アスパシオンの弟子75 白き衣(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/10 20:49:42
「なんだ、このちんけな魔法の気配は!」
護衛長様の怒鳴り声が白亜の聖堂に響きわたる。
「三鐘瞑想してきて、まだこの程度だと? ふざけるな!」
ごめんなさい。護衛長様ごめんなさい。俺は。ほんとに。落ちこぼれで。
ぐずでのろまな魔人です。
「その虹色の魂はガセか? 始めと全然変わってないではないか!」
ぽすっとしけた魔法の気配が周囲に散る。俺が降ろした気配。ようやく見えるか見えないかぐらいの、淡い光。なんて情けない魔力だろう。
「ペピちゃん、ほんとに瞑想してきたの?」「やり方わかってる?」
魔人の仲間たちが俺を取り囲んで笑ったり。心配したり。怒ったり。あきれたり。
「これじゃまだ白い衣は着れないね」「土台右手がなくちゃ、韻律は放てないんじゃないの?」
「それより基本が全然なってないわ」「ペピちゃん、こうやるのよ」
ずん
みんなの魔法の気配が降りてくる。
なんて重さ。なんて厚さ。みんなの体が煌々と、太陽のように輝いている。
「最低このぐらいじゃないとね」「ペピちゃんのはなんのたしにもならないよ」
みんなが歌い出す。見事に合わさる声。美しい唱和。
溶けあう音の流れが渦を作る。そのうねりが、さらなる輝きを生む。
なんてまぶしい……!
おののく俺が腕で目をかばうと。ふわり、と体が浮き上がった。
「やめて。ひい」
あわてて足の間を隠す。だって腰布一枚だから。
「少しも持ちこたえられぬとは。簡単に持ち上げられてどうする!」
いらいらと胸の宝石板をいじりながら、護衛長さまが睨み上げてくる。
「ご、ごめんなさいっ。韻律はずっと使ってなかったから……」
「言い訳するな! もう三鐘瞑想してこい!」
ふっ、と唱和が切れる。どそり、と床に落ちる俺。
い、いた! ごめんなさい。ぶたないで。護衛長がもってる棒はなんだろう? 魔人なのに、なんで痛いんだろう?
「魔力こそ至上ぞ! 早く行け、ペピ!」
「は、はい!」
またお篭もりしないといけない。
俺はまだ一度も、アイテリオン様の護衛につくのを許されてない。護衛長さまから、白い衣を着ないとその仕事はできないっていわれた。
衣をもらうには、護衛長様に認めてもらわないといけない。
急いで寺院から出る。池のむこうにある、瞑想堂へと走る。円柱がたっている小さな円い建物。円盤型の床のまんなかに胡坐をかく。
腰布は丈が短いからすごく嫌だ。はやく白い衣がほしい……
「不死の魔人は、「自由」を持つべからず。
そは永遠に生き、再生せし者が払うべき対価」
魔人の訓戒を唱える。何回も。何回も。一所懸命唱える。
護衛長さまがこれを一日千回唱えろとおっしゃった。唱えて頭に叩き込め、と。
「不死の魔人は、「主人」に服従せよ。
そは永遠に生き、再生せし者が担うべき義務」
鐘が鳴る。一日に四回鳴らされる、時計代わりの鐘。
折り取られた西の塔とは反対の、東の塔から鳴っている。地の底に在るこの里の者は、鐘の音で時を知る。
みんなの歌声が聞こえて来る。水鏡を作るための、美しくて力強い歌声が。
アイテリオン様がご在院で魔人団も加わっているから、魔力の柱の輝きが格別だ。寺院の中央の円筒から、まばゆく野太い柱が天に昇っている。
ああ。俺も。俺も。加わらなきゃいけないのに。
みんなと、歌わなきゃならないのに。
焦る心。うわつく体。
「すべてはアイテリオン様のために……」
がんばらないと。もっと魔力を高めないと。
でも。
とても辛いと、思い出す。
泣きたくなると、思い出す。
ふっ、と。脳裏に疑問がよぎる。
俺。どうしておとなしく……
みんなの言うこと聞いてるんだろう?
そうだ。
この瞑想堂に初めてつれてこられたとき。
護衛長様にあの訓戒をえんえん唱えろと言われて。
嫌々唱えているうちに、頭がぼうっとしてきて……
そうしたら、あまり昔のことが思いだせなくなってしまった。
でも、これでいいんだろう。
魔人は、自由にしてはいけない。
魔人は、主人に服従しなければいけない。
この決まりをちゃんと守れば、みんな喜んでくれる。
「アリストバル、ペピの訓練はどうですか?」
三鐘分瞑想して聖堂に戻ったら。アイテリオン様が護衛長様に俺のことを訊ねていた。
渋顔の護衛長さまは敬礼しながら、全くだめだと首を横に振った。
「とても白き衣を下せる状態ではありません。我がひ孫の孫のアリスルーセルといい勝負です」
アリスルーセル。俺のご主人さまは外では、神獣ルーセルフラウレンを造った伝説の人。でもこの地中深くのメニスの里では、できの悪い異端児だ。
魔人団から外すのが妥当だと護衛長様は進言したが、アイテリオン様は俺をかばってくださった。
「ペピは魔人。ちゃんと管理してあげなければいけません。あきらめず教えてやってください」
「しかし!」
「もしペピを見事に鍛えてくれたら、あなたにナスメリアの子ナスカレアを与えましょう。あなたはあの巫女を気に入っているでしょう?」
「私に、あのナスカレアを?」
「褒美として、カレアを抱いて子を成すようあなたに命じます。いかがですか?」
護衛長は歓喜に頬を染め目を見開いている。
魔人は王の許可なしには普通のメニスと会話もできない。交際するどころか結婚して子供をもうけていいなんて、破格のお許しだ。
「わかりました。その素晴らしい褒美をいただけるなら」
遠慮して物陰にいた俺を見つけたアイテリオン様は、玉座におわす御身のそばに俺をお呼びになった。
「ペピ、がんばりなさい。護衛長が直々に鍛えてくださいます。白き衣をまとえるようになったら、あなたに右の手を返してあげますからね」
右の手?
「銀の義手です。地下に落ちていたのを巫女たちが拾って保管しています。あれは、あなたのでしょう?」
ちら、と自分の右腕を見る。先っぽがない。うん、それはきっと俺のだ。すごく欲しいって気がするからきっとそうだ。それに右手がなくては、魔力は降ろせても韻律の呪文は放てない。
「ペピ! ついてこい!」
それからというもの、護衛長さまはつきっきりで俺の修行に付き合ってくださった。
アリス家は王に昇った者もいる由緒ある家で、代々リシの家系。ゆえにアリスバルト護衛長さまは、白き技の極意をすべて会得している。
俺は瞑想室で、護衛長さまと一対一で向かい合って瞑想した。
足の組み方。腕の広げ方。顎の高さの位置。そして、呼吸法。なにもかもみっちりと教えられた。基本はすべて、黒の技と同じ。精神を集中し神経を研ぎ澄ませ、魂の気を高める。
「気を制御するのだ。広げるだけではなく、小さく縮めて凝縮してみろ。縮める。広げる。これを繰り返せ」
淡く光る俺の体が少しでも前より輝くと、護衛長さまはとても褒めてくださった。でも少しでもへたれると、容赦なく仕置き棒が唸った。
「集中しろ!」
それはオリハルコンの棒で、叩かれるとびりびりしびれてとても痛かった。
何度打ち据えられただろう? 何度、鐘が鳴っただろう?
とても辛いと、思い出す。
泣きたくなると、思い出す。
ふっ、と。脳裏に疑問がよぎる。
俺。どうしておとなしく……
こんな特訓受けてるんだろう?

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- 優(まさる)
- 2015/12/10 21:08
- 記憶操作されたのですかな?
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