自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・133
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/24 12:57:45
その日は、羽衣が仕立て直されるまで、村の湖畔を散策しながらのんびりと過ごした。
夕方の刻限にモハメを訪ねると、約束通り、見事なケープに直されていた。丈はルナのふくらはぎまでで、首元に金の留め金をあしらっていた。
「あの、お礼を……」
「いらん」
ロランが財布を出そうとすると、モハメはぶっきらぼうに答えた。
「あんたがたは、わしの織機を取り戻してくれた。久々に仕事ができて楽しかったわい。それだけで十分じゃ」
「職人だなぁ」
感じ入って、ランドがくぅうとうなる。だが、背を向けて戸を閉めかけたモハメは、ふと振り向いて言った。
「ああ、やっぱり金をくれ。50ゴールドでいい」
「構いませんが……それだけでよろしいんですか?」
「ああ。2枚あればいいからな」
差し出したモハメの、意外にもしなやかな手に、ロランは50ゴールド硬貨を載せた。
「50ゴールドでいいって、どういうことだろう」
丁寧に礼を言って辞したあと、ロランは首をかしげた。ルナが瞳を輝かせる。
「わかった。きっと、キメラの翼の代金よ」
「キメラの翼?」
ロランが繰り返すと、そうか、とランドも笑った。
「きっと旅行する気なんだよ、モハメさん。ザハンのモハルさんに会いに」
「ああ、そうか! 2枚あればいい、って言ってたもんな」
手を打ち、ロランも笑う。モハメがザハンの島を知っているのは意外な気もしたが、テパは満月の塔と縁が深く、ザハンは月の満ち欠けの伝説を持つ島である。塔で月のかけらを守っていた老人の幻も、ザハンと同じ伝説を伝えてきた。
聖なる織機には人魚の像も付いていた。満月の塔にも、人魚の像がある。遠く隔たりのある双方の土地だが、テパの民はザハンから移り住んできたのかもしれなかった。
そして、水と風の衣を織る匠の一族も、ザハンに祖があったのだろう。
「まあ、ケンカするほど仲が良いっていいことだよね」
再び宿へ歩き出しながら、ランドが言った。
「ぼくとロランはケンカしないもんね」
「そうか? 僕はもう2回くらい怒鳴られた気がするけどな、ランドに」
「あれはケンカっていうのかい?」
「はいはい、あんた達が仲良いのはわかったから……。それより、明日、海底洞窟に行くんでしょう。どこから出発するの?」
ルナが軽く手を叩いてやりとりを止める。ロランは顎に指をかけ、賢者クラウスの言葉を思い出した。
「賢者クラウスは、精霊の祠の南にあるって言ってたな。精霊の祠は、賢者アネストの話だと、ローレシア大陸とムーンブルク大陸の間にある海の中心にあるらしい。でも、今まで精霊の祠を見たっていう話は、ローレシアの港にも伝わっていないよ」
「きっと航路にひっかからないくらい、小さい場所なんだね。ちょっと待って……」
ランドは道ばたの木陰に身を寄せると、鞄から地図を取り出した。秋の日は短く、あたりはすっかり薄闇に覆われているが、竜王のひ孫からもらった魔法の地図は、絵の面が光って鮮やかに地形を映し出していた。
「精霊の祠があるかもしれない場所は、たぶんここだとぼくは見るな」
ランドは、ローレシア南の半島からデルコンダル島との間を指さした。
「アネストさんは、両方の大陸の間にあるようなことを言っていたけど、この海域は、ルプガナからアレフガルドにムーンブルクと内海の航路で、最終的にローレシア港に来る船が多く通る。それなのに、精霊の祠が誰にも見つからないなんておかしいよ。
でもここなら、アネストさんの言う地形に合ってる。デルコンダルの船がたまにローレシアに向かっても、そんなに小さい祠は、あの国の人は見過ごしてると思うな」
「世界の東側の海って、ほとんど船が通らないのね。ペルポイが鎖国をやめれば、デルコンダルやザハンとも距離が近くなって、ローレシアにも行きやすくなるんじゃないかしら?」
「いや、陸沿いの航路が一番安全だから、東側の航路が発達しなかったというのもあるよ」
ロランはルナに説明した。
「何もない海をまっすぐ進むのは難しいんだ。潮目を間違えて乗ったり、方角が少しでも狂うと全然別の方向へ流されてしまうから。だから、精霊の祠や海底洞窟が、いまだに人の目につかないっていうのもわかる気がするよ」
「となると、海底洞窟を探し当てるのは至難の業ね」
「ぼくが思うに……」
ランドの予想を言うときの口癖だ。ロランとルナは言葉を待った。ランドは人差し指を唇に当て、少し考えてから、その指でデルコンダルとザハンの間を示した。南の大海の中心である。
「精霊の祠のある海と対になる海域は、この南の大海しかない。言い伝えっていうのは、近い所の話が多いもんだよ。ここなら、ザハンからそこまで遠く離れていないしね」
「確かに……。それに、ここならデルコンダルから西に行った方が近いな」
地図をのぞき込み、ロランは感心した。ランドはえへへと笑った。
「まあ、あくまで予想だから……はずれたらごめんよ」
「賢者クラウスが、もう少し詳しい座標を教えてくれたらよかったんだけどな。でも、ランドの予想は当たってると思う」
「じゃあ明日の朝、デルコンダルにルーラお願いね」
「はいはい」
まんざらでもなさそうにランドが返事する。
いよいよだな、とロランは思った。星が瞬きはじめた空を見上げる。細い下弦の月が、鋭い爪のように見えた。