねだった?」
「つまり、肉を切らせて骨を断つだ。しかしちょっと好き放題させすぎたな」
しごく淡々と言われたけど、つまり本当に肉を切ってくれって頼んだんだろうか。この人は自分を、毛ほども大事に思ってないようだ。体だけでなく……自分の存在そのものにも、なんだか無頓着な雰囲気だ。なりふり構わないというか。投げやりというか。無茶苦茶というか。
「テリエ? 逃げていいって、誰が言った?」
逃亡開始からいくらもたたぬうちに、ねっとりとした猫なで声が背後から襲ってきた。
アイテニオスだ。右手を銀色に輝かせ、にやにや顔でゆっくり近づいてくる。
こんなにすぐに金縛りを解いてくるとは、やはりさすがというべきか。
だ、だけどやっぱりその……下着ぐらい、つけてきてほしかったかも。メニスのあそこってやっぱりその、普通にその……。だ、だめだ、上を向いて奴の顔に集中しよう。
アイテニオスは端正だが、本当に性格が悪そうだ。口角がこれでもかと引き上がっている。小首をかしげ、奴は甘ったるい声を出した。
「ねえテリエ。僕たち久しぶりに会えたんだよ? もっと遊ぼう?」
「黙れヘタクソ。あっちへいけ」
え。
え?
へた……?!
俺は唖然と、すっ裸の二人の魔人を交互に見上げた。
振り向いたメイテリエの冷たい言葉に、アイテニオスが一瞬で凍りついている。
「痛いだけで全然だ。この―――」
冷徹な貌のメイテリエの口から、ひとこと鋭い言葉が飛びだした。意味はわからないが、たぶんメニス風の侮蔑の言葉だろう。とたんにアイテニオスの顔からみるみる血の気が引き。顔が情けなく歪み。
「ウソ……だ……ウソだあああっ!」
ぼん、と右手からぎらぎら輝く光弾が放たれた。
「僕は最高の技を駆使したッ!! 不満を言われるなんてありえない!!」
光の玉がぎゅおんとメイテリエの肩を裂き、廊下の窓をぶち破る。
不満というか非難されるのは当然だと思うんだが、激昂するアイテニオスは怒りに任せて、ぼんぼん光弾を放ってきた。
俺を抱きしめ身を丸くしたメイテリエの体が、凄まじい爆風で寺院の窓から吹き飛ばされる。地に落ちた彼に、ばらばらと崩れた白い大理石のかけらが雨のように降りかかる。粉々になった窓のギヤマンも、白い背にどすどすと……。
『きゃああ!』
背中の剣が悲鳴をあげると、メイテリエはすぐさま剣もかばうように抱きしめた。
「め、メイテリエ、足首が曲がってる。おまえ俺を守るために、変な着地を……」
「気にするな」
「気にする! いくら魔人でも――」
俺の訴えは、すさまじい爆風にかき消えた。
「うああ?!」「く! あのバカ!」『ひいいい!』
あまりの衝撃に俺たちはばらけ、まっさかさまに寺院のそばの池に落ちた。
ざむん、といったん深く沈み、なんとか水面に泳ぎのぼるも……
「僕は……愛してるのに! 君を愛してるのに!!」
アイテニオスの狂った声が追ってきた。奴はいとも簡単に二階から飛び降りてきたようだ。狂った魔人は泣き顔で池にざぶざぶ入ってきた。花火の塊のような無数の光の群れを背負って。
「一生懸命がんばったのに! なぜ満足してくれないんだ!」
奴の姿におののいて、水汲みにきていたメニスたちが悲鳴をあげて逃げていく。水上に浮かんでいる丸木舟も、方向転換して向こう岸へと退避していく。
「テリエ! テリエ! どこ!? もう一度ベッドにきて! やり直すから!」
放たれた無数の光の粒が、雲霞のごとく襲いかかってきた。
「テリエェエエエッ!」
とっさに水中に潜るも、光の蜂は勢い衰えることなく追ってくる。
足に一匹。頭に二匹。胴体に三匹……。
だめだ。速すぎてかわせない。あちこち貫かれて、沈んでいく。
メイテリエはどこだ? 剣は? 一緒に、沈んでいるんだろうか?
沈んで……
沈ん……
沈……
あ……れ?
気づくと、何か大きなものにすくい上げられていた。
光の蜂がきんきんと、その黒いものに跳ね返って消えている。
『ぴぴ。ぴぴ。ぴぴ、さま』
あ……
この声は……!
俺をすくい上げた大きな影が、池の中からゆっくりと身を起こした。
ざあざあと大量の水を落としながら、俺を落とさないよう大事に大事に、大きな両手にのせたままで。
そいつは、天を突くような格好で直立した。
「や……やった! エティアから数時間でここに? すごいぞポチ!!」
俺は目を輝かせて、巨大なそいつを見上げたが。
「ポ……チ?!」
俺に呼ばれてきたはずのポチの姿は、なんだかいつもと違っていた。
ドラゴン……じゃない。
こいつ……は……!
『ぴぴ、さま。ぱいる・だーおん、して、クダサイ』
全身を水草におおわれたそいつは、長い耳と、でかい前歯と、かわいい尻尾がついていて。お腹がでっぷりでっぱっていた。
このフォルムは……ソートくん改造の――!!
『ぴぴ、さま。ぱいる・だーおん、して、搭乗して、クダサイ』
まさかこいつが、来てくれるなんて。
「会いた……かった……」
俺はあんぐり口を開け。呆然と見上げ。そいつの名前を呼んだ。
驚きと、喜びを込めて。
「ポチ一号!!!」
いつも読んでくださってありがとうございます><
ポチの正体がついに次回で判明します。
水鏡の世界は、美しいけれどかなり危うい世界。
メニスの種族の運命を象徴するような、はかない世界です。
しかし完全完璧に統制されています。
これは楽園なのか。それとも……。
つづきを楽しんでいただければうれしいです^^
いつも読んでくださってありがとうございます><
メニスの純血、特にアイテ家の人はもぅ……どの人もとんでもない人ばかりです。
メニスは近親婚に抵抗がないので、大変血が濃いです。なので遺伝病や精神・肉体的に障害が頻出します。
テリエさんはかくれSです^^;
ニオスくんは近い将来、テリエに飼いならされるんじゃないかと……思います汗
そしてポチ……せ、せいいっぱいがんばります!^^;
読んでくださってありがとうございます><
アイテニオスの幼少時代はかなり辛いものであったかもしれません。
親子・親戚関係が複雑で血がかなり濃密なので、遺伝病的な部分もたぶんにあるのだと思います。
護衛として死なない魔人を作り出すメニスは、他者への愛着や依存心がとても強い種族のようです。
赤毛のアンはとても強い子だと思います。
孤児院では厳しくしつけられたり労働させられたり、辛いことばかりだったでしょう。
でもあの純粋さと想像力と強さはそこで潰されることなく、歪むこともなく……というのが
本当にすごいです^^マリラがガンコだとあきれたりしていますが、
やはり生まれつき、とても芯が強いのでしょうね^^
いつも読んでくださってありがとうございます><
はい、合体するんだとおもいます^^
しかしポチ一号、ものすごくこわがりみたいなのですが
大丈夫でしょうか……
今回もワクワクしながら拝読しました。
予想外の展開に驚いています。
それにしても、期待を裏切らない充実感ですね。
特に中編の白の世界の描写に感心しました。
まるで見てきたような・・・・。
次作も実に楽しみです。
鶴首してお待ち申し上げます。
ウサギのペペさんがようやっとのことでたどり着いたその場所で、
色々と激しいものを見てしまったようです^^;
滅びぬ命
滅びぬ肉体
崩壊する精神・・・
防戦一方のペペさんをすくい上げたポチ一号(改)は
どのように状況を変えていくのでしょう^^
赤猫剣に続き、ソートくん装備がまたひとつ・・
どんどん動く物語。続きがとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます^^
一方で、赤毛のアンのように、つらい境遇にあっても、相手の事を思いやる気持ちの強い子もいるから、生まれ持った性格の違いというのも、あるかもしれませんね。
ロボットにでもなるのかな?
お題:自分に似ている動物
ぺぺさんの場合はもちろんウサギです。
そしてどうやら、ポチ一号も……?
マエストロ・ソートアイガスの改造性能やいかに。
次回第73話「まじんがー?ポチ」、がんばります。
しかしニオス;リオンの従兄弟らしいですが、
アイテ家はきちが……いえ、さすがの血筋でありますOrz
やはり純血メニスは血が濃すぎます。