アスパシオンの弟子74 魔人団(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/04 11:55:05
『うわあ弟子、これなに?』
あ……お師匠さま……だ。
なんで、ここに? あ、これは……夢、か?
黒い衣の我が師はにこにこ。なんだかとっても上機嫌だ。
『でっけえ! すげえでっけえ! てかこれ、みたことある!』
それはポチです、お師匠さま。弟子のソートくんが改造しちゃったんです。
可愛い丸ウサギだったのに、ムキムキかっこよくされちゃったんです。ロケットパンチとかもつけられちゃって。
『そうかぁ。おお、こっちはなんだ? すげえかっこいい!』
それは異星から来た聖剣の複製です。ソートくんがオリジナルの情報をそっくり複写して造ったんですよ。しかも破壊の目の機能つきで、赤猫って子の魂を吸い込んじゃってます。
『ふうん。じゃあこれは?』
妖精たちです。ソートくんがエリシア姫の卵子を受精させて造……
ちょっと! 韻律でスカートめくるのやめてくださいよ!
うちの子になにするんですか! ちょっと離れて! しっしっ!
『なんだよ、おまえが作ったものはないのかよ』
え?
『こんだけ長ーく生きてて、おまえが作ったもんは? ないの?』
あ……あります。 ありますよ! こ、これ、です。
『どれどれ? 見せて? うおお! ウサギだぁ! かわいいけど……まるでふつうだなぁ』
あっ、お師匠さま。だめですって。そんな手当たり次第にウサギを一箇所に集めないでください。
いろんなところにばらけさせておかないと……
『一匹じゃものたりん。こいつら集めてウサギランド作ろうぜ』
まって! おねがいですから。おねがいですから待って……!
う……。なんだろう今の夢は。我が師の夢なんて超久しぶりだ。
目の前がまっ暗い。頭を打ったか?
しかしなんの痛覚もない。オリハルコンの布をウサギになってる体に巻いてるはずだから、怪我をしていればそれなりに痛いはずなのに。何かに触れている、という感覚が皆無だ。浮遊感すらもない。
まさかあの世、じゃないよな? 俺は死ねないもの。
ああ……銀の右手を寺院の地下に置いてきたままだ。ヴィオを連れてまたあの地下に降りて、右手を回収して聖域に逃げ込もうと考えてたんだよな。どうにかして回収できないかな。
でもまさか、ポチ一号が来てくれたなんてびっくりだ。
俺の腕輪から発する1ビビット周波数は、ウサギやネズミといった小動物の媒体に受信中継されてポチたちに届くようになっている。周波数を受信する動物たちの体内にあるのは、俺が仕込んだ豆粒ほどの「受信臓器」。そいつを作る遺伝子は、普通生殖で親から子へと確実に受け継がれる仕様だ。
いまや俺の仕込み入り小動物は大陸中に繁殖して分布しているから、どこにいてもポチを呼べる。そして今回は俺により近いところにいたポチ1号が、動物たちが中継した俺の呼び出しを受け取ったんだろう。
しかしびっくりだ。ポチが前世の俺と会ってたなんて。
融合カプセル「高砂の席」でポチと俺の脳神経をつなげた時、その記憶がどっと流れ込んできた。
俺自身は前世の記憶は夢でちらと見るぐらい。つまりほとんど覚えてないに等しいのだが、ポチの記憶にあるウサギと蒼い衣の男の子たちを「見た」瞬間、なんだか懐かしい感覚がこみあげた。
ポチを寺院の前の湖から塩の湖へと導いたのは、まごうことなく前世の俺と、若かりしころのわが師と兄弟子様。ペペとハヤトとエリクだった。
つまり兄弟子様が言ってた「塩の湖にいるヌシ」というのは、ポチ一号のことだったらしい。
やっぱりとんでもなく逃げ足速いなぁ。生存本能をちょっと強めに設定しただけなのになんであんな風になるかな。
どこへ逃げたのかわからないが、ポチはいずれあの塩の湖に戻るのだろう。俺が兄弟子さまと出会ったころ、つまり今から七、八年後には、ヌシは湖の底にいるって渡り鳥たちが言ってたもんなぁ。
しかし本当に真っ暗闇だな。
ええとたしか、ポチが光の矢のように逃げていったあと――
ポチから射出された俺は、白い蝶に追われながら逃げたんだ。
抜け穴でアイテリオンと出くわすとは、本当に間が悪かった。
周りには、蝶。蝶。蝶……。
メイテリエが剣とヴィオを抱えて前を走ってるのは見えたが、突然視界がふっと途切れて意識が落ちたんだっけ。
不安がわきたつ。ぞわぞわと嫌な予感がする。手足を動かしたいが、感覚がないのでどうしていいかわからない。困りきったあげく声を出してみようと思い立つ。
「う。あ。ぐ。む。む」
うう、自由に口が動かない。
「目覚めましたか」
俺の呻きに気づいたのか、即座に嫌な声が降ってきた。
「ずいぶんと暴れてくれましたね」
メニスの王アイテリオンの声だ。なんてこった。やはりこいつの手中に落ちてしまったのか。
「わが子フラヴィオスがメイテリエにさらわれたばかりか、ノミオスまでも……。かわいそうに、ニオスは瀕死。あの子はメイテリエのようにすぐには治りません。おぞましい灰色の技など使っておりませんからね」
驚異的な再生能力をもつ魔人メイテリエ。オリハルコン製の心臓と血液から大体見当はついていたが、やはり灰色の技を入れ込んだものか。前王レイスレイリはアイテリオンとは違い、人間の技を嫌ってはいなかったのだろう。
「メイテリエとその一派はわが子たちを盾にして、地の底の聖域に逃げこんでいます。まったく困ったものです。あそこには、さすがに手が出せません」
メイテリエとヴィオが逃げ延びてくれたことがわかり、俺はほっとした。アイテリオンの話しぶりでは、ノミオスも無事聖域に達したらしい。
しかし困ったと言いながらもアイテリオンの声音は少しも翳っておらず、とても穏やかだった。
「まあ、なんとかしましょう。しかしウサギの魔人を見たのは初めてですよ」
嫌な予感があたった。
俺はまだウサギのまま。しかも、ついに魔人だとばれてしまったらしい。
「我が胡蝶の毒を吸って神経が麻痺しておりますが。まずは動けるようにしてあげましょう」
突然、手足の感覚が戻ってきた。目隠しを取り去られたごとく、黒かった視界がいきなりひらける。
目に飛び込んできたのは、アイテリオンの端正な顔。それしか、見えない。顔を両手で固定され、唇が触れ合いそうな距離から見つめられている。
「では、宣誓しなさい」
「せ?!」
「留守を預けていたニオスの代わりにカトスを私の代理に任じました。よってあなたをカトスの代わりに私の護衛に任じます。ですから今ここで、私に忠誠を誓いなさい」
「な……い、いやだ!」
「ウサギの魔人など初めて見ますが、あなたはまごうことなく魔人。心臓に変若玉が巣食っているのが透視できますからね」
心臓を透視できるということは……! 俺は手足をばたつかせ、あわてて確認した。体に巻きつけていたオリハルコンの布が取り去られている。
まずい。これは。万事休す、だ……!
「魔人なればあなたはおのが主人と同様、メニスの王たる私にも従わねばなりません。不死の魔人は、きちんと統制されなければならぬのです」
「いやだ! 放せ!」
「さあ、誓いなさい」
アイテリオンの顔がさらに近づいてきて、その赤い唇が儀式のごとく厳かな雰囲気で俺の口に触れてきた。
「うああああっ?!」
電流が走ったかのように四肢に痺れが回る。と同時に。俺の口が勝手に動いた。
俺はかわいらしいきゅうきゅう声で言い放った。
とても恐ろしい言葉を。
――「はい、我が君。俺は我が君に忠誠を誓います」
これから先の未来は・・・。