Nicotto Town



アスパシオンの弟子74魔人団(後編)

 冗談じゃない! 

 俺は焦った。 

 アイテリオンに操られ、しもべとして誓いを立てるなんて。

 それを恐れるがゆえに何百年も隠れていたのに。あと少しというところで……!

「ウサギの魔人よ、あなたの名前は?」

 俺はぺぺといいそうになるおのれに渾身の力をこめて抗った。

「ぺ……ぺ……ペペロンチーノ食いたいっ!」

「はい?」

「いや! 俺は! ぺっ……ぴっ……ペピ!!」

「よろしい、ぺピ。あなたはだれの魔人ですか?」

 なんとか本名を教えるのだけは避けられたが、次の質問には抗えなかった。

「俺の主人は灰色のアミーケさんです!」

「おや。どこにいるともしれぬあの出来損ないが、ここに間諜を送っていたのですか」

「いいえ! ご主人様に命じられたわけではなくて! これは俺の意志です! あんたを倒すために動いてました!」

 俺の口がすらすらと勝手に動く。なんてことだ……。

「ウサギは変化体のようですが、正体は何ですか?」

「人間です!」

「では、元の姿に戻りなさい」

 俺の体は言われた通りにみるみる人間の姿に戻った。首をしめる腕輪をあわてて外すと、アイテリオンがさっと取り上げた。右手のない人間の姿の俺を見るなり、メニスの王はなるほど、と深くうなずいた。

「あなたは、わが子ノミオスを助けようとした人間ですね。つまりメイテリエとともに時の泉から脱出したというわけですか。赤毛のプトリ家の人々の背後にいたのがアリスルーセルの魔人であるということは、プトリ家の方々はアリスルーセルの手の者であるのですか?」

「ちがいます! あれは俺が勝手に育てている娘たちです!」

 万事休すどころじゃない。妖精たちの身の上まで危うくなりそうな雰囲気だ。妖精の親はだれかとか聞かれだしたら、ソートくんの名前まで口走ってしまうことになる。

「このことを、あなたの主人は知っていますか?」

「知りません!」

「ふむ。正直に答えているようですね」

 アイテリオンが微笑んできた。この余裕の貌。こわいなんてものじゃない。

「とすると。主人を思うあまりに暴走したわけですか。でも、勝手に悪いことをしてはいけませんよ」

 なんとかソートくんのことまでいわずに済んだので心底ほっとしたものの。俺はすっぱだかのまま腕を捕まれ、その場から出された。出掛けにちらと見渡せば、アイテニオスの部屋のように竜の彫刻の噴水が二つと、玉座のような椅子があるだだっ広い部屋だった。アイテリオンの私室だろうか。とすると、俺は寺院内の宮殿部に戻されたわけだ。

 アイテリオンが俺を引っ張って回廊を進んでいく。

 少しも、抗えなかった。

 逃げられなかった。

 暴れたいのに四肢は大人しくアイテリオンの歩調に合わせていて、ちっとも思った通りに動いてくれなかった。

 アイテリオンは、ニオスが無残に破壊した回廊を見やって哀しげにつぶやいた。

「かわいそうなニオス。メイテリエが私の統制下にあれば、こんな苦しみを感じずに済んだのに」

 俺は真っ先に、そのアイテニオスに対面させられた。

 メイテリエをいたぶったあの部屋。彼を串刺しにして銀色の血まみれにした寝台の上で、アイテニオスはひどく嗚咽していた。全身を包帯に巻かれ、四肢がちぎれてまるでだるまのようだったが、それでも彼は生きていた。

「テリエが逃げちゃった! テリエが……」

「大丈夫ですよ。メイテリエは必ずここに戻ってきます。きっとニオスを愛しにきてくれますよ」

 アイテリオンはおのが魔人を優しく慰め、しばらくその頭を母親のように愛撫した。主人に頭をもたせかけてひっくひっくとしゃくり上げて泣くアイテニオスは、まるで甘ったれた幼子のようだった。

「ほ、本当に? 本当にっ? テリエは僕のこと、愛してくれる?」

「ええ。私が呼び戻してニオスの妻になるように説得します。だから安心して傷を治しなさい。ちぎれた手足を探させていますよ。見つかり次第、繋ぎましょう」

「手足? ふっとんだの? そんなのどうでもいい! テリエ! テリエにあいたい……」

「ニオス。腕がないと、テリエを抱き締められませんよ」

「あ……ああっ……そう、そうだね。治さなくちゃ。腕……テリエのために、治さなくちゃ」

「さあ、しばらく眠っていなさい」

 アイテリオンがニオスの顔に手をかざす。すると泣きじゃくるニオスはすうと大人しくなり、ゆっくりまぶたを閉じた。

 俺はぶるっと身震いした。ニオスは、おのれをこんなにしたポチのことをまるで気にしていなかった。たぶん俺の存在も全く認識してないに違いない。こいつの頭には、本当にテリエのことしかないのだ。

 ニオスの部屋から出るなり、アイテリオンは俺を穏やかに諭した。

「あなたがしたことをご覧になりましたか? こんなひどいことを、二度としてはいけません。あなたが善き魔人となるよう、これから導きましょう」

 善き魔人だって?

 聖堂の間に連れて行かれた俺は、そこで意外なものに引き合わされた。

「この人たちは?」

「私の魔人団ですよ」

 白い衣をまとった、十数人の背の高い純血のメニスたち。

 この者たちが、みんな魔人?!

 呆然とする俺に、アイテリオンはひとりひとりを紹介し始めた。

 ニオスの代わりに鎮守としたカトスというのも魔人のひとり。その他になんと十二人。

 アイテリオン自身が魔人にしたのはニオスとカトスの二人。他の魔人たちは、歴代の王に魔人にされた者たちだそうだ

 原則として、王以外が魔人を作ることは禁止されているらしい。

「アリスルーセルが勝手をして彼のための魔人を作ったようです。名はペピというそうです。これより私の統制下に入ります。仲良くしてやって下さいね」

 では歓迎の歌をと、真っ白い衣をまとう魔人たちは美しい歌を合唱しはじめた。

 そのとたん。降りてきた魔力の気配の強力さに、俺はふがいなくも慄いた。美しい唱和に、たちまち寺院の中央にある魔力増幅器が反応して震えだしている。

 なんて魔力だろうか……。

「私は常にこの魔人団を連れて、地上に出ていきます」

 メニスの王は誇らしげに微笑んだ。

「胡蝶の技はこの魔人たちによって増幅されていたのですよ」

 王が各地に神出鬼没できるのも、俺やノミオスをあっという間にメニスの里に運べたのも、この「魔人団」の力だという。

「あなたも今日から、彼らの一員です。ひとりで勝手に動いてはなりませんよ。魔人は、統制されねばならないのです」 

 アイテリオンは俺を、魔人たちの中で一番の古株であるアリスバルトに預けた。この人こそは魔人団をまとめる護衛長で、竜を乗り物としてあやつっていた太古の時代から、メニスの王たちに仕えているそうだ。 

「では新入り、さっそく魔法の気配を降ろしてみよ」 

 王が俺を魔人団に託してその場を離れるや。護衛長は即座に俺に命じてきた。

王を護るためには、魔力が必要不可欠である」

 すらりとして美しい人だが、その口調はまるでいかつい前線の兵長のごとし。とても自尊心の高い人のようだ。  

「さあ、おまえの力を見せてみよ」

 胡蝶を自在に操れる、絶大な力。

 この俺が、アイテリオンのためにその力の一部となる? 


『いやだ!』


 その言葉を、俺はどうやっても叫ぶことができなかった。 

 勝手に俺の口が動いて魔力顕現の韻律を唱える。

 あたりに魔法の気配が降りてくる……。


 ちくしょう!!

 

 俺は心中で絶望の叫びをあげた。

 おのが身は、支配されていた。

 ものの見事に。アイテリオンの、望むままに――。 

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2016/06/19 21:26
どうやってその支配から逃れるのでしょうか?
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2015/12/07 08:14
よいとらさま

読んで下さってありがとうございます><
一番恐れていたこの状態からのぺぺの起死回生的巻き返しに期待ですが、
鬼軍曹のアリスバルトさんにおちこぼれ認定されるのは必至かと……
魔人団を相手に立ち回れるのかどうか。
続きの執筆がんばります^^

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2015/12/07 08:10
優(まさる)さま

読んで下さってありがとうございます。
本当に良い結末になればよいなぁと思います。
ふんばりどころ、がんばります。
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2015/12/07 08:09
夏生さま

読んで下さってありがとうございます><
最後の章はいきなりピンチでの開幕です。
ぺぺは現状を打破できるのか。
一気に最後までがんばります。
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2015/12/05 11:11
おはようございます♪

ペペさん絶体絶命。
完全にコントロール下に置かれ、「善き魔人」への第一歩を・・・

このままでは魔力増幅の素子の一つですねぇ^^;

増幅を複数の素子で行うには、素子同士の位相がそろっていなければなりません。
ペペさんの、素子としての性能が問われます。
もし、規格外や不良品だったなら・・・

想像が勝手にどんどん膨らみます^^
物語は終盤へ。続きがとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2015/12/04 21:27
良い結末に成るかどうかですね。
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2015/12/04 18:56
今晩は!

今回の作品で、群れる白い胡蝶の秘密が明らかにされました。
魔人団の魔力が技を増幅していた!
思いもかけない秘密でした。

本当にこれから、続編から目が離せなくなりましたね。
次作を心よりお待ち申し上げます。

m(_ _)m
アバター
2015/12/04 18:50
カテゴリ:グルメ
お題:冬に食べたくなるもの。

ホットなもの~ということで
ぺぺ……ロンチーノ?!
いやいやお鍋がいいでしょう。
ぺぺ絶体絶命! ということで、いよいよ最終章突入です。







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