Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・132

【水の羽衣】

 月のかけらを手に入れたロラン達は、ルーラでテパの村へと戻った。その晩は宿に一泊して疲れを取り、翌朝、モハメの家を訪ねた。約束の日まで1日余裕があったが、様子だけでも知りたかったのだ。
「ごめんください」
 家の前で、ロランはそっと呼びかけた。仕事中かもしれないので、静かに戸をたたく。どこかで鶏が朝を告げていた。
「……寝てるかな?」
 ランドが言いかけた時、ガラリと戸が開いて3人はびっくりした。
「お、おはようございます」
 驚きつつ、ロランが笑顔であいさつすると、モハメは普段と変わらぬ仏頂面で3人を見上げた。
「来たか。――できてるぞ」
「――えっ、本当ですか?」
「嘘をついてどうする」
 じろりとロランを一瞥すると、老人は板の間に上がった。3人も続く。
 ロラン達が正座している間に、モハメは奥の間に行って水色の衣を両手に捧げ持って来た。
「ほれ。そこの娘さんが着るがよかろう」
「これが……」
 ルナは水の羽衣を受け取った。ロランとランドものぞきこみ、指先で触れてみる。
 それはとても柔らかく、少しひんやりとしていて、滑らかで軽かった。まるで穏やかな湖面が布の形になったようだ。衣の裾は常に霧を発生させていて、幾重ものフリルを作っている。衣自体が生きている、そう思わせる神秘的な衣装だった。
「さっそく着てみなさい」
 愛想もなく、モハメがうながした。ロランとランドもうなずく。
「そうだな、着てみてくれよ、ルナ」
「うんうん、どんなだか、ぼくも見てみたいよ」
「それじゃ……」
 衣の美しさにうっとりしていたルナは、少し照れながら奥の間を借りた。戸が閉まり、ごそごそと衣ずれの音がしてくる。
「やだこれ、どうやって着るのかしら……ボタンがない」
「前を合わせて、帯で縛れ」
 3人分の茶を淹れながら、モハメが戸を見て言う。ええ~?と、とまどうルナの声に、ロランとランドは顔を見合わせた。
 茶がロランとランドの前に置かれると、おずおずと奥の間の戸が開いた。そっとルナが顔だけ出している。
「着替えたのか?」
 湯呑みを持ち、ロランが尋ねると、気が進まない様子でルナは小さくうなずいた。
「見せて見せて」
 無邪気にランドがうながす。ルナは困ったように眉を寄せたが、観念したのか、姿を現した。ひと目見て、ロラン達は息をのんだ。常に不機嫌そうなモハメさえ、やや目を見開く。
 頭巾を脱ぎ、素肌に水の羽衣をまとったルナは、朝の光を浴びて透き通るように輝いていた。
 曇りのない白い肌が大きく開いた襟元であらわになり、まだ少女らしい膨らみの谷間がのぞいている。袖はゆったりとした筒型で、長さは肘から下までしかないが、手首に嵌めた金の腕輪にも細い布が通してあることで、見た目の調和を取っている。
 丈は短めになっており、裾は滝のようなしぶきのひだが折り重なっていた。その間から見える、ほっそりした膝が愛らしい。
 ロラン達の知らない様式で作られた衣装に、ロランとランドは無言で見入っていた。ぽかんと口を開けた二人の顔に、ルナが耳まで真っ赤になる。
「ちょっと……あんまりじろじろ見ないでよ」
「いや、その……きれいだったから」
 自分で言った褒め言葉に照れ、ロランまで赤くなった。すごいよ、と歓声を上げたのはランドだ。
「ルナ、水の妖精みたいだ!」
 まさにそれ以上の表現はないだろう。ロランも思わずうなずく。ふん、とモハメは渋く笑った。まんざらでもなさそうだ。
 だが、ルナはうつむき、「やっぱり着るのやめる……」と言った。
「ええっ、なんで?! せっかく作ってもらったのに」
 ランドが残念そうに言うと、だって、と上目遣いで二人を見た。裸足の指先がちぢこまっている。
「これからずっと、あんた達にそんな目で見られて旅をするの、嫌だし。それに露出多すぎよ、転んだら絶対痛いし。あと、着てるとちょっと寒いし……。これから寒い所に行くのに、これじゃきっと凍っちゃうわ」
「やれやれ」
 モハメは苦い目でルナをにらんだ。
「いまだかつて、そこまで文句を言った客は初めてじゃわい。衣を受け取った誰もが、目の色変えて喜んだものじゃがのう」
「ごめんなさい。でも、せめてケープみたいだったらいいな。そうしたら、今着てる服の上に合わせられるもの」
「わかったわかった」
 厳しいモハメも、きれいな娘には弱いのか、ルナの頼みに腰を上げた。
「脱いでこい。ケープに仕立て直してやる」
「本当に? ありがとう、モハメさん!」
 両手を合わせて喜ぶルナに、ふっとモハメは息をついた。ロランを振り返る。
「半日よこせ。夕方には仕上げる」
 たびたびすみません、と頭を下げ、ロラン達はモハメの家を辞した。
「あれも悪くなかったけどなぁ」
「じゃあ、あんた着る?」
 村の道を歩きながらランドが惜しむと、ルナはランドを軽くにらんだ。ロランは苦笑する。
「はは……。男の人はどうやって着てたんだろうな、あれ。――ところで、ランドはそのままでいいのか?」
「え?」
「鎧さ。たくさん戦ってお金も貯まったし、ここで魔法の鎧も買おうか?」
「ああ、ぼくはいいよ、このままで」
 立ち止まり、ランドは自分の胸元を見る。身かわしの服を旅立ちの時に着ていた服と同じ意匠に仕立てたものだ。緑色の前掛けに大きく翼を広げる不死鳥の紋章が目を引く。
「ぼくにはこれが合ってると思うんだ」
「まあ、確かに似合うけど……本当にいいのか? ここを逃したら、もう買い物できないぞ」
「うん」
 ロランが念を押しても、ランドの気持ちは変わらなかった。それでこの先大丈夫だろうかという思いが顔に出たらしい。ランドがロランに寄って、小声で言った。
「実はさ……魔法の鎧って、見た目ほど防御力高くないんだよね。身かわしの服と同じくらいなんだ」
「えっ、そうなの?」
 聞きつけたルナが声を出しかけ、慌てて口を押さえる。
「そう。ミスリルを使ってるせいで、魔法を食らっても若干威力を押さえるみたいだけど、それだったら、少しでも攻撃を多く避けた方がいいなと思ったんだ」
「そういうことか。うん、それがランドには合ってるかもな。僕なんか、前に出るしか能がないし」
「何言ってるんだよ。白兵戦だって重要な戦法だよ? 今までどれだけロランに助けられたことか。ねえ、ルナ」
「そうよ。もっと自信を持ちなさいよ」
 二人に囲まれて、ロランは苦笑した。
「大丈夫だよ。僕だって同じく助けられてるから」
 そう言うと、ランドとルナは安心したように微笑んだ。ちょっとした弱音にも真剣にとりあってくれる、その気持ちがいとおしかった。




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