Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・135

 勾配を下るにつれて熱気はひどくなってきた。入り口付近にもうもうと立ちこめていた湯気は程なくして消え、皮膚が剥けそうな熱波に変わる。真っ暗な隧道(ずいどう)の先に、鮮やかな橙色の光が照り返している。
「これは……」
「溶岩、だね」
 降りた先は、灼熱の川が流れる広大な空間だった。凄まじい熱気を少しでも防ごうと、ロランは片腕を顔の前にかざす。ぐらぐらと煮え立つ流れを見て、迷わずランドが答えた。
「地面の下に流れているもので、鉱物や岩が溶けている状態だよ。火山が活動すると、これが地下から噴き出してきて危ないんだ」
 初めて見たよ、とランドは顔を熱気に火照らせてうれしそうだった。
「それより、どうやって先に進めばいいのかしら。足場はここしかないわ」
 ルナは涼しい顔であたりを見た。よく見れば、ルナのまとう水の羽衣が周囲に淡い水煙を発生させていた。熱を防ぐ効果は、着ている本人しか恩恵はないようだ。
「こういう時こそトラマナだよ」
 ランドは右の人差し指を唇に当て、呪文を唱えた。ランドの体から生じた淡い光がロランとルナを包む。
「すごい。熱くなくなった」
 ほっとロランは息をついた。だが、泡立ち流れる溶岩を見ていると、すぐに足を踏み入れる勇気が出ない。
「ロランも怖いって思うこと、あるんだね」
 ランドが顔をのぞき込んできて、ロランは苦笑した。
「あるよ。しょっちゅうさ」
「大丈夫だよ。結界だって普通に入れただろ?」
 ランドは微笑み、先に足場から溶岩へ踏みこもうとした。その肩を押さえて止め、ロランは前に出る。
「僕が先に行く。信じるよ」
 まだ緊張した顔のロランに、ランドは小さくうなずいて後ろについた。ロランは深く息を吸いこみ、一歩踏みこむ。足はしっかりと地を踏む感触を伝えてきた。熱さも感じない。
「ね?」
 溶岩の上に立ったロランを見て、ランドはにっこり笑った。ルナが苦笑する。
「あなただって、溶岩の上を歩くのは初めてでしょう?」
「呪文の効果を信じることは、自分を信じることと同じさ」
 ランドはロランに続いて溶岩の上に降り立った。ルナも続きながら、ロランが一瞬ためらった理由を察する。
 呪文の効果は、術者本人が体感として持っているものだ。ランドの言葉は、そういう意味である。
 しかし魔法が使えないロランは、その感覚を生まれつき知らない。彼が踏み出せたのは、呪文の効果ではなく、ランドを信じたからだった。
 溶岩を渡って、ロランは左手に進んだ。右手にも進めそうな通路があったが、こちらの方が奥に広がりがあったからだ。邪教の徒が潜むなら、入り口に近いところは選ばないだろう。溶岩も、左の区域は流れていない。
 洞内は天井が高く、火山活動によるものではない小部屋がたくさん作られていた。魔物や神官達が、地下の神殿として体裁を整えたのだろう。
 ごつごつした黒い岩盤を踏みしめ、3人は先へ進んだ。あちこちに溜まっている溶岩の照り返しのおかげで、灯りを用意しなくていいのは助かった。だが、明らみはこちらへ寄ってくる魔物の姿も克明に映しだした。
「あれはっ――」
 天井を這ってくる大きな眼球の魔物に、ランドが体を強張らせた。ルナも息をのむ。
「そんなに手強い魔物なのか?」
 ロランがロトの剣を抜いて振り返ると、二人はそろってうなずいた。いかずちの杖を構え、ルナが言う。
「悪魔の目玉よ。魔力を吸い取る、魔法使いの敵なの!」
 赤黒い粘膜に血走った眼球を覆い、黄色い無数の触手を垂らした悪魔の目玉は、大群でこちらへ迫ってきた。見た目のおぞましさに、さしものロランも目をすがめる。
「来たっ!」
 ランドは背から光の剣を抜き、高くかざした。まばゆい光があたりをくらませ、何体かがたじろぐ。だが、先行したものの影にいた数体が、触手を妖しくくねらせた。ルナの体から金色の光が抜けて、触手を踊らせた1体に吸いこまれる。小さく悲鳴を上げ、ルナは立ちくらみを起こしてよろめいた。
「今のが?!」
 首を絞めようと伸ばしてきた触手を素早く斬りつけ、ロランはルナを振り向く。ルナはうなずきながら、いかずちの杖を振るった。
「ええ、不思議な踊りって呼ばれてる。早く全滅させないと、魔力がなくなっちゃうわ!」
 言ったそばから、今度はランドが魔力を奪われてよろめく。
「くっ!」
 ロランは天井を見上げた。位置が高く、剣が届くのは垂れ下がる触手だけだ。
「なんとか落とせないか?!」
「やってみる!」
 ランドがベギラマを唱えた。閃光がまたたき、炎の幕が天井の魔物を一斉に包む。さすがに効いたのか、張り付く何匹かが肉の焦げる嫌な匂いをさせて落下した。すかさずロランがロトの剣で斬りつけ、とどめを刺す。
「援軍だわ!」
 後方を見て、ルナが叫んだ。どうやって岩盤を突き抜けているのか、血の泥でできた手だけの魔物・ブラッドハンドが複数、指をうごめかせてにじり寄ってくる。殺気を嗅ぎつけたのか、紫色の霧がどこからともなく結集し、にたりと笑った。ガストだ。
「全滅させてたらきりがないよ!」
 はやぶさの剣で、迫る触手を切り払いながらランドが叫んだ。やむを得ないと、ロランは決断する。
「逃げよう!」
 ロラン達は走った。どれも足の遅い魔物だったことが幸いし、からくも振り切る。逃げた先に下る勾配があったので、そこへ走り込んだ。
「二人とも、大丈夫か?」
 息を整えながら、ロランは訊いた。なんとか、とランド。
「あまり吸い取られてはいないけど……この先もああいうのが出るんなら、覚悟を決めた方がいいかもね」
「一度出直す覚悟、か」
「うん」
 ルナはいかずちの杖を見つめた。
「この杖のおかげで、だいぶ魔力を温存できるけど……全部尽きてしまったら、ここから出るのは楽じゃないわね」
「そうか、リレミトが使えなくなるから……」
 事態の深刻さにロランも眉をくもらせる。なんとかなるよ、とランドは努めて明るく言った。
「そうなる前に、邪神の像を取ればいいのさ」




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