11月自作/七五三・筆 「宿り子」(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/11/30 10:48:07
さんさんと降り注ぐ木漏れ日の下。
うわあ! と娘が大きな目を見開いて、切り株の上を眺める。
赤毛の青年は狂喜する娘を膝に乗せ、ぐりぐりとその金髪の頭を撫でた。
「どーだ? すごいだろ? 池で魚を釣ったんだ」
『釣ったのは私です。波動で発破をかけました』
切り株のそばに置かれた青年のリュックの中から、折れた剣が卒なく訂正する。
「今日は、カーリンがママと出会った記念日だからさ。ごちそうを用意したんだ」
切り株の上には、巨大な蒸し魚。香りよいキノコとともに大きな葉にくるんで調理されたもので、ほわほわとおいしそうな匂いの湯気がたっている。魚の隣にあるのは、銀花の根っこの蒸し焼きとほろほろ鳥の丸焼きだ。ねっとりとして甘い球根は、狼たちが匂いをかいで場所をつきとめて掘ってきたもの。ほろほろ鳥は、牙王が見事に仕留めてきたものだ。
わきあいあいと賑やかな宴が始まった。
娘はたらふくご馳走を食べ、狼たちとぐるぐる舞い踊った。
青年は、かわいい娘に贈り物を贈った。それは木の実の汁でかかれた木の皮に描かれた絵で、娘と、青年と、金色の狼の似顔絵だった。
娘は大喜びで、その絵をきつく抱きしめた。
「パパありがとう! すてき! とってもすてき!」
木漏れ日の下に、明るい笑い声があふれた。いつまでも。いつまでも……。
体がだるい……。
黒服の男は、うつろな目で周囲を見回した。
湿って寒い、暗い地下牢。数ヶ月、ここに閉じ込められたままだ。
少年アデルの儀式を終えてから、三年待った。
当主が病に倒れて、ついに「好機」が訪れた。
当主の杯に薬と偽り毒を仕込んだ。
しかし――すぐにばれた。黒服の男がアデルに埋め込んだ精霊は、激昂した当主の精霊に勝てなかった。
男と少年は当主の魔力に打ちのめされ。引き離され。囚われた。
当主は餓死させたかったようだが、精霊の加護が主人である男を護ってきた。
しかし先ほどから、体の調子がおかしい。息が苦しい。どっと何かの反動が来たかのように体が重い。幻が見える。
金の髪の少年が、鉄格子のむこうに見える。いや、これは……
「幻じゃない……?」
「いっしょにきて」
アデルが、そこにいた。その美しい黄金の髪は初めて会った時のように長く伸びていて、白い夜着には血がついていた。
その身なりと、彼が両腕に抱いているものを見たとたん。男は呆然と少年の本当の名前をつぶやいた。
「アデリア……!」
「おねがい。いっしょに逃げて」
「みごもっていたのか?!」
「う、生まれたの……ついさっき……」
少年――いや、少女はわっと泣き出した。当主は、待っていたのだという。少女が孕んだ子が生まれるのを。
「あなたの血を引いてるから、もしかしたらシュヴァルツカッツェの印が出るかもしれないって……そうしたらこの子だけは許して次期当主にしてやるって……。で、でも、印が、出なかったの……!」
当主に産み落としたばかりの赤子をとりあげられそうになったとき。あたりがまばゆく輝き、牢の扉がはじけるように破れた。それで少女は逃げ出してきたという。
男はまじまじと少女を見つめた。
額にあるべき印が、ない。
「……お館様は?」
「扉といっしょに吹きとばされたけど、きっと気絶してるだけ……」
「おいで」
男は、少女と赤子とともに屋敷から逃げ出した。
なぜか顔がほころんだ。心が嬉しさと幸せに満ちた。
この由緒ある家を乗っ取りたかったのに。莫大な富と権力が欲しかったのに。赤子を抱いた少女を見ると、そんなことはもうどうでもよくなった。
いや。もっと以前から変化は起こっていたのかもしれない。牢の中で毎夜ひそかに、いとしい子の無事を祈っていたから。
そう。いとしい。この少女は、何よりもいとしい子だ。
しかし子を生んだばかりだ。それに、額の印が消えている。体がもつだろうか……。
家族は、近くの村に逃げ込んだ。いくばくか金子を持ち出せたので、その日だけは旅籠に泊まれた。
「なんとかわいい赤子だ。ちょっと描かせてくれるかね?」
そこで画家だという泊り客に、絵を描いてもらった。家族三人の絵だ。
父親と、母親と、赤ん坊の娘。
母親は大喜びで、その絵をきつく抱きしめた。
だがその夜。
家族は当主の追っ手に見つかり、森の中へ追い込まれた。敵は漆黒の影のような、この世ならざる恐ろしいものどもだった。
子を生んだばかりの少女は、衰弱激しくついに倒れた。
やはり精霊の護りは、少女から消え去っていた。
そして、男自身からも――。
男は、確信した。
おのれが少女の中に閉じこめた精霊が仕返しをしたのだと。
精霊は二人の赤子として生まれて、二人からすべての恩寵を取り去ったのだと。
そう。これは――。
天罰。
「おねがい。この子をつれて……にげて」
「すまないアデリア……私も……もうだめだ」
男は赤子と少女の上に覆いかぶさり、護るようにして倒れた。
直後。
この世ならざるものどもが不気味な咆哮をあげ、襲いかかった。親子の命を奪うために。
「いやあああああ!」
すさまじい泣き声に、赤毛の青年は干草のベッドから飛び起きた。
娘が火がついたごとく泣き出している。目を見開き、ぼろぼろ涙をこぼしている。
ごちそうを食べて、狼たちと踊って、青年が贈った似顔絵を抱き締めて、とても幸せな気持ちで眠りについたはずなのに。怖い夢でも見たのだろうか。
牙王がおろおろと娘を抱き締める。
「あたし、たすけなかった!」
娘は、贈り物の絵をぎりぎり握りしめて、叫んだ。
「パパとママ、たすけなかった!!」
「カーリン?」
「あたし、ぜんぶみてた……でも、なにもしなかった! あたし、ひどい! わるいこ! すごくわるいこ!!」
娘が金切り声をあげるなり、ぶわりとその体から風が巻き起こった。
その風がどす黒かったので、青年は息を呑んで硬まった。何かが娘に取り憑いたのだろうかと、とっさに折れた剣をリュックから取り出す。
「ぎゃいん!」
牙王が黒い風に吹き飛ばされて、キャンキャンと狼たちが尻尾を巻いておびえる中に転げ落ちる。
「パパ! ママ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! うあああああん!」
びき、と大きな切り株に亀裂が走る。干草のベッドがぼうぼうと舞い上がる。
『あの子の内から波動が出てます』
折れた剣が冷静な声を発した。
『抑えるのは無理――』
「うわああっ!」
青年は空に舞い上げられた。彼だけではなく。周囲のものがみな、吹き飛ばされた。
牙王も。狼たちも。切り株も。周りの木々も根こそぎ。
娘から流れ出る暗闇の風が渦巻き、大きな円形の膜をつくった。
「カーリン!!」
あたかも結界のごときその膜の中に、みるみる漆黒の闇が満ちる。どろどろと、汚泥のように。
闇の中で娘は泣き続けた。泣いて許しを乞い続けた。
泣きながら、どんどん作り上げていった。
だれにも壊せぬ、巨大な闇の珠を――。
「カーリン……カーリン……!」
森を削り呑み込んだその珠に這い寄り、青年は叫んだ。
「カーリン! 出てくるんだ! カーリン!!」
狼とともに何度も珠を打ち叩きながら、叫んだ。
いつまでも。いつまでも。あきらめることなく……。
かくして青年と狼たちは、闇の珠から娘を救い出そうとあらゆる手を尽くすことになるのであるが。
それはまた別の、長い長い物語である。
宿り子 ――了――
読んで下さってありがとうございます><
ダークな場面と明るい場面の対比、時系列ははじめはあやふやなままで……と
いろいろ仕掛けを入れてみました。
光が明るければ明るいほどできる影も濃くなるものです。
カーリンの闇の繭もかなりのものができてしまった感が;
次回打ち壊せるようがんばります><
読んで下さってありがとうございます><
遅れたなんてとんでもないです。
夏生さんの感想はいつもとても励みになっています。感謝です><
今回は光と闇の場面交換と、ご指摘の通りの深層心理を考えながら書きました。
自責の念にかられる精霊=カーリンの心がどうやって溶けていくのか、
次回書ければよいなぁと思います。
読んで下さってありがとうございます><
字数の関係で闇繭解除編は次回ということに……すみませんすみません;ω;
今回はパパママの過去編でしたが
娘の心を溶かすのはやはりこの二人なのかな、という気がします。
読んで下さってありがとうございます><
子を持つ親は本当に大変です>< でもおばちゃん代理は
苦労を厭わずがんばってくれるんだと思います^^
ご高覧ありがとうございます><
牙王は青年にぞっこんですしカーリンは本命そうだし、これはわからないですよね;
でも「やっとお妃みつかるかな~」などと第一話で剣に言われているので……
油揚げをひっさらうとんびがあらわれるんじゃないかと予想@@;
アクセスびっくり! ですが、
蓄積話数が増えているせいなのかなぁと思います。
前のお話を読んで下さる方も結構いらっしゃるのかなぁと;
次回はお話にいちおうの決着をつけられるようがんばります><
黒猫家の過去の物語、青年一家の今の物語、
二つの時間が交差して大変な事態となりました^^;
深すぎる心の傷の闇と今の明るい生活との電位差が
電撃を生み、壁を生む・・・
青年シリーズ、いつも楽しく読んでいます^^
一寸多忙すぎて、感想が遅れて申し訳ありません。
人の記憶は不思議なもので、幼児期のみならず乳児期の記憶も
残されているとのこと。
特に乳児期では、視覚情報が中心になるので、衝撃的な出来事は
心理的外傷に結びつくと言われています。
今作品は、そうした心理学的・精神医学的な説に裏付けられており
一作品を書くのに下調査が大変だったろうなぁ~と感じました。
本当に楽しく拝読しましたよ。
m(_ _)m
次回という感じでした
大丈夫かな、どうなるのだろう……
おばちゃん代理がどこまで守れるかですね。
カーリンの出征の秘密があかされました。なんて数奇な運命。
それにしても折れた剣を従え一国の王となる青年の嫁が、押し掛け女房化した牙王になるのか、養女を返上した少女になるのか、はたまた食堂のおばちゃんが現れ道ならぬ道に突っ走るのか、気になるところ